第349話 なんだこの反応?!
話は数日前にまでさかのぼる。
『マスターズ』の状況はだいぶ好転をしていた。
以前から100名近くのヴァルキリーの娘らを訓練しており、ユイト達教官層はみんな超過勤務。立派なブラック企業真っ盛りだったが、マスターズに協力するアルイーお婆ちゃんがこの状況を改善してくれたのだ。
彼女は『わしわし、わしじゃよ』とかつてシスターズに在籍していた時に面倒を見ていた老齢の第二世代ヴァルキリーたちに声を掛けた。最初は詐欺を疑われたがそれはさておき。
そのお婆ちゃん軍団はカレンの師だったマギー教官と同年代。全員が生体強化学を知る一流どころばかり。
お婆ちゃん軍団がヴァルキリーの教官役として赴任してくれたおかげで『マスターズ』の教官たちはようやく超過勤務の状態から脱することができたのだ。
「それで、どうだった。イカルガ」
『平和なものだったわよぉ。お土産に羊肉買っておいたから持って帰るわね。
……墓を確認したわぁ』
携帯端末越しにイカルガと連絡を取る。
ユイトは今回、養父トバの遺体の確認という……あまり気の進まない仕事をイカルガに頼んだ。
これが単純に危険なだけのモンスターであるなら、ユーヒとマイゴという『マスターズ』第一期生に当たる二人に頼んでもよかった。
しかしあの養父の事だ。自分の死に対して疑念を抱いた誰かを罠に嵌める可能性もある。
こういう場合はモンスターを相手にする『ハンター』ではなく、対人戦の傭兵である
「結果は」
『頭蓋骨を切除された痕跡は無し。頭部はそのまま残ってるわよぉん?
爆弾や毒等のトラップもなかったわねぇ。……ただ』
「ただ?」
どこか言いにくそうに言葉に詰まるイカルガ。その反応にユイトも嫌な予感が湧き上がってくるのを感じる。
『……脳がね、まだ残ってる』
「……ん?」
『徹底してるわねぇ。脳髄が……最初から機械で出来てんの。電子脳よ』
ユイトはちょっと黙った。
「脳髄が?」
『ええ、そう。全身義体じゃないわよ。肉体は生身だけど脳髄だけが』
「……そう、脳髄が、ねぇ……」
『ちょっとユイトちゃん、あなた大丈夫?』
「いや。まぁ」
曲がりなりにも自分を育て、様々な機械工学に対する知識を伝授し。そして生体強化学を伝授した養父トバ。
その男の脳髄がそもそも機械で。
人間なのか機械なのかそういう境界線があいまいな妖怪が今まで十年以上を自分を育てたと言われて……なんと答えればいいかわからない。
そこで……同じく事情を知る人間として同席していたサモンジ博士が手を挙げる。
「すみません、イカルガさん。ちょっとその脳髄に有線していただけますかな?」
『……特に何もないと思うわねぇん。内部構造の電子部品が焼かれてるわ。何も吸い上げられて、情報も何も残ってなさそうよぉん』
「恐らくは、自己の唯一性を保つための自殺処理ですな。と、なると……生きている目算が高まったというべきか」
ユイトはびくり、と肩を震わせてサモンジ博士を見た。
博士は頷く。
「記憶や人格のデータを送信した可能性がありますぞ。
いやはや、相変わらず自己の同一性にこだわりませんなぁ、あの人は……」
あの運命の日に、風車村の付近を通りがかったカドケウス・ライフガード社のヘリ。
その中には通信用の器材やCPUもあっただろう。そこに自らの記憶、人格データを送信した可能性もあるとサモンジ博士は説明する。
「……ありがとう、イカルガ。もう十分だ」
『ええ。そいじゃ戻る時にユーヒちゃんとマイゴちゃん連れて帰還するわね』
ああ、と答えてユイトは通信を切る。
彼の言葉通り、ユーヒとマイゴの二人は現在マスターズを離れている。
