08_週末デート

■葛西ユージ視点

なんにも予定の無い週末は何か月ぶりだろう・・・


特にやることもないので、勉強をすることにした。

そのためには、まず形から・・・と言うことで問題集を買うことにした。


もう昼も3時を過ぎている。

週末とはいえ、あまりにだらけ過ぎた。

母さんからも心配されたほどだ。


今までが忙しすぎた。

なんのために、誰のために、何をしていたのか、もう自分でも説明できない。


誰のためにもならないことを、一生懸命にやっていた自分をバカだと思う。


地元の本屋さんでは問題集は手に入らなかった。

本屋さんには、週間雑誌と、売れ筋の漫画しか置いていなかった。


そこで、少し大きな本屋さんに行って買うことにした。

Amazonで買えば確実だろうけど、もう思い立ってしまったので、今日手に入れたいのだ。




本屋を出たところで、見知った顔が目に入った。

ウルハだ。

とっさに隠れてしまった。


別に何も悪いことはしていないのに。


ウルハは、カラオケショップから数人と一緒に出てきた。

あんな付き合いがしたかったのかと、罪悪感を感じる。


カラオケなんて1度も一緒に行ったことがない。

彼女が望むことは叶えてあげられていなかったのだ。


出てきたグループから分かれて、一人の男子とウルハが同じ方向に歩きだす。

肩を組んで親しそうだが、ウルハは緊張しているようだった。

あれが噂の光山先輩か。


自分以外の男に肩を抱かれているのを見るだけで胸が締め付けられた。

もう、僕のものじゃないのに。

元々僕のものじゃなかったのに。


激しい嫉妬でどうにかなってしましそうだった。

神様も酷なことをする。

たまたま出かけた買い物の出先で、こんなものを見せつけるなんて・・・




僕はダメだと思いつつも、こっそり後を着いて行った。

着いて行ってどうする訳じゃない。

邪魔をする資格すらないのだけれど、とにかく後を着いて行った。


今ならストーカーの気持ちも理解できる。

それは、きっと僕が今、ストーカーだからだろう・・・






■中野ウルハ視点

今日は休みなので、光山先輩とデートだ。

このところ生徒会の仕事が忙しくて会うこともできなかった。


光山先輩は何度か生徒会室に来てくれていたけど、対応することもできなかった。


休みの日に交流しておきたいと思っていた。

待ち合わせをしたら、場所はカラオケだった。


最初のデートはもっと遊園地とか、大きな公園とかがよかった。

ユージなら遊園地を選んだと思う。


あ、でも、今は光山先輩が彼氏だった。

ユージはもう、あの腕を組んでいた誰かのものになっている・・・

後戻りはできない。


私は光山先輩とカラオケボックスの部屋に入った。



「おーっす!」


「あ、光山!遅い、遅い!」


「ほら、色々ある訳よ!俺らには!」



驚いたことに、カラオケボックスには、光山先輩の友達もいた。

事前に聞いてなかったので、少し驚いた。

男子が6人、女子は私も入れて2人しかいない。


少し怖かった。


「先輩・・・あの・・・」


「ああ、友達に紹介しようと思ってさ!」


紹介と言っても、見せびらかしたい感じの印象が強かった。

女の子もいたし、一応中に入った。




横には光山先輩が座った。

すごく近い。

部屋が狭いので、しょうがないのだろうけれど、少し違和感を感じていた。


カラオケは盛り上がっていたが、私はあまりこういうのは得意じゃなかったので、全然歌えないでいた。

膝には曲が書かれた本が載っている。


ページを開いて、時々ペラペラやっているけれど、歌いたい曲など1曲もなかった。


私の右側に光山先輩が座り、一応、左側には女子の先輩が座ってくれた。

彼女は可愛い感じだけど、どこか好意的じゃない目。

蔑む様な、憐れむ様なそんな目だった。


「かーいちょっ、カラオケとかあんまり来ない系?」


「は、はあ。歌はあんまり知らなくて・・・」


「そうなんだ。なんか、そんな感じ」


