15_過去との決別
今回3話構成です。
13_思い出とトラウマ
14_被害者と加害者
15_過去との決別 ←いまここ
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■富成視点
スーパー銭湯で風呂から上がってきた女子高生3人。
服は普段着だけど、髪がまだ少し濡れていて、どこか艶っぽい。
それを待つおっさんの俺、28歳。
休憩室にいる他の人に俺ってどう映っているのか不安だよ!
紗弓が俺の顔を見ると抱き着いてきた。
「お兄ちゃん!」
「こら、紗弓!お兄ちゃんって……」
そう言えば、昔は『お兄ちゃん』って呼ばれていた。
このところずっと過去のトラウマと向き合っていたんだよな。
気持ちが昔に戻っているのかもしれない。
子供の時にいじめていた相手との和解とか、大人でもできないようなことを頑張ったんだ。
そりゃあ、心もすり減るだろう。
紗弓はしばらく俺に抱き着いて泣いていた。
周囲の目が気になるけど、今は紗弓が最優先だと思った。
紗弓が落ち着いた後、箱崎さんと高崎さんを家まで送るために車に乗せた。
もちろん、紗弓も車に乗せたが、車に乗せるまでずっと俺の上着の裾を摘まんでいた。
そして、車に乗ったら、いつもの様に助手席に座り、頭からタオルを被って顔を隠していた。
車中、紗弓と高崎さんは一言もしゃべらず、箱崎さんだけが俺に話しかけて沈黙にならないようにしてくれていた。
やっぱこの子はただ者じゃない。
■■■
それぞれを家に送って、紗弓はとりあえず俺の部屋(いえ)に連れて来た。
まだ伝えたいことがあったからだ。
そんなに広くない和室の部屋で、普段とは違いちゃぶ台の横にちょこんと紗弓が座っている。
いつもは畳の上に寝転んでスマホゲームをしているので、大違いと言える。
「紗弓、落ち着いたか?」
「うん…はい…」
昔は、返事が『うん』だった。
慌てて『はい』に変えた感じ。
『お兄ちゃん』も出てたし、色々弱ってるみたいだ。
ただ、何ともないように振舞おうとしているだけ、まだましだと思った。
「その…今回はかなり頑張ったな」
「はい」
「実は、高崎さんにも話を聞いたんだよ」
「知ってます。進路相談室から出てきたのを見ました」
「そっか…」
「なにやら笑顔で談笑していました(怒)」
「いやいやいや、それは誤解だから(汗)」
多分、全然怒ってない。
冗談が出てくるだけ、まだマシになったと言えるだろう。
「まあ、高崎さんの話を聞いて思ったのは、彼女も全部が全部本当のことしか言ってないとは思わないし。人は言いたくないことは言わないし、もしかしたら嘘くらいついてるってことかな」
「…」
誰でも自分を守る嘘をつくものだ。
反省しているかの判断材料にもなるので、できるだけ嘘は言ってほしくないけれど、なんでも正直に話す人間はいないだろう。
「ただ、今は反省していて、後悔しているのは本当だと感じたよ?もちろん、紗弓が望むほどは深い反省とは思わないけど」
「はい…」
そう、いじめの場合、加害者と被害者の認識は天地ほど違う。
そもそも同じ価値観だったら、いじめなんてできるはずがないのだ。
「あと、紗弓たちの小学校にも行ってきた」
「え?」
「あー、紗弓以外の生徒に同じようなことが起きた時、そこまでするかは本当に疑問だから、『良い先生だから』って思わないで」
紗弓がちょっとニヤニヤしているけど、気にせず続ける。
多分、『そんなことを言っても、実際に起きたら先生は絶対同じことをするはず…』とか考えているはずだ。
「担任、黒崎先生って女の先生だったろ?」
「はい、黒崎先生でした」
「黒崎先生は、他の学校に転勤になってたけど、まだ現役だったから話を聞いてきたんだ」
「え?黒崎先生に?」
「うん、そう。紗弓のことを覚えていたよ」
「…そうですか」
「黒崎先生も当時27歳でまだ若かったらしい。クラスの雰囲気が変なのは気づいていたけど、何もできなかったって悔やんでた」
「…そうですか」
「今の俺よりも若かったんだよな。今回俺も結局何もできなかった。ごめんな」
「(ふるふるふる)」
