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 なんてことだろう。コクピットの中の譲は、ぼう然とする。


 データリンクが切れると、こうもアイは使い物にならなくなってしまうのか。


 もうアイは当てにできない。だけど……どうやって最適な速度を見つければいいのか、分からない。譲は必死で考える。


 ふと、町田二尉の言葉が彼の脳内によみがえる。


 "何でそうなるのかが分からないのは、中間部分が欠けているからなの"


 中間部分……この場合の中間部分って、なんだろう。


 こういう時は、まず「速度」ってどういうものか、考えてみるんだ。


 速度は……進んだ距離をそれにかかった時間で割ったもの。今自分が知りたいのは、どれくらいの速度で飛べば千歳にできるだけ早く着くことができるか、だ。だから……ここから千歳までの距離を千歳までにかかる時間で割れば、速度が計算できる。


 でも、今残っている燃料で飛べる時間も限りがある。そうだ、まずはそれを計算しないと。千歳までかかる時間よりもそれが長かったら、到着前に墜落してしまう。でも……それ、どうやって計算したらいい?


 ここで譲の考えは行き詰ってしまった。しかし……


 以前講義で宇治原三佐がそんな話をしていたような気がする。なんだったっけ……確か、HMDの右側に並んでいた何かの数値を使ってたような……


 右側に走った譲の視線が、「燃料流量」の四文字にピタリと止まる。


 これだ!


 燃料流量は、1時間に何キログラムの燃料がエンジンに流れるか、を表している数値。つまり、1時間にそれだけの燃料をエンジンが消費する、ということだ。これと残燃料の数値を使えば、あとどれくらいの時間飛べるかが計算できる。確か、宇治原三佐はそう言っていた。


 でも……どうやって?


 ふと譲は、これは方程式で解けるのではないか、と思い当たる。


 今知りたいのは、燃料がなくなるまでにどれだけ時間がかかるか。これを x としよう。残りの燃料をyキログラムとすると、yキログラムの燃料を消費するのにかかる時間がxだ。で、燃料流量をzとすると、1時間にzキログラム燃料を消費することになる。zキログラムの燃料を1時間で消費するなら、yキログラム消費するのにかかる時間は?


 そうだ。yをzで割ればいい! だから、解くべき方程式は、こうだ。


 譲は胸ポケットからボールペンを取り出し、右ひざのマップに方程式を書きつける。


 x=y/z


 燃料流量は……5300。残りの燃料は……2000。つまり、y=2000,z=5300だ。


「アイ、2000割る5300は?」


「約0.377です」


 単純な数値計算は今のアイにもできるらしい。だけど、これは時間の単位だ。


「それって何分?」


「23分ですね」


 よし。これであとどれくらい飛べるかが計算できた。次は……千歳までの距離だ。譲の機体は今、ほぼ帯広上空を飛んでいた。


「アイ、帯広から千歳までの直線距離は?」


「申し訳ありません。地図が参照できないので、計算できません」

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