第353話 『壁』の向こう
ユイト=トールマンはアズマミヤ都の権力者、ユマ議員が正直苦手だった。
『マスターズ』にとっても有数のお得意様、ヴァルキリーたちに様々な仕事を与えてくれる今になっても、だ。
だがユイトは今や小さいながらも堅実に大きくなっている企業のリーダー。『来てほしい』と言われれば、個人の好き嫌いは抜きにして応じる。
「で、でもなんでボクもついてきてるのぉ……?」
『何かやらせたいことでもあるのかもね』
「さぁな。だがご指名だ」
ただ、今回使指名を受けたのはユイトのみではなく、相変わらず頭一つ抜けて長身のミラ=ミカガミが窮屈そうにスーツに長身を押し込んで一緒に訪れていた。当然ミラがくれば彼女と肉体を共有するランも同行することになる。
見上げれば、頂上が点のように見えるほどに高い。この都市の中でも最も巨大な超高層、アズマミヤ都庁ビルだ。
一度はこのビルで吸血魔ロナルド=ローが蚊雲邪神功による殺戮を行い、そして巨大なヘリポートでは血魔卿との決戦をやる羽目になった。
少し懐かしさを覚えたが……そこで巨大なエントランスに顔見知りがいることに気づく。
分厚い長身の男性、クゼ議員は以前よりビルドアップした筋骨隆々の体を折り曲げて丁寧に会釈する。
「お久しぶりです、ユイトさん。ミラさん、ランさん。
それと、ユイトさん。カレンさんのご懐妊、おめでとうございます」
「ああ。久しぶりだな。ありがとう」
「こ、こんばんわ、クゼ議員さん」
『私たちをご所望とは何か調べさせたいことでもあるのかい?』
「一つ、あります」
呼ぶにも相応の理由があったようだ。三人はそのまま議員専用のエレベーターに乗り込んだ。
このアズマミヤ都内でも屈指の権力者が使用するだけあって内装も豪華で、中には腰を下ろす椅子も常備されている。
「ユマ議員と会うまでに、少し事前の話をしておきましょう」
アズマミヤ都庁ビルの最上階に到着するまで十分。こんな隙間の時間にも仕事を挟むとか激務のほどがうかがい知れる。
ユイトとミラの二人は椅子に腰かけた。
「わかった。それで……『マスターズ』に何の仕事依頼なんだ? 以前、卒業式に出席してくれた時にもユマ議員が何か仕事を依頼従っていたと聞いたが。それ関係か?」
「ええ。……ただ、状況が早まったといいますかね」
ふぅー……とクゼ議員は息を吐いた後――全員の拡張現実に映像を表示する。
「これは……衛星軌道の物体の落下画像か」
『ふむ。それに二枚目の映像資料はこの落下物の様子を最大望遠で移したものだね。ただそれほど画質もよくないか』
そういう映像の画質が良くないものを、他の映像資料と合わせて合成し、復元する。そういうのがミラ=ランを名乗っていた頃からの彼女の生業であり、ミラ=ミカガミの二重人格のような状態になってもこういった映像の復元を良く引き受けていた。
『私を呼んだのはこれの復元かな?』
「頼めますか」
『もちろんだとも。えーと、ちょっと待ってくれたまえ』
ランはそのまま映像資料からカメラを動かして海面の映像をピックアップする。波間に浮かぶ影は飛行物体を違う角度から映し出していた。それを画像処理、補正にかけて映像を鮮明化させる。そして映像をより鮮明な3Dモデルへと補正させた。
漏斗状の物体は下部から推進炎を噴射して落下速度を大きく減速させようとしていた。
クゼ議員は言う。
「……この正体不明の
「生きている衛星がまだあった……それだけじゃないのか?」
「ええ。この投下物は壁の向こう側、フォーランドへと落下しました」
その言葉にユイトとミラの二人はしばし沈黙する。
「あ、あの。ボクの記憶だとフォーランドって誰も人間の住んでない場所だって聞いたけど」
「そこは今修正された映像を確認してくださればわかりますよ」
ユイトとミラの二人は眼前に表示される3Dモデルを回転させ、海面に移り込んでいた裏側へと視線を向けた。
そこに刻まれている型式番号は以前見たことがある。東侠連のマギー女史がいたアジトに飾られていた模型や、このアズマミヤ上空を飛翔した『スカイネスト』に刻まれていたものと同じ。
「RS-Ⅱで生産された証だよな……いやちょっと待て」
ここでユイトはとんでもない新事実を叩き込まれて顔を顰める。
人類の勢力範囲外、『フォーランド』。《破局》の時代にモンスターによって制圧されてしまったが、それ以前は当然のように人間の生活圏だった。
そしてRS-Ⅱは『西からの避難民を護衛する任務を帯びていた』。ならわざわざ支援物資を投下した理由は……避難民の末裔に対して自衛のための兵器を送ったということになる。
「……フォーランドには、《破局》の時から人間の生存者が生き残ってるってことか?」
クゼ議員はその言葉に深々と頷いてから……さらに新事実を伝える。
「ええ。そして。
各都市のトップ、ユイゼン前市長や各企業体の指導者層は、『壁』の向こう側に人間が生存していたと知っていながらそれを放置していたのです」
「それ知ってると殺される奴じゃないか?」
「今まではそうでしたね」
『壁』の向こう側に人間が生存していたと知っていても救いの手を差し伸べなかった。利益第一の企業らしいが、民衆に知られれば大幅なイメージダウンは避けられない。一個人がもし知っていたなら口封じに殺されることだってあるだろう。
さらりととんでもない情報を流されてユイトは顔をしかめ、ミラはぴえええぇぇぇ……と恐怖で青ざめて珍妙な悲鳴をあげている。だがユイトはクゼ議員の人となりを信用していた。
『壁』の向こう側に人類がいる。それを知らせても問題がないほどに事態は変わったということだろう。
エレベーターの音声ガイドが、そろそろ目的地である最上階への到着を告げた。
クゼ議員が先導しながら言う。
「細かなところはユマ議員が話してくださいます。
あなた方にとっては『シスターズ』との対立、戦闘が目下最大の関心ごとでしょうが……この依頼はあなた方の助けになるはずですよ」
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