07-2_ピンキーリング_その2
■生徒指導室-----
こうした茶番を経て、俺たち3人は『生徒指導室』にいる。
「なんでお前たちは、のんきに生徒指導室で弁当を広げてくつろいでいるんだ!?」
「お昼休みですし、お弁当を食べてから来たら時間が遅くなってしまいます」
箱崎は相変わらず余裕だ。
生徒指導室の備品である急須を使って人数分お茶の準備をしてくれている。
うーん、いい子。
そうでなくて!
「…で、俺はなぜ『呼び出された』んだ?」
「さすが先生!察しがいいですね!」
「この呼び出し方やめろよな!職員室でも話題なんだから……」
「前向きに、検討する方向で善処します」
「なんだその玉虫色の返事は…お前は、政治家か……」
「それは置いておいて」
見えない箱が、箱崎の手によって箱崎の横に置かれた。
ここは、ツッコんだら負けなのだろうな。
「先生は、この学校における『ピンキーリング』について知らなさすぎます。それをレクチャーして差し上げようと思ってお呼びしました」
「ほほお」
メモの仕草で迎え撃つ。
ピンキーリングの意味どころか、それ自体知らなかったから、聞いておくか。
「まず、ピンキーリングは、小指にはめる指輪です」
箱崎が人差し指を立てて説明を始めた。
「指輪かぁ…え!?指輪なの!?」
俺はなにを紗弓に買わされそうになっていたのか……
「うちの学校において、ピンキーリングは男性から女性に贈られ、お互いが嵌めることでカップルをアピールすることができます」
「そうなの?」
紗弓がこくこくと頷く。
じゃあ、そうなのだろう。
「主に学校周辺のアクセサリー店で販売されていて、シルバー製が多く、石は付いていません。1個2000円程度で学生のお財布にも嬉しい価格帯になっています」
「へー」
「デザインは色々で男女対になっていることが多く、指輪のデザインで誰と誰がカップルか分かるといったこともあります」
そういうのは誰が発案するのか……
「でも、そうなると、益々買えないなぁ」
紗弓がキッとこちらを見た。
あああああ、その顔苦手です……
「だって、考えてみろ。教師と生徒でニコニコそんな指輪買ってたら、仮に事情があったとしても誤解されるわぁ」
むぅと片頬膨らす紗弓。
これはこれで小動物みたいでかわいいと思う。
ただ、今回ばかりは、叶えてやるにはリスクが高すぎる。
「先生のバカ―!」
そう言うと、紗弓は一人でスタスタと行ってしまった。
普段ならば追いかけるところだが、ここは学校内。
それも叶わず取り残される。
なんとかしてやりたいとは思っているのだけれど……
「最近、紗弓ちゃんにはちょっとした噂があります」
箱崎がふいに話し始めた。
なにそれ?
悪い噂?
「紗弓ちゃんは、謎のパーカー男と付き合っている、と」
ああ、花見の時に紗弓を迎えに行ったから、ちょこっと見られたのだろう。
「『不純な付き合いだから、俺が更生させてやる』と男子たちの熱がヒートアップしています」
あいつらなに考えてるんだ……男子だけ宿題2倍にしてやろうか……
「先生も、うかうかしていたら、紗弓ちゃんを取られてしまうかもしれませんよ?お気をつけください」
なんかめちゃくちゃ嗾(けしか)けるだけ嗾けて、箱崎も行ってしまった。
そんな事言われたら、俺なんか悪いやつじゃないか。
放課後の教室をなんとなく見回りして回っていた。
そしたら、教室に紗弓が残っているのが見えた。
男子生徒も一緒みたいだ。
反射的に隠れてしまった。
教室のドアは開いているので、入り口に近づき中の声を聞いた。
「十連地さん、もうすぐ誕生日なんでしょ?」
「はい……」
「なにかプレゼントしようと思って!なにか欲しいものないの!?」
「いただく理由が……」
「そんなこと言わないで!気持ちだから!気持ち!何でもいいから!」
かなり強引に迫っているようだ。
飛び出していきたい気持ちもあるが、飛び出して行って、なにを言うというのか。
「最近、好きな物とかないの!?」
「…それでは、仏の御石の鉢を」
「へ?ほとけの?なに?」
それだけ言うと、教室を出て行った紗弓。
入り口でバッチリ目が合ってしまった。
一瞬、お互い止まったが、真っ赤になった紗弓が顔を伏せて走って行ってしまった。
なんだこれ……
盗み聞きしてたみたいで、俺めちゃくちゃかっこ悪いじゃないか。
まあ、盗み聞きしてだんだけど……
■部屋(いえ)―――――
部屋(いえ)に帰ると、しっかり紗弓がいた。
ただ、いつものようにダラダラ・スタイルではなく、体操座りで落ち込んでいた。
……ダラダラ・スタイルってなんだ?
