11

 "まさか……敵か?"


 7時方向の空の向こうに点のような機影を見つけた瞬間、譲は鳥肌が立つのを感じる。


 距離が遠すぎて機種までは分からない。しかし、敵だとしても戦うことも逃げることも出来ない。彼の機体には武器も十分な燃料もないのだ。


 ちくしょう……どうすればいいんだ……


 譲が唇を噛んだ、その時。


「スカルボ03からデータリンク要求が来ています。承認しますか?」


 アイだった。


「え……スカルボ03?」


 スカルボ03と言えば絵里香の機体だ。その瞬間、譲は唐突に閃く。


 ま、まさか!


 左後ろを振り返った譲は、その直感が正しかったことを知る。


 7時方向の機影は、すでにそれがF-23Jと明確に識別できるほどに大きさを取り戻していた。思わず譲は叫ぶ。


「エリー!」


---


『……ここまで近づけば、なんとかデータリンクはつながるみたいね』


 それは絵里香の言葉ではあったが、声はアイだった。それも全く抑揚のない。


 譲と絵里香の機体は、ピタリと寄り添うように編隊を組んだまま水平飛行していた。


 譲は今、アイを通じて絵里香と会話していた。機体同士のデータリンクが繋がれば、それを通じて音声通信も出来るようになるのだが、それを行うに十分な通信帯域が、ジャミングによるノイズで確保出来ない。ただ、音声より遥かにデータ量が軽い文字テキストのやり取りは可能だった。

 そこで、それぞれの機体のアイがそれぞれのパイロットの言葉をテキストに変換して相手に送信し、受信した文字メッセージは自分のアイが代読する、という方法を彼らは選んだのだ。もちろんアイの代読は全く感情のこもっていない棒読みだったのだが。


「そうみたいだな。だけど、ホントお互い無事でよかったぜ」


『そうね。君がアイの助けなしで帰ってこれるか心配だったけど、まさか私よりも早かったとはね』


「一応、ちゃんとたどり着けるかどうか、計算してここまで来たからな」


『ええ、マジで。君、計算出来たの』


 たぶん絵里香は驚いているのだろうが、アイが淡々と棒読みするものだから、言葉からそういうニュアンスが全く伝わってこない。


「馬鹿にするなよ。俺だってやるときはやるんだよ」


 怒り口調で言ったんだが、たぶんこれも、エリーの耳には棒読みで伝わっているんだろうな、と譲は思う。


『ふうん。すごいじゃない。見直したわ』


「まあ、お前のおかげでもあるけどな……お前が町田先生や宇治原先生のところに俺を引っ張って行ってくれたから……俺も計算出来るようになったんだ。感謝してるよ」


 そんな風に言うのは照れくさかったが、自分の声で伝わらない、と分かれば、譲もそれほど口にするのに抵抗は感じなかった。


『べ、別に君のためにやったわけじゃないんだからね。君が落第したら困るのは私なんだから』


 譲は苦笑する。典型的なツンデレセリフだが……棒読みされると全く尊みが感じられない。


 その時だった。


「ワーニング。燃料が少なくなっています。あと2分しか飛行出来ません」


 相変わらず、アイが淡々と言う。


「な、なにぃ!?」


 譲は仰天する。彼の計算では、基地まで燃料は十分もつはずだった。


『大丈夫よ。私の計算では、北のイニシャルポイント(着陸進入を開始する位置)まであと1分。残り1分あればなんとかギリギリ滑走路まで行けるはず。それに、着陸の時はスロットルを絞るからもう少し飛べると思う。ただ、着陸復行ゴーアラウンド(着陸をやり直すこと)はもちろんできないけどね。頑張って。私はまだ燃料に余裕があるから、君の着陸を見守ってあげる』


 絵里香の言葉をアイが棒読みする。


「で、でも……誘導も全くなしで、着陸するんだよな……」


 そう。それまで譲はすっかり忘れていたが、この状況では着陸も今までのようにアイの助けを借りるわけにはいかない。全て自分の手でやらなければならないのだ。


『シミュレーションでやってるでしょ。君なら大丈夫。うまくいくって』


「……わかったよ」


 そう応えたものの、譲にはあまり自信がなかった。それでもやるしかない。スロットルを絞り、彼は高度を下げていく。


『イニシャルポイントを通過。着陸脚ギアダウン』と、絵里香(のメッセージを代読するアイ)。


「了解」


 譲は左手で着陸脚操作レバーを下げる。降りた着陸脚による空気抵抗が、一瞬彼を前のめりにさせた。


『オンコース、オングライドパス。このまま進入すれば大丈夫よ』


「わかった。ありがとうな」


 やがて、彼の目の前に千歳基地の滑走路18Rが大きく広がってくる。その時だった。


 大きく警報が鳴り、続いて


「残燃料がゼロになりました。両舷エンジン、失火停止フレームアウト。ただし、最終侵入ファイナルアプローチ状態のためミニマムモードはキャンセルされます」


 全く無感情な声で、アイが宣言する。


「えええ!」


 譲は悲鳴を上げる。これは非常にまずい状況だ。エンジンが止まってしまったら発電機も動かなくなって、電気で制御されている機体は操縦出来なくなる。それは譲もよく分かっていた。だが、まだ操縦桿もスロットルも機能しているようだ。


『大丈夫。ある程度のスピードで飛んでる限り、風がエンジンに入るから発電機は回ってる。操縦はできるよ。ミニマムモードでなければ無線もデータリンクも使えるし』と、絵里香(代読:アイ)。


「だけど……エンジンが止まった状態での着陸なんて……シミュレーションでもやってねえんだが……」


 譲が弱音を吐いた、その時。


「基地とのデータリンクが復活しました!」


 アイの声に感情が戻った。HMDの片隅に見えている、それまで無表情だった彼女のアイコンも、今は嬉しそうな表情を浮かべている。


「誘導による自動着陸が可能です。要求しますか?」


 そうか。基地に近づいたためにデータリンクも繋がるようになったのだろう。アイの機能が通常に戻れば心強い。譲は胸をなで下ろす。


「ああ、そうしてくれ。エンジンが止まったままでも着陸出来るか?」


「おまかせください!」アイのアイコンがウインクしてみせる。「ノーパワーランディングも余裕でOKですよ!」


「助かった……それじゃアイ、コントロールを渡すぞ」


「了解です。アイハブコントロール! アイだけに!」


「……最後のは余計だ」


 アイにツッコミを入れつつ、譲は操縦桿を手放す。


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