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「町田先生……助けてください」絵里香が両手を組んで祈るように町田二尉に向ける。「ジョーが全然数学わかってくれないんです……」


 勉強に関しては彼女たちは町田二尉を「先生」と呼ぶことになっていた。それは宇治原三佐についても同じだった。


「どれどれ……」二尉が教科書をのぞき込む。「ああ、文字式ね。それで、何が分からないの?」


「いや、ジョーはそもそも変数の意味が分かってなくて……」


「ジョー」譲を二尉は振り返った。「君はいったい、何が分からないっていうの?」


「いや、もう、何が分からないのかも分からなくて……」しょんぼりとした顔で、譲。


「それは重症ね」二尉はため息をついてみせた。「何が分からないのも分からない、っていうのが一番タチが悪いのよ。いい、ジョー、まずは分からないことが何かを明らかにすることね。それが分かってしまえば、実はもう半分分かったようなものなのよ」


「そうなんスか?」


「ええ。だって、例えば、この言葉の意味が分からない、ってことが分かれば、後は辞書を引くなり検索するなりして意味を調べればいいわけじゃない」


「それは……確かにそうなんスけど……」


「けど……なに?」


「どっちかと言うと、俺、言葉が分からないって感じじゃなくて、何でそうなるのかが分からないんスよ」


「なんだ、そこまで分かってるんじゃない。何が分からないのかも分からない、っていう状態じゃないね。だったら簡単よ」


「へ?」


「何でそうなるのかが分からないのは、理由とか原因、といった中間部分が欠けているからなの。ジョー、三段論法って知ってる?」


「いや……聞いたことないッス」


「エリーはどうかしら?」


「え?」


 いきなり町田二尉に話を振られて、絵里香はあわてて背筋を伸ばした。


「え、ええと……確か、AイコールB,BイコールCならばAイコールC、ってことじゃなかったでしたっけ?」


「そう! よく知ってるね」二尉が笑顔になり、視線を譲に戻す。「ジョー、今の話、分かる? つまり、AであればBで、BであればCだったら、AであればCってこと」


「だからぁ、AとかBとか文字で言われても分かんねッスよ」


「ああそうか。じゃ、具体的に言うと……猫は動物でしょ? で、動物はみな生物。だから、猫はみな生物。分かった?」


「それはまあ、なんとなく分かりますけど……それが何か関係あるんスか?」


「いい? なんでAであればCなのか分からなくても、AであればBで、BであればC、だからAであればCなんだ、って考えたら分かることもある。このBが、さっき言った中間部分にあたるの。具体的な例を挙げましょうか。飛行機は空を飛ぶ。なぜ?」


「そりゃ……飛行機は空を飛ぶものだからでしょ」


「ずるっ」二尉はズッコケてみせた。「それ、全然答えになってないから。私の言ったことをオウム返しにしているだけでしょ」


「そんなこと言われても……なんで飛行機が空を飛ぶのかなんて、俺よく分かってねえッスから……」


「そう。だったらね、こういう時はまずこう考えるの。飛行機ってどういうもの?」


「空を飛ぶものでしょ?」


「それはおいといて」両手で「おいといて」の仕草をしながら、町田二尉。「じゃあ、もっと具体的に言おうか。飛行機って何から出来てる?」


「ええと……アルミニウム?」


「お、なかなかいいところに気がついたじゃない。ま、正確に言えば単なるアルミニウムじゃなくてジュラルミン……アルミ合金なんだけど、アルミニウムも材料であることには間違いないからね。それじゃ、なんで飛行機はアルミニウムで出来てるの?」


「それは……軽いから?」


「そうね。軽いものの方が空を飛びやすい。だけど、だからと言って同じくアルミで出来ている1円玉やアルミ鍋は空を飛ばないよね。なんでだと思う?」


「そりゃ当たり前でしょう。1円玉や鍋にはエンジンも翼もないんだから」


「……」ニヤー、と二尉が意味深な笑顔になる。「まだ、分からない? 飛行機が空を飛ぶ理由」

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