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「うん……わたし、今は石川県にいるけど、生まれたのは静岡県なの。その頃お父さんは浜松基地で働いてて、基本操縦課程だったカーシーさんと仲がよかったんだって。それで……わたしは全然覚えてないんだけど、基地祭でお母さんが赤ちゃんだったわたしを基地に連れてきて、その時にカーシーさんがわたしを抱いたことがあったんだって。小松基地の最終試験の時、『大きくなったなあ』って言われちゃった」
「あ、そういうこと……赤ちゃんの時の話ね……びっくりした……」絵里香が深くため息をつくと、譲と巧也も同じように胸をなで下ろしていた。
「え、みんな、どうしたの?」と、訝しげに、しのぶ。
「いや、だってさぁ」呆れ顔で絵里香が言う。「カーシーさんに抱かれた、なんて言うものだから……てっきり私は、シノがカーシーさんと……」
「……ふぇっ!?」
突然、しのぶの顔がアフターバーナーに点火したように赤く染まる。
「ち、違う、違うよ! そういう意味じゃないから!」
「分かってるって。もう、言い方……気をつけてよね……」と、絵里香。
「うん……ごめん……」しのぶはすっかりしょげ返ってしまった。
「で、タク」譲が巧也に顔を向ける。「お前もなんかカーシーさんの思い出はないのか? お前だって最終試験は彼の機体に乗せられたんだろ?」
「う、うん……」巧也はあいまいにうなずく。
そう。
彼には加藤三佐との忘れられない思い出があった。最終試験の時に、領空侵犯してきた不明機とニアミスした、という……
だが、その件は極秘扱いとなっているので彼は誰にも話していない。このJスコのメンバーに対しても、だ。だから彼は、それ以外の加藤三佐とのやりとりを話すことにした。
「確かに、すごい操縦テクニックだったよ。だけど……カーシーさんは、自分は戦闘機パイロットに向いてないって言ってた」
「ええっ! そうなのか?」譲が目をむく。
「うん。テストパイロットは戦闘機パイロットとは違うんだ、とも言ってた。だから……彼も本当は、ここに来たくなかったのかもしれない。戦いたくなかったのかも……」
「……」
その場の雰囲気が重くなる。それを打ち消そうとするように、巧也は明るく言った。
「でもね、カーシーさんは、自分にしか出来ないことだ、って分かってたら、そこから逃げるようなことは絶対にしない。そういう人だよ。だから僕はとても尊敬しているんだ」
そう。あの時も彼は逃げたりしなかった。巧也は不明機と対峙した時の加藤三佐のふるまいを思い出す。
「……なあ、みんな」譲だった。「提案があるんだが」
「言わなくても分かってる」と、絵里香。「カーシーさんを探しに行くんでしょ?」
「……さすがだな」譲はニヤリとして、しのぶに視線を移す。「シノ、カーシーさんが撃墜された場所は、どこなんだ?」
「ええと……
羊蹄山は千歳基地から西に60キロメートルほど行ったところにある、標高1,898メートルの成層火山。富士山によく似ているので「蝦夷富士」とも言われている。
「そうか。だったら、やっぱり空から探すのが一番手っ取り早いな。俺たちが行くしかない」
「でも……Jスコは解散したんだよね……だから、ぼくらはもう F-23J のパイロットじゃないんだ……」巧也は唇を噛んで下を向く。
「それはもう、とにかく町田二尉や宇治原三佐にお願いするしかねえよ。もう一回乗せてくれ、ってさ。たぶんこの基地には、俺ら以外に手が空いているパイロットはかなり少なくなってると思う。だけど、俺らは間違いなく手空きなわけだからさ、カーシーさんの捜索に出るのは、やっぱ俺らが一番都合がいい、ってことだろ」
「だけど……ぼくらはF-23Jしか乗れないんだ。そして、たぶんそれが敵の無人機とまともに戦える唯一の機種だ。それをぼくらが捜索に使ってしまって……いいのか?」
「構わねえさ。今日もシミュレーションで戦ってみてよく分かった。やっぱり今の俺ら以上に F-23J を乗りこなせるパイロットは、まだこの基地にはいないと思う。だから、空対空装備をフルに積んで、戦う準備を完全にして捜索すればいい。どうせ空に上がれば、発見されて戦いに巻き込まれることになる可能性は高いだろ」
「で、でも……今度の相手は、ガチの敵だよ……わたしたちが今まで戦ってきたタイプSとは違う。武器だって今まで戦ってきた相手のものよりも、ずっと威力が強い……ひょっとしたら、わたしたちも……やられちゃうかも……」
「……」
しのぶにそう言われると、譲は何も言えなくなってしまう。
「それに……敵は、人間かもしれないのよ」絵里香がうつむきながら言う。「宇治原三佐が言ったよね。『君らは人に向かって引き金が引けるのか』って……私、その言葉がずっと引っかかってて……私はどうだろう、って考えてた。そしてね……やっぱ無理だ、って思ったの。私には、人は殺せない……」
「……」
全員が押し黙る。やがて、譲がしのぶを振り返った。
「シノ、今まで襲ってきた敵で、有人機はどれくらいだったんだ?」
「それがね……有人機は、一機もいなかったみたい」
「ええっ?」譲は目を丸くする。
「理由は分からないんだけど……今まで千歳基地の戦闘機が戦った敵機は、全部無人機だった。戦闘機も攻撃機も」
「だったら問題ねえな。むしろ、無人機相手だったら俺たちが F-23J に乗って戦うのが一番だろ? 俺たちはずっと無人機と戦ってきたんだからさ。というわけでタク、リーダーはお前なんだから、最終的に決めるのはお前だ。どうするんだ?」
「え……」
いきなり話をふられた巧也は一瞬口ごもるが、すぐに全員の顔を見回す。
「エリー、君はいいのか?」
「ええ。相手が無人機なら、戦うのは問題ないよ」
「シノは?」
「うん……わたしも……カーシーさんを探したいから……そのためなら、戦う……」
「……ようし分かった。それじゃさっそく町田二尉に聞いてみよう」
電話の受話器を取り、巧也は内線番号201をプッシュした。
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