晩夏にて。

石川暁

第1話

 中国地方の奥深い山中にて割腹自殺死体を発見した猟師の言によると、彼は時代劇の侍のように刀を両手で握りしめ前向きに倒れ込んでいた。

 頭部、言い換えれば首は無く誰かが持ち去ったようにも見え、単独自殺ではなく自殺幇助、即ち介錯を受けたらしい。周囲には首が見当たらないことから介錯をしたその誰かが持ち去ったようだ。


 1989年の雪解けの頃に発見された腹切り事件を報じたのは新聞の地方欄であったが肝心の共犯者の特定や事件の背景という点はあまり詳細がわからないまま迷宮入りを迎えた。


「結局、その山で割腹自殺をしたって人は……」

「切腹。その人は忠義に生きた最後の侍だよ。その人の死を最後にこの国から侍は消え去ったの」

「いや江戸幕府が倒れて以降は居ないですけどね」

「だーれーがー士農工商の話をしてるんだー」


 大学の夏季休暇の真っ只中、中国道を西に進むスポーツカーの助手席に収まっている私は同好会の先輩の運転と演説に苦しめられていた。


「その切腹した人は身元がわからず無縁仏として供養されたと。で、新聞にも載ったが幇助した犯人はつかまらずじまい」

「幇助ではなく介錯人だ。君にはそういう常識もないのか」

「現代の常識ですと介錯人ではなく共犯者っていうんじゃないですか」

「嘆かわしい……その方の名誉を考えれば正確かつ適切な言葉を使わないと」

 逐一指摘をする先輩も配信サイトと再放送で見る時代劇でしか侍を知らないただの現代人である。お気に入りは市川雷蔵らしい。よく知らないが先輩の下宿に連行され延々と映画を見させられたのでどういう顔かとかは知っている。

 まあ、確かに時代劇も中々重厚な演出だったり昔の俳優ならではの凄みがあるので悪いものではないが、侍の心を知ることに繋がるのかはやや怪しい。


 新聞の記事によればその人は軍人だったらしく、持っていた軍人恩給の手帳は厚生省の記録と照合したところによると最終階級は陸軍軍曹、終戦時は支那派遣軍のxx師団yy歩兵連隊所属であったとか。

 天皇の後を追って昭和64年の1月に自殺、したというと天皇を心から敬愛していた忠実な軍人だったのだなあという感想しか抱かない。


 今回の旅は先輩の研究分野である精神の~~~に関する研究の中で目に留まったとある元軍人の自殺についていわゆるフィールドワークを行うというものだ。

「僕はこの夏にぶらり鉄道の旅をするつもりだったのですが」

「そんなもの、9月からすればいいじゃないか」

「先輩は車、僕は鉄道という具合に現地集合でも良かったじゃないですか」

「一人で高速道路を走り続けることほど退屈なことは無いからね。私を気遣ってくれて嬉しいよ」

「……そうですね、先輩はうさぎのように可愛らしいから寂しすぎると死んじゃいますもんね」

「うんうん、君は見る目があるようだねえ」


 岡山県の北部、xx町役場の駐車場に到着した私たちはそのまま役場には入らずに目の前にある食堂で少し遅めの昼食を摂ることになった。

 先輩はラーメンを、私はカレーライスを注文と、県境を2つ超える程の旅先の食事には思えない庶民派ぶりである。

 とはいえ実際のところ、名物らしい名物もない古ぼけたメニュー表は食欲を増進させてくれないがやはり空腹は最良の調味料である。一品では満たされない腹の足しにおにぎりを更に一つ頂いた。

「さて、役場には14時半から話を聞けるよう約束をしているからもうちょっとしたら行こうか」

「了解です。でもこの割腹自殺って全然ネットでも話題になってないんですよねえ。不思議な話だからもう少しオカルトめいた話になってもいいと思うのに」

「そうなんだよ。確かに新聞の地方欄も週刊誌の記事もあるのだが切腹を遂げた人がどのように生きてどのような信念の下で死んだのかがわかっていない」

「不思議ですよねえ」

「わかっているのは元軍人だったということ、時期としては昭和天皇の後を追っての殉死だったということくらい。君、麦茶が切れたから新しいのを」

 文字通り顎で使われる私は大人しく立ち上がった。


「すいません、新しいお茶を貰えますか?」

 ごめんなさいねえ、と言いながらおばちゃんが新しい薬缶を渡そうとしたときに

「貴方達、もしかして山本さんのことを調べようとしていない?」

「山本さん?」

「切腹された方が山本って人なんだ。最低限の情報くらい知っておきなさい」

 おばちゃんが答える前に先輩が反応した。

 このおばさん、どうもかの人物に親しい人のようだ。


 先輩の湯呑に麦茶を注いでいると、先輩もやはり気になったようで

「よければ、その山本さんについてお話を後で伺っても宜しいですか?今から役場で詳しい方にお話を聞きに行くのでその後にでも」

「ええ、お店はずっと開いているから待っていますよ」


 ということで役場での面談の後におばちゃんにも話を聞くことになったわけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る