歌わないし、知っている人が光山先輩しかいない空間。

その光山先輩のこともほとんど知らない。

女子の先輩も話しかけてくれたけれど、どことなく好意的ではない。


とても居心地の悪い空間だった。


「それにしても、光山が生徒会長と付き合うとはねぇ!」


「それな!」


「なんか今までとタイプ違くね?」


「なんかこうさぁ、ビビッと来たって言うか、春から俺も一流大学生じゃん!?自慢できる彼女と付き合っていきたいと思ったって言うかね!」


「ウケる!」


「で、どうなん?どこまで行ったん?」


「ウルハとは、まだ清い交際よ!こいつ忙しくてさ!」


急に呼び捨て。

『こいつ』とか言われている。

自分が貶められているようで、もやもやがたまった。


「でもさ、大事にしていきたいわけさ。こいつは他とは違うからさ」


光山先輩が手をつないできた。

ごつごつして大きな手。

そして、力がある。


ユージとは違う手。

手を握られて恐怖心が無いと言えば噓になる。

・・・私は何故ここにいるのか。




1時間もすれば歌う人、話す人、スマホをいじる人に分かれてきた。

隣に座っている女子の先輩はその隣の彼氏らしい先輩とキスをしていた。


驚いたけど、つい見ないふりをした。

いずれ自分もそうなるのだろうか?

そんな未来は1ミリも想像ができない。


女子の先輩は明らかに顔が赤い。

彼氏らしい先輩も言動がおかしい。

飲酒ではないだろうか。


でも、聞けない。

知らない先輩たちが多い中、一人だけ正義を振りかざすなんて・・・

そんなこと私にはできなかった。




2時間もしたころ急に会は終わった。

元々、部屋を2時間で予約していたからだろうか。


10分前の時間を知らせるコールに光山先輩が出て、『はい、はい、出ます』と言っていた。

正直、『解放される』と言う安堵感が自分の中に広がった。


「じゃ、俺らこれからデートなんで!」


店を出たとき、光山先輩が他の先輩方にそう告げて私の肩に手を回した。


「先輩?」


「行こうぜ、ウルハ」


黙って着いて行った。

外は、カラオケボックスよりは開放的。

ただ、どこに向かっているのか分からない漠然とした不安感。


肩に回された手はそのままだった。

私は、なんて言ったらすぐ帰れるのかばかり考えていた。





着いて行った先は、マンションだった。

光山先輩の家らしい。


「行こう、今日は親、帰るの遅いから」


そう言われて、手を掴まれた。

身の危険を感じて今すぐ逃げ出したかった。


それでも着いて行ったのは、浅はかだったと言える。

部屋に案内されたら、ヘッドに座るよう促された。


知らない人のヘッドに座ることに対する違和感。

知らないにおい。

知らない場所。


座るだけで自分が汚されるような気がしていた。


「あの・・・先輩やっぱり・・・」


やっぱり無理だった。

帰ろう。

これ以上は無理だ。


「せっかく来たんだし、ゆっくりしていきなよ」


光山先輩に腕を掴まれた。

怖くて何も言葉が出なかった。


「優しくするからさ、いいだろう?」


そんなことを言われながら、ベッドに押し倒された。

完全に気が動転した。


両手首は掴まれて、ベッドに押さえつけられている。

すごい力なの上に体重までかけられているので身動きが取れない。


光山先輩の顔が違づいてきた。


「やめてくださいっ!」


とっさに顔を逆に向けた。


「俺さ、ウルハみたいなまじめな子がさ、段々堕ちて行って、俺なしじゃいられなくなるのが見たいんだよ」


こんな猟奇的な口説き文句があっていい訳がない。

身体を右に左にねじるが全然抜けることが出来ない。


「大丈夫だって、俺慣れてるから、すぐ終わるから・・・」


(ガツン)


とっさに全力の頭突きをしてやった。


「おまっ!」


鼻血を流して手で押さえる光山先輩。

怯んだすきにベッドからは起き上がった。


(バキッ)


殴られて一瞬意識が飛びそうになる。

ここで気を失ったらダメだ!