「ああいうの多いのか?」
帰ってきたので上着を脱ぎながら、紗弓に質問してみた。
「最近……」
「それにしても、仏の御石の鉢ってなんだよ。お前はかぐや姫か」
「だって……」
『仏の御石の鉢 (ほとけのみいしのはち)』
『蓬莱の玉の枝 (ほうらいのたまのえだ)』
『火鼠の皮衣 (ひねずみのかわごろも)』
『龍の首の玉 (りゅうのくびのたま)』
『燕の子安貝 (つばめのこやすがい)』だったか。
かぐや姫が求婚され、求婚相手に絶対準備できないよう物を要求したときの品だ。
『あなたからはプレゼントは欲しくない』というメッセージだろうか。
そんなの男子高校生に伝わる訳がない。
それはそれとして、……あからさまに目の前で落ち込まれると痛い。
「週末出かけるぞ?空けといてな」
ちょっとこっちを見たけど、すぐに『プイ』と横を向いてしまった。
でも、まあ、彼女の場合これで『OKのサイン』だ。
甘やかしたいときには寄ってこないし、自分が甘えたいときだけ寄ってくる……猫だな。
まあ、嫌いじゃないけど。
■週末――――――
週末は、車で1時間以上かけて遠くのモールまで走った。
これだけ遠くまでくれば、うちの生徒と会う確率は皆無だろう。
紗弓は助手席におとなしく座っている。
明るい顔はしていないが、おしゃれはしてきている。
それなりに、楽しみにしてきたのかもしれない。
信号待ちの時に紗弓の手を握る。
「ごめんな。普通の高校生みたいにデートできなくて」
(ふるふる)首を振っているのは視界の隅に入る。
「学校の近くのアクセサリーショップには行けないけど……」
そう言って、俺が紗弓を連れて来たのは、ジュエリーショップ。
しかも、ピンキーリングをたくさん置いている店だ。
喜びが込み上げるように笑顔になる紗弓。
分かりやすい表情だ。
「生徒たちが学校近くのアクセサリーショップでピンキーリングを買うのは、多分安いからだ。シルバーのものが多いらしい」
二人でショーケースの中にたくさん並べられたピンキーリングを見る。
「その……なんだ。それなりに意味のある指輪なら、2000円って訳にいかないだろ?」
「先生……」
漸(ようや)く機嫌を直して口をきいてくれた。
「ここのは、プラチナか、ホワイトゴールドで……まあ、諭吉何枚かはいくヤツだから、学校の生徒たちとは被らないだろう。好きなのを選べ」
「先生は!?先生はどれが好き?」
「まあ、紗弓が付けるもんだから、自分が好きなやつを…」
「先生も付けるの!」
もう一段要求が難しくなった。
こんなのペアで付けていたら、『私達付き合ってます!指摘してください!』と自ら名乗っているようなものだ。
「とりあえず、選ぼうか!お!これなんかいいじゃないか?」
「むぅ……」
文句を言いながらも、紗弓が選んだのはメビウスの輪のデザインのリング。
『これです!』と言っていたが、∞(無限大)のデザインは永遠を示すのだと店員さんがニコニコしながら説明してくれた。
細いヤツなので、これくらいなら『華美な物』にならないので、校則的にもOKだろう。
実際、校内でもピンキーリングをはめている生徒も多いという。
今まで、まるで興味がなかったので、気付かなかったけど。
なんにせよ、紗弓の表情が明るくなったので、よかった。
帰り道は紗弓が少し地面から浮いているのではないかと思えるほど、浮かれているのが見て取れた。
車の助手席で、指を目線までもってきて手のひらを表から見たり、裏から見たりしている。
ときどき思い出し笑いをしたりして、表情もとろけまくってる。
こらクールビューティー!
もっとクールには出来ないのか!?
学校での『表紗弓』と日常の『裏紗弓』の差が面白すぎる。
あの様子だと家に帰ったら、絶対母親の百合子さんに言うだろうなぁ。
俺、また一歩進んではいけない方向に進んだような……
ただ、紗弓のこんな顔を見ていると、プレゼントしてよかったな、と思う。
諭吉はいなくなったけど……
ちなみに、週明けすぐに紗弓の小指に嵌ったピンキーリングはクラスの女子たちにより発見され、『やっぱり彼氏持ちだ!』と断定されていた。
そして、『ピンキーリングを贈るなんて絶対校内のやつだ!』と話題になってしまった。
そもそも校内だけの文化だ。
本来、ピンキーリングにそんな意味はない。
少なくとも校内の事情に詳しい人間でないとわざわざプレゼントしないだろう。
しかも、よく見るとシルバーとプラチナでは色も光沢も違うことから、犯人捜しの様にクラス内の男子の指がチェックされていった。
当然クラスには対象者がいなかった。
先日の『謎のパーカー男』の話と相まって、『先輩か!』『3年じゃね!?』としばらく話題になっていた。
紗弓は沈黙を守ったが、言い寄る男子は格段に減ったらしい。
授業中、授業内容を説明しながら教室内を歩いていると、箱崎のところに来た時に、ぴらりと紙を見せてきた。
『結局買ってあげたんですね。やけちゃいます!』
紙にはそう書かれていた。
照れ隠しに『ふん』と横を向いたら、新しくなにか書いていた。
『私の指も空いていますよ?』
そう書かれていた。
また揶揄われれているらしい……
自分の威厳の無さに落胆する。
(チャリ)
「あ、富成先生、鍵落としましたよ?」
「あ、すいません。ありがとうございます」
職員室では、うっかり鍵を落としてしまった。
保険医の胡桃沢先生が拾ってくれた。
「あれ?輪っかだけって、キーホルダーが無くなってますか?」
「あ、いえ、これは輪っかだけなんで」
「……そうですか、無くなったのかと思ってしまいました」
「ご心配ありがとうございます」
カギを受け取るとポケットにしまった。
そう、俺は指輪をする訳にはいかないので、密かにキーホルダーに付けている。
まさか、鍵と一緒に持っているとは誰も思わないだろう。
紗弓以外は。
ただ俺は、この時はまだ、女性の鋭さを甘く見ていたのだった。
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読みやすさ的には文章量はどうでしょう?
よかったら気軽に感想ください。
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
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