第5話 ふたりの旅立ちです!

「いくらお嬢様とて、さすがにそれは全力で止めますよ!?」


 詰め寄ってくるサラに、ジネットは困惑こんわくした。


「えっ、どうして?」

「それを聞きたいのは私の方ですよ! なんであんなすばらしい方を手放してしまわれるのですか!?」


 鼻息荒いサラをやんわりと押しとどめながら、ジネットは困ったように答える。


「だって、どう考えても私と婚約破棄した方がいいでしょう? クラウス様がすばらしいのは心から同意だけれど、彼が悪口を言われているのは大体私と関わったせいだもの」


 ジネットがそう言うと、サラは信じられないものを見るような目をした。


「お嬢様……まさか気づいておられないのですか?」

「えっ? 何に?」


 けれどサラは答える代わりに、ものすごく渋い顔をしただけ。


「……わかりました。なら、お嬢様はすぐにでもクラウス様にお会いするべきです」

「そうね! 今すぐ会いに……行きたいところだけれど、まず宿屋を見つけなくては」

「わかりました。では私も準備してまいりますので少々お待ちを!」


 その言葉に今度はジネットが目を丸くする番だった。


「サラ……あなたもついてくる気なの?」

「もちろんですよ!」


 サラがかぶせ気味に答える。


「お嬢様のいるところが私のいるべき場所ですから!」

「でも……今はまだ貯金があるけれど、この先どうなるかわからないのよ? 生活だって手さぐりだろうし、あなたにとってはこの家にいた方が安全だと思うの」

「お嬢様」


 ジネットの言葉をさえぎるように、サラは微笑んだ。


「お忘れですか? そもそも私がこのお屋敷に来たのも、お嬢様が私を見出みいだしてくれたからではありませんか」

「それは……そうだけれど……」


 実は、サラはジネットが八歳の時に孤児院から引き取ってきた少女だった。 


「孤児院でいじめられて、仕事を全部押し付けられていた私に『わたしについてきてください!』と声をかけてくれたのは、ほかならぬお嬢様ですよ」

「もちろん、覚えているわ」


 ジネットより二歳年上の、当時十歳だったサラは今の彼女からは考えられないほど気が弱かった。それでいて手先が器用で仕事も早かったために、孤児院の大人からさまざまな雑用を押し付けられていたのだ。


 ジネットが訪れた孤児院のバザーに出されていた編み物も、表向きはみんなで作ったものとされていたが、実際はすべてサラひとりで作ったもの。


 それをただひとり見抜いたのが、ジネットだった。


 なつかしむようにジネットが目を細める。


「今でもよく覚えているわ。趣向しゅこうを変えたすばらしい作品がたくさんあったけれど、縫い目や色の配置が統一されていて、すぐに全部同じ人が作ったとわかったの。あれだけの量を作ったのなら、きっと編みダコだってできている。でもあの孤児院で指に編みダコがあったのは、あなただけだったんだもの」


 ジネットの言葉を、孤児院長は最初鼻で笑っていた。だがジネットが「サラを引き取ります」と言った途端、あわて始めたのだ。

 最後は父が黙らせたが、あの時がっくりとうなだれた院長の姿は今でもよく覚えている。


 ジネットの言葉に、サラは懐かしそうに目を細めた。


「あの時手を差し伸べてくれたお嬢様は、私にとって生きる意味そのものなんです。お嬢様が行くというのなら、私は地の果てまでご一緒しますから! 置いていったって、絶対追いかけて見つけますからね!?」


 腕まくりして鼻息荒く言うサラを見て、ジネットは笑った。それから優しくサラの手を取る。


「わかったわ。そこまで言うのなら一緒に行きましょう。……本当はね、ひとりは少しだけ心細かったの。サラがついてきてくれるのなら、こんなに嬉しいことはないわ!」

「お嬢様……!」


 サラが目をうるませた。それからあわてて指で目元をぬぐう。


「そうと決まれば、私も支度をしてきます!」


 言うなり、サラはものの数分も経たないうちに、鞄を抱えてジネットの元に戻ってきた。


 それからふたりは義母たちに気づかれないよう、使用人たちに匿ってもらいながら、こっそりと裏門をくぐる。


「私の大切な実家だけど……今はさよならね」


 最後に悠然ゆうぜんと佇む屋敷を見上げてから、ジネットたちは背を向けた。

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