「当時の話も聞いてきたけど、紗弓がどれくらいいじめにあっていたかは、今となってはもう分らない。でも、それだけ心に大きなトラウマを受けるくらいには深刻だったのは間違いないと思う」
「…」
「紗弓の性格と今の状況を考えたら、結局、高崎さんのことは許すんだろうけど、そんなに急ぐ必要はないと思うよ?彼女にも反省と考える時間があっていいと思うし」
「はい…」
「ただ、今の紗弓が心を痛めるほど悩んでしまうのは違うと思う」
「…」
「クラスのみんなは紗弓の味方だし、俺もお前の味方だから」
「はい…(ぐずっ)」
「お前は今のクラスでそれだけのことを成し遂げて来たんだよ。」
「ありがとう…ございます」
■□■□■
翌日、紗弓は普通通り登校した。
「箱崎さん、お願いがあります」
「紗弓ちゃんがお願いって珍しいですね」
「ダメですか?では、他を人を…」
くるりと反対側を向いて、歩き出そうとした紗弓の背中を慌ててつまんで掴まえる箱崎唯。
「あー!うそうそうそ!頼られて嬉しかったんです!で、なんですか?」
「あの…高崎さんに声をかけてもらえませんか?話をしておきたくて…」
「いいですよ?」
「すいませんが、箱崎さんも参加してもらって、3人で話せないでしょうか?」
「分かりました。セッティングします。富成先生はどうしますか?」
「いえ、今回は私たちだけで…」
「そうですか」
箱崎唯がニコニコしているのを少し面白くない表情で見る紗弓だった。
□□□■◆
例の3人は、学校帰りにファミレスで話し合うこととなった。
学生らしくドリンクバーを注文したが、山盛りポテトなどは注文する雰囲気ではなかった。
四角く広めのテーブルに女子高生が3人だけ。
紗弓の隣には箱崎唯が座り、テーブルをはさんで向かい側に高崎美鈴が座っていた。
顔色が優れない紗弓。
おろおろと落ち着かない高崎美鈴。
ニマニマと二人を見守る箱崎唯。
先頭を切ったのは紗弓だった。
「はっきり言って、まだ高崎さんが怖いです。でも、自分が嫌だったことを今度は高崎さんに強いるのは違うと思っています。出来るだけ害がないようにしたいと思いますので、もう少しだけ時間をください」
「私も、十連地さんに嫌われたら、あのクラスで最低あと1年、長くて3年、クラスメイトから腫れ物にさわるみたいな対応をされてしまうので、怖いです」
高崎は、少しバツが悪そうにおしぼりを畳んだり、広げたりしている。
意を決したように、おしぼりを横にどけ、紗弓の顔を見て続けた。
「私が今恐れている総スカンの状態を十連地さんに強いた過去を私は反省しないといけないと思っています。子供だったと思います。本当にごめんなさい」
テーブルに額を付けんばかりに頭を下げて謝っていた。
「……」
とりあえず、言葉の上では和解した二人。
「手始めに握手してみるのはどうでしょう?」
にこやかな箱崎唯に『なんて提案をするんですか』とばかりに嫌な顔を向ける紗弓。
「ぜひ、お願い!」
高崎美鈴は、正反対に前のめりに乗り気だった。
「いやに乗り気ですね」
さすがに箱崎唯も違和感を感じたようだった。
「それは、あの……富成先生がお兄さんなんですよね!?」
「「え!?」」
紗弓と箱崎唯が驚いた声を上げたが、高崎美鈴は気にせず続けた。
「苗字が違うのは何か事情があるのでしょうが、私は気にしません!」
「「ん!?」」
「富成先生は、今回転入生の私にすごく親身になって話を聞いてくださいました!」
「「あれ?」」
高崎美鈴は、祈るような仕草で目はキラキラと乙女のそれになっていた。
「十連地さん、いずれ私がお姉さんになるかもしれませんので、よろしくお願いします!」
「え!?(怒)」
「では、今日のところはこれで。明日からまた学校でよろしくお願いします!」
少し強引に握手をして、言う事を言ったら高崎美鈴は、帰ってしまった。
きょとーんとする紗弓と箱崎唯。
「紗弓ちゃん?」
「…やっぱり高崎さん苦手です!」
とりあえず、これでまた、普段の日常が帰ってきたようだった。
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