寄り道と焼き芋
学校から駅まで、歩いて30分ほどかかる。なので、いつもなら僕はバスを利用するのだが、今日は歩いて帰る。特に理由は無い。恵奈さんに隣に座られたくない、というわけでもない。ただ、なんとなく恵奈さんが歩いて帰りたがっている気がしたから、それに従っただけだ。
恵奈さんは楽しそうに、今日の授業のあれこれや、クラスメイトについて語っていた。それに対して僕は、うん、とか、そうなんだ、とかいう当たり障りのない相づちをするだけで手一杯になっていた。面白みのない人間だ。辛い。この時間が本当に辛い。でも、嬉しくもあった。女子と共に帰るなんて経験は、これが初めてだ。今いきなり彼女のことを殴ったら、彼女はどんな顔をするのだろう? 彼女のことを襲ったら、泣きじゃくるのだろうか? 本人が隣にいるからこそ、暴力的で悍ましい妄想が膨らんでいく。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。我慢だ。頬の内側の皮を強く強く噛みながら、彼女の話に耳を傾ける。その声にまで”甘み”を覚え始めていることは隠して。
「ねぇ、奏くんはどう思う?」
「えっ」
突然振られた質問に、狼狽えてしまう。彼女のことを意識すまいと意識し過ぎた結果、彼女の話を心地の良い音楽のように感じていたせいで、肝心の話の内容が全く頭に入っていなかった。
「あ、んーと」
「ふふふ。無理して答えないでいいよ。さっきから私の話、あんまり聞いてなかったでしょ」
「うっ。ご、ごめん」
「大丈夫。別に怒ってないから。でもさ、無視されちゃったみたいでちょっと悲しいかな」
寂しげに眉をひそめて、彼女は僕を見つめる。何? 僕を誘っているの? そんな顔されたら、もっと酷いことをしてみたくなるんだ。
「ねぇ、時間あるかな? 時間があるならさ、近くの公園に寄って行かない?」
「公園?」
「そう。この時間になるとね、ちょうどよく焼き芋屋さんが公園の辺りに来るんだ」
「へぇ。せっかくだし、行こうかな」
「やった! 焼き芋仲間ゲット! ほらほら行くよ。レッツゴー!」
嬉しそうにはしゃぎながら、彼女は僕を急かす。今までは他の子と比べて地味だ、なんて思っていたけれど、それは僕が彼女と関わってこなかったからだったのだ。近くに居ると、気付く。彼女はこんなにも輝いていた。僕はそれを知らなかっただけなのだ。ああ、折りたい。ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。この輝きを、僕の手で曇らせたい。彼女の血が欲しい。
「あ! お金ある? もしよかったら、私が奢るよ」
「財布に千円札があるから、だいじょぶ。それに、女子に奢ってもらうのは申し訳ないし、奢らなくていいよ」
「お礼がしたいのに」
「しなくていいよ。恵奈さんと一緒に帰れただけで、なんか楽しいから」
「そう? でも、絶対お礼するからね」
そう言った彼女の微笑みは、夕陽に照らされて、不気味な美しさを纏い、僕に狙いを定める。逃げられないな、そう、漠然と感じた。
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