13_思い出とトラウマ

今回3話構成です。

13_思い出とトラウマ ←いまここ

14_被害者と加害者 

15_過去との決別

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『高崎さん、十連地さんが林田くんと話してたよ!』



高崎さん!?小学校の時の同じクラスの子……



『高崎さんの方が先に林田くんと仲良くなったのにね!』



林田くん?

誰だっけ?

もう顔も思い出せない……



『十連地さんって友達想いじゃないわよね!じゃあ、話しかけないようにしましょう!』


『そうしよう!十連地さん無視!』



「うう……」



この日、私は小学生のころの夢を見ていた。

以前、クラス全員から無視されたり、陰湿ないじめを受けていた過去。


ノートがなくなったり、消しゴムが真っ二つにちぎられていたり、上靴が隠されたり……

その夢は私にとって『悪夢』と言っていいほどには、辛い思い出であり忘れたいと思っていたし、忘れたと思っていた。


ただ、夢とは脈略がない。

思い出したくないことも思い出し、苦しめることもある。

自分の脳みそが見せる映像なのだから、どうせなら楽しい夢を見せてくれればいいのに……


目覚めたら、少し涙も出ていた。

それはあくびをしたからか、それとも悲しかったからか……

当時はショックすぎて、泣くこともできなかった。


いじめられているという事実が恥ずかしくて誰にも相談できなかった。


当時の先生にも、お母さんにも……

そんな時、『お兄ちゃん』に会った。


お兄ちゃんは、学校の人間関係でもないし、お母さんとも違う。

私を無視しないし、会えばいつでも話しかけてくれて、遊んでくれた。


多分、初恋だった。


お兄ちゃんは、大学生だった。

当時小学生の自分には『大学生』が何なのかよく分かっていなかった。

高確率で家にいて、遊んでくれるお兄ちゃんという認識。


『お兄ちゃん』はそのうち就職して、『先生』になった。

中学生だった私は、先生に会いたくて何度も家に行ったけど、そのドアが開くことはほとんどなかった。


先生は、高校の先生だった。

私は良いことを思いついた。

私がその高校に行けばいいのだ。


考えてみれば、私はあの時からずっと先生を追いかけている。

追いかけ続けている。





―――――


「いやー、期末は十連地さんのお陰で助かったー!」


「そ!俺、今回赤点なかった!補習回避したわ!」


「夏休みに補習とか最悪だよ!」


「ホント、助かったー!」



教室では、紗弓を称賛する声が高まっていた。

今までどこか話しかけにくかった紗弓だったが、テスト対策のためみんなの前で講義したため、みんなも話しかけやすくなっていたし、紗弓もクラスメイトのことを認識し始めていた。


