ぼくは空で、君を守る。

Phantom Cat

第1章 スカウト

1

 ”……ダメだ。どうしても離れない”


 焦りに駆られた”タク”が後ろを振り返ると、敵は未だに彼の機体の七時方向にピッタリと食らいついたままだった。


 高度、二万八千フィート(約八千五百メートル)。天候は晴れ。濃紺の空にところどころ綿のような積雲が浮かんでいた。”タク”の視界でそれらが目まぐるしく回転する。


 強敵だった。持てる技術の全てを尽くして”タク”は機体を操るが、どうにも引き離せない。敵の機体も彼と全く同じ機種であり、パイロットの実力もほぼ互角。だからなかなか決着がつかない。

 だけど、たぶんヤツもかなり焦っている。ヤツの動きからそれを感じる。”タク”は自分に言い聞かせる。焦りに耐えられなくなった方が負けだ。それに、そろそろ……


『ノブ、目標捕捉ターゲット アクイジッション


 ”……来た!”


 待ちに待った、彼のパートナーである”ノブ”からの無線だった。そう。彼はおとり役アイボールであり、攻撃の本命シューターは彼の僚機ウイングの”ノブ”なのだ。


「待ちかねたよ、”ノブ”。撃墜しろキル イット


了解コピー


 ”ノブ”の応答の一瞬後、”彼”の機体が上空の雲底を突き破って姿を現し、敵に向かって一気に急降下する。


『”ノブ”、フォックス ツー』


 ”ノブ”のミサイル発射のコール。敵も気づいたようだが一歩遅かった。それが回避しようと九十度横転クオーターロールした瞬間、”ノブ”が放ったミサイルが排気ノズルの真後ろで爆発、右側のエンジンと尾翼を吹き飛ばす。そのまま敵機は黒煙を引いて墜落していく。その機体の尾翼に描かれている、オオカミをあしらった赤いマークに、”タク”は視線を奪われた。


 ”あ、あのマークは……まさか……”


『”タク”、大丈夫だったアー ユー オーケー?』


 いつの間にか、彼の左側に”ノブ”の機体が並んでいた。”タク”のそれと同じ、ノースロップ・グラマン YF-23。その機体はそれまでの戦闘機のように、左右に垂直尾翼と水平尾翼が一組ずつあるのではなく、機首から見ると斜め右上と斜め左上に向いた一組の尾翼しか備えていない。


 主翼の形も変わっている。上から見ると菱形ひしがたをしているのだ。しかし、この独特な翼の形のためにYF-23 はステルス性と高速性をうまく両立させていた。それだけでなく、とても美しいフォルムだと”タク”は思う。少なくとも今のアメリカの主力戦闘機であるロッキード・マーティン F-22 ラプターよりも、彼は YF-23 のデザインの方が好きだった。


ああアファーム、”ノブ”。助かったよ。ずいぶん腕を上げたみたいだな」


 ”タク”が言うと、”ノブ”もすぐに応える。


ありがとうサンクス、”タク”。おかげさまでね』


「なあ、”ノブ”、君が今撃墜した相手だけど……あれ、”ジョー”じゃないか?」


『君もそう思った? あのマーク、そうだよね……どうりで強いと思ったよ。だけど、ボクら、勝ったんだね。ランキング3位の”ジョー”に……』


 ”ノブ”の声は弾んでいるようだった。


「ああ……ん?」


 アラーム音が鳴る。テキストチャットが届いていた。送信者は、" Joe "。


[ Joe:ちくしょう。まんまとやられたぜ。もう1機いたとはな。今度はサシで勝負しようぜ。じゃあな、Tak ]


「やっぱ、”ジョー”だったんだ……」


 嬉しかった。ランキング一ケタの相手になんか、なかなか勝てるものじゃない。”タク”の顔がほころぶ。


[ Tak: CUまたな,Joe ]


 短く返答した”タク”の視界に、チャット画面の脇の時計が入る。その瞬間、彼の顔に浮かんでいた笑みが消えた。


 ”ヤバい。約束の時間を少し過ぎてしまった……”


「ごめん、もう時間だ。オチないと……それじゃ”ノブ”、またな」


『うん。楽しかったよ、”タク”。また「空」でね』


 ”ノブ”の応答を合図に、”タク”はログアウトを選択。目の前が暗くなる。


「……ふぅ」


 息をつきながら、”タク”こと中島なかじま 巧也たくやはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を頭から外す。この瞬間、彼はバーチャル戦闘機パイロットから本来の立場である男子中学生へと戻ったのだ。彼を待つ次なるミッションは、明日までに提出しなくてはならない学校の宿題だった。


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