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「そうだったの……」
宿舎の201号室。しのぶの使っていたノートパソコンを前にして、町田二尉は深くため息をついた。
「ええ。まさかシノがこんなことを書いてるなんて……」巧也が声を詰まらせる。
「きっと、こうなるかもしれないって思って書いたのね。自衛官の娘らしいわ……」
涙声でそう言うと町田二尉は目頭を拭う。つられるように巧也たちも鼻をすすった。
「でも、たった14歳の女の子にこんなことを書かせてしまうなんて……これはもう、完全に私たち大人の失態だわ。本当に、ごめんなさい」
立ち上がり、二尉は三人に向かって頭を下げる。
「ちょ……町田さん、やめてくださいよ」右手の甲で涙を拭って、譲。「町田さんは頑張ってますって。俺らをどんなに助けてくれたことか……」
「ありがとう」二尉は姿勢を戻し、表情をゆるめた。「でも……シノが自律飛行用のコードを書いてたなんて……知らなかったな」
椅子に腰を下ろし、町田二尉はパソコンのタッチパッドに指を滑らせる。プログラム開発環境を立ち上げた彼女は、再びため息をついた。
「やっぱりそうか」
「やっぱり、って何がですか?」と、巧也。
「彼女、アイのソースコード(プログラム言語で書かれたプログラムの本体。実行時には機械語に変換される)をカスタマイズしてたのね。だから敵に体当たりするなんて危険なことができたのよ。本来ならあんなことしようとしたらアイが止めるはずだもの」
「……」
巧也は思い出す。そう言えば、しのぶのアイはずいぶん喋り方が人間ぽかった。きっとそれも彼女が自分のアイをカスタマイズしていたからなのだろう。
「で、こちらのプロジェクトが例の自律飛行プログラムね」
タッチパッドを素早く操作し、しばらく画面を眺めていた町田二尉が、ふと眉を動かす。
「……そうか、なるほど。ヒューリスティックエンジンのオプティマイゼーションに、アドバンスドSAの出力を使えば……フレーム問題はある程度回避出来る……か……」
「どうしたんですか?」と、巧也。
「シノはやっぱり天才だわ。私たちが行きづまっていたところを、彼女はあっさりと解決しちゃったみたい。ありがと、これを持ってきてくれて。君たちは恩人だわ」
この数日間ですっかりやつれてしまったように見える町田二尉の顔が、久々に明るく輝いていた。
「そんな……ぼくらは何もしてません……全部シノが……」巧也が言いかけた、その時だった。
机の上の電話が鳴り、町田二尉が受話器を取る。
「はい、町田です……!」
二尉の瞳が大きく見開かれた。思わず受話器を落としそうになった彼女は、慌ててそれを握りしめる。
「カーシーさん……?」
「!!!」
その一言は、巧也たち三人の目も一瞬で真ん丸にした。
「はい……はい……わかりました。はい……よかった……無事で、本当によかった……では、また後で」
電話を切った町田二尉の目に、涙が溢れる。
「カーシーさんが、どうかしたんですか?」勢い込んで巧也が聞くと、彼女は三人を見渡し、声を震わせながら言った。
「みんなも……聞いたよね? 私の幻覚じゃ……ないよね?」
三人が同時にうなずく。
「カーシーさん、羊蹄山の避難小屋から直接電話をかけてきたの。それでね……」
そこで町田二尉は鼻を一つすすり上げる。涙が頬をつたい、相変わらず震える声で彼女は続けた。
「シノも無事で……そこにいるんだって……」
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