とっさに足元に落ちていたバットで殴りつけ、光山先輩が怯んだ一瞬を狙って部屋を逃げ出した。


「お前!待て!!」


急いで玄関の扉を開けて外に飛び出した。

マンションの廊下に出たところで、もう一度玄関の扉が開く音が聞こえた。


光山先輩だ。


「助けてー!殺されるー!!」


とにかく大声で叫んだ。


「おま!ちがっ!」


光山先輩はすぐに追いついて捕まってしまった。

口をふさがれて大声が出せないようにされてしまう。


「助けてーー!んぐっ・・・んー!んー!」


口もふさがれて、引きずるように廊下を家の方に連れていかれる。

もうダメだと思った時だった。


「お巡りさんこっちです!すぐ来てください!」


廊下の向こう側から声が聞こえた。

誰かが警察に連絡してくれた!?



光山先輩は私を置き去りにして、部屋に逃げて行った。


「こっちです!来てくださーい!」


声の主が近づいてきた。




信じられないことにそれはユージだった。





ユージは、私の顔の近くで小さい声で言った。


「走れる?」


声は出せなかったけど、私はとっさに肯いた。

ユージに手を引かれて、とにかく走った。


マンションの階段を駆け下りたとき、下にエレベーターで先回りされるのではないかと不安があった。

幸い光山先輩は追いかけてきていないようだ。


マンションから出てしばらく通りを走ったときに足に激痛が走った。


「いたっ!」


よく見たら、靴を履いていなかった。

尖った石みたいなものを踏んだみたいだったけど、幸い切れはしなかったようだ。


「大丈夫!?」


ユージが駆け寄ってきた。

そう思ったら、力が抜けた。


立ち上がれない。

腰に力が入らないのだ。


ユージに抱きかかえられて、道の脇の花壇の淵に腰かけた。

足を見てくれたけど、ケガはなかった。

ただ、痛かっただけ。


「ごめん。靴はいてなかったね」


「・・・」


「歩ける?」


「・・・」


「おぶっていくから背中に乗って。恥ずかしくてもちょっとだから、我慢して」


ユージは私の返事も聞かずにおんぶしてくれた。


助かったという安心感と、久しぶりのユージの感触と匂いに安心して涙が出てきた。


「泣いてるの?どこか痛かった?」


(ふるふるふる)


首を振るので精一杯だった。


「(ううう・・・怖かった・・・)」


結局、警察も何もいなかった。

とっさに機転を利かせてくれたユージのアイデアだった。




私はバカだ。

ユージに見られるのが恥ずかしかった。

逃げてはきたけど、なにかが汚されてしまったような気さえする。

こんな自分をユージに見られるのが本当に恥ずかしかった。


そのままユージはなにも聞かずに家までおぶって行ってくれた。

私はずっと嗚咽が止まらなかった。


色々伝えたいけれど、声にならない。

泣き止みたいけれど、後から後から色んな感情があふれ出て、なにも伝えられないでいた。


ユージは玄関まで連れてきてくれた。


「ここまでで大丈夫?」


ここまでくれば大丈夫。

安全地帯。


コクンと頷くと、ユージは踵を返して家に帰って行ってしまった。

私は、とにかく家に帰って、すぐに風呂場で服を全部脱ぎ、シャワーを浴びた。

少しでもなにかを清めたくて。


思い出しただけで、吐き気がした。

実際何度か嘔吐いたが、なにも食べていないのでなにも出なかった。


もう少しで大変なことになるところだった。

そう考えただけで寒気がした。


私はシャワーを浴びながら自分の身体を抱きしめて泣いた。

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