8

 二〇〇〇時。羊蹄山避難小屋、2階。真っ暗だった。聞こえるのは雨粒が屋根を叩く音だけ。糧食レーションによる簡素な食事を済ませ、しのぶは部屋のすみに面した上段の寝床で毛布にくるまり横になっていた。


 夜になるとさすがに気温が低くなる。十月中旬のこの辺りは氷点下になることも珍しくない。だが、毛布を二枚重ねれば十分暖かかった。


 疲れているはずなのに、なぜか眠れない。


「しのぶちゃん……寝た?」


 はす向かいの隅の寝床から、加藤三佐の声。女の子のしのぶに気を遣って、彼女から一番離れた寝床を彼は選んだのだ。


「……いいえ」


「そっか。しのぶちゃんは、タクが好きなの?」


「ふぇっ!?」


 いきなり核心に迫る質問だった。


「え、ええと……その……」


「言いたくなかったらいいけどさ。でも……君ら、お似合いだな、って思ったから……」


 しのぶと巧也と加藤三佐が揃ったのは、一昨日の夕食だけだ。その時に見ただけでそこまでわかってしまうものなのか。しのぶは加藤三佐の観察眼に舌を巻く。


「でも……タクは、わたしのことなんか……」


「そうかな? タクもずいぶん君のこと気にしてたみたいだけど……」


「そう……でしょうか……」


 しのぶの頬が熱くなる。


「ああ。だから、タクにまた会えるように、頑張らないとな」


「……」


 そうですね、とは素直に答えにくかった。そこでしのぶは、少しだけ反撃を試みる。


「カーシーさん、わたし……一度聞きたかったんですけど……」


「ん?」


「町田さんとは……どういう関係なんですか?」


「ふぇっ!?」


 どうやらしのぶの口癖が加藤三佐に感染うつったらしい。彼女は思わず吹き出しそうになる。


「べ、別に……単なる同僚だよ……」


「でも……町田さんは、カーシーさんのことが好きみたいですよ」


「……君、意外に鋭いんだな」加藤三佐は深くため息をついたようだった。


「確かに、いいなんだよな……明るくて、強くて、一途で……俺には眩しすぎるよ。年だって7つも離れてるのに……なんだってこんなおっさんがいいんだか……他にももっといい男がいるだろうに、さ……」


「でも、あの人はカーシーさんが好きなんです。カーシーさんは町田さんのこと、好きじゃないんですか?」


「……俺はさ、昔同棲してた女に逃げられたことがあってさ……それっきり女性不信になっちまったみたいで……だからあの娘のことは、好きにならないように、ならないように、って自分自身をけん制してたんだ。でも……いざこんなことになると、どういうわけかあの娘の顔が目の前に浮かんでくるんだよな。さっき声を聴いただけでも、なんだかすごく落ち着いた」


「それじゃ、カーシーさんも……町田さんにまた会えるように、頑張らないと、ですね」


「ああ……そうだな……」


 それっきり会話が途切れる。やがて加藤三佐の寝息が聞こえ始めた。それを耳にしているうちに、いつしかしのぶの意識も薄れていった。


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