紗弓は小学生の時のトラウマをどこか引きずっていたので、自分、先生、お母さん以外は紗弓の世界の中では『どうせもいい存在』だった。

友達の作り方も忘れてしまっていたし、そもそも彼女の中に友達のイメージがなかった。



「十連地さん、今日一緒にお弁当食べよう?」


「はい」


「あ、紗弓ちゃん!当然私も!私も!」


「…はい」



現在では、女子からもお弁当を一緒に食べようとお誘いを受けるまでになっていて、紗弓も断ることはなくなっていた。

箱崎唯は相変わらず、紗弓のことが好き好き大好きだった。


紗弓は教室で一人で過ごすこともなくなり、常に誰かが周りにいた。

たまに一人になったら、箱崎唯が近づいてきた。


職員室にはクラス委員として行きやすくなり、先生がケガをした時のこともあって、他の先生とも少し話すようになり、職員室でも先生と話せるようになっていた。


言うならば、現実的に可能な限りの最上の状態に来ていた。

入学から約3か月。

たった3か月でここまで来た。


あと2年数か月あるので、益々楽しい学校生活が続くと思っていた矢先、その事件は起きた。





―――――


「はーい、みんな席につけー」



朝のSHRの時だった。

いつもの様に先生が教室に入ってきたとき、一緒に女生徒が入ってきた。

知らない人。



「はーい、みんな静かに!見ての通り転入生だから!紹介するから静かにしろー」



アニメなどで転入生が来るときは、呼ばれるまで転入生は廊下で待つのがセオリーだけど、現実には、教師はそんな演出まではしない。

一緒に教室に入って、教師が簡単に紹介して、そのご本人が自己紹介する流れ。


席だって偶然空いている席なんてない。

事前に担任が席を準備しているものだ。



「夏休み前だけど新しい仲間が増えるぞ!はい、高崎さん、自己紹介お願いします」



紹介されて転入生は、教室の隅から黒板前の雛段に上がった。

そこで軽く会釈をして自己紹介を始めた。



「高崎美鈴(たかさきみれい)です。小学生の時までこの辺りに住んでました。3年間東京にいて、父の仕事の都合でまた戻ってきました。よろしくお願いします」



今度は深々とお辞儀をした。



転入生としては100点の挨拶。

変に奇をてらって滑る訳でもないし、名前だけしか言わなくて、周囲を跳ねのける感じもない。適度に自分のことを話して、後で周囲の人も話しかけやすくしてあった。


髪も長く、比較的整った顔立ちで、スタイルも良く、胸も大きい方。


男子はもちろん、女子にも好印象だった。

教室中がザワザワと騒がしくなった。



「高崎さんってかわいいね!」

「東京から来たってすごくない!?色々聞いちゃお」

「このクラスはかわいい子ばっかり!良いクラスに来た!」



クラスメイトにとって、高崎は好印象で誰もが高崎に注目した。

そんな中、ただ一人、真逆の反応を示したのが紗弓だった。


紗弓は、顔面蒼白、全身から汗が噴き出していた。




その昔、小学生の頃、紗弓をいじめていたグループのトップがそこにいた。


『昔のこと』とかそんなの関係ない。

紗弓の中の警戒音が、最高レベルで鳴り続けていた。


机の上に置かれた手は震えていた。



「さ、紗弓ちゃん、大丈夫ですか?」



いち早く異常に気づいた箱崎唯が、紗弓に聞きた。



「……はい」



大丈夫。

もう、約10年も前のこと。

向こうだってこちらのことを覚えていないはず。



「あれ?十連地さん?十連地さんじゃないですか!?」



教室の中央に座っていたので、教卓の位置からは見やすかったのかもしれない。

元々、先生からよく見えるように選んだ席。

当然、教卓から見えやすい位置なのだ。



「え?十連地さん、高崎さんと友達なの!?」


「え?あ、はぁ……」



いじめていた相手のことを『友達』と呼ぶのは、教師などの大人くらい。

いじめられていた方が相手を『友達』と認識している訳がない。



「お!顔見知りがいたか。よかったな、高崎さん。じゃあ、高崎さんの席は、後ろの開いてる席だから」


「はい」



そう言うと、前から机と机の間の通路を通って最後列まで移動する高崎美鈴。


教室中央まで来たら、紗弓の方を見て笑顔で右手を挙げ、声は出さずに唇だけの動きで『後でね』と言って、後ろの席に行った。


1限目が始まるまでの少しの時間の間は、高崎が周囲の席の女生徒に囲まれてワイワイ話をしていた。

間違いなくクラスの話題は高崎に集中していた。


そんな中、紗弓だけは机から1歩も動けず、ただ下を向いたままだった。





―――――

紗弓と高崎美鈴のファーストコンタクトは、SHRの時だったが、セカンドコンタクトは昼休みだった。


高崎の方が紗弓に近づき話しかけた。



「十連地さん!お久しぶり!」


「お久しぶりです……」



席の真横にきて話しかける高崎、一方で、紗弓は机に着いたまま横を見ることもできなかった。


そんなことはお構いなしと、高崎は紗弓のすぐ隣の席に座り、続けて話しかけた。



「私、中学になるタイミングで転校してたんです」


「そうですか」


「十連地さんとは、小学校の時あまり話せなかったので、残念に思っていました」



それは誰のせいなのかと心の中では思ったけれど、口に出すことなどできない。

相手はバリバリのトラウマの原因なのだから。

現在がどうだとか全く関係ない。


今朝だって、夢に見ただけでテンションが下がり、涙も出ていたほどだ。

近づかれたり、話しかけられたりせずとも、同じ空間にいるだけで紗弓は確実に具合が悪くなっていた。



「紗弓ちゃんとは、どんなお友達だったんですか?」



高崎との間に割って入ったのは、箱崎唯だった。



「あ、えーっと……」


「箱崎唯です。紗弓ちゃんとは親友です」


「わ!そうなんですか!二人ともかわいいから素敵ね!」


「ありがとうございます」


「…」


「…」


「…」



何も言っていないけれど、異常を感じたであろう箱崎唯が紗弓をガードした形だった。

会話が特に発展せず、高崎はすごすごと自分の席に戻り、周囲の女子に声をかけて一緒にご飯を食べていたようだったが、紗弓はお昼だというのに弁当箱も出さずに固まっていた。


近くの椅子を寄せて、箱崎唯が寄り添う。



「紗弓ちゃん、大丈夫ですか?」


「はい…」



いじめられていた過去は、紗弓にとってトラウマであり、恥ずかしいことだった。

今まで誰にも相談できずにいたし、話すこともできないでいた。


先生にだって言っていないこと。

今、紗弓は、これまでに積み重ねてきたプラス要因を全て足してもマイナスになるくらいには絶望していて、何も考えられなくなってしまっていた。





―――――


「先生!紗弓ちゃんがピンチです!」


「なあ、箱崎」


「なんですか?」


「普通に担任の家に来るなよ」



その日の夜に箱崎唯が俺の家に来ていた。



「そんなことは些末な問題です!」



実際、珍しく紗弓が俺の部屋(いえ)に来ず、自分の家に引きこもっている。



「先生!高崎さんです!彼女が来てから紗弓ちゃんがおかしくなりました。クーリングオフとかできないんですか!?」


「新しいクラスメイトなんだ、クーリングオフとか言ってやるなよ」


「なんか、お互い知っているみたいだったので、昔なにかあったのかもしれません!」


「そう言われてもなぁ……」



自分が教師になって分かったけれど、自分の目に見えてない問題は積極的に対応しにくいのだ。

実際、今回は箱崎さんが教えてくれたから、そこに問題があると分かっているけど、それも無かったら気づいてもいなかっただろう……



「せっかくだから聞くけど、具体的にどんな問題があったのかな?」


「紗弓ちゃんが笑わなくなってしまいました」


「いや、あいつ普段から教室では無表情だろ」


「いえ、営業スマイルみたいな笑顔はありました」


「……『営業スマイル』とか言ってやるなよ」


「でも、今は『絶望』って感じです」


「それはまた極端だな。んー、何もしていない高崎さんを呼びだすこともできないし、変に教師が介入したら余計ややこしいことになりそうだし……」


「先生!とんだ無能ぶりですね!」


「お前も、紗弓のことになったら容赦ないな……そうは言っても、教師だって一人の人間だ。できることには限界があるんだよ」


「とりあえず、私は紗弓ちゃんから目を離しませんよ!」


「とりあえず、頼むよ。俺も気を付けておくから」


「分かりました」



紗弓の災難はまだ序章だった。

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