『マスターズ』の最初期メンバーでもあるあの二人は、風車村へ赴くイカルガに相乗りし、カタクラ都へといったん里帰りだ。
そして……二人が戦場から拾い上げ、面倒を見ていたサザンカは同期の桜と共にマコ=ウララの下で仕事をしている。
自分たちに懐いていたサザンカは同期のヴァルキリーたちとの付き合いを増やすようになった。そのことをユーヒとマイゴはむしろ歓迎している。多くの人々と接し、世界が広がっていくことは素晴らしいからだ。
それに今はメールや電話で話そうと思えばいつでも話せる。心の距離が遠くなったなんて感じる暇もないのだ。
その日の仕事を終えて、ユイトとカレンの二人は一緒の部屋で肩を寄せ合いながら盃を交わしていた。
以前の『えっちではないおしおき』の一件から、プライベートの時に二人はスキンシップが多くなっている。
「あのクソ親父の事を考えるとどうも思考が陰気になりがちなんだよなぁ……。
明るくて楽しい話をしたいが……マコ=ウララとクゼ議員ってどこまで進んだんだろうな」
「どうかしらね」
どことなく顔に元気さのないカレン。
以前からはすっかりそういう色っぽい話はご無沙汰になっているが、これはもう仕方ないだろう。
古巣の『シスターズ』が外道に堕ちた事実。実の父親だと知らぬ間に始末したことへの後悔。様々なものが胸中を駆け巡っている。グラスをからころ揺らして中の氷が音を立てる様をじっと見ていた。
元気がないのは無理もなかった。
えーと話題だ。話題を変えよう。
「なぁカレン。そういえば、君は『シスターズ』を離れてから俺と出会うまでの間、どうしていたんだ?」
「借金抱えてひぃひぃいいながらかろうじて生きてたわ。
……気にしてないの。ほんとよ」
ユイトは「しまった藪蛇だった……」と痛恨の表情を見せたが、カレンは恋人の思いやりに小さく笑った。
「悪いことばかりじゃないわ。特に西のカサイ都の眺めは格別だった」
「カサイ……破局以前は大きな港町だったっていう都市か」
「ええ」
実際に見た訳ではないが、ユイトも知識としては知っている。
おおよそ百年前に港町として発展した大都市。
だが《破局》時にモンスターの侵攻を食い止める最前線となった。かつては川向うに大きな離島へとつながる巨大な大橋が立っていたが、被害を食い止めるために破壊されて今は残骸しか残っていないと聴く。
「あたしが受けた依頼は『壁』の警護だったわね。
壁の上を目指して這い上がってくるモンスターを始末する仕事だった。
何せ来る時間はまちまちで、数が多い時は寝てる時でも平気でたたき起こしてくる。きつい職場だったけど。
けれども……かつて人類の版図だった大きな離島に太陽が沈みゆくさまは、ほんとにきれいだったわね」
モンスターの襲来を防ぐための最前線である『壁』。
その向こう側、すでに人類の領土とはいえない、モンスターの巣窟と化した離島。
それが『フォーランド』だ。
『
「いつか見に行ってみたいな」
「一度見たら飽きるわよ」
「それでもさ」
ユイトはカレンと肩を寄せ合いながら、彼女の肩に手を伸ばす。
彼女の元気のなさが、心の問題ではなく肉体的な問題から発しているのではないか、と疑ったのだ。幸いユイトは生体強化学に通暁している。氣血を流し込んで体に活力を再度与えられれば、少しは好転するのでは、と考える。
だがカレンはムッとした顔。
「ユイト」
「うん」
「またエッチなことする気? このスケベ、あたしにメロメロなの?」
「それは前からだよ」
ふ、ふぅーん……そう。とまんざらでもなさそうな顔で頷くカレン。唇がほころんでいる。
ユイトはカレンの肩に触れ、経脈を確かめようとして……それに妙な変化があると気づいた。流れ自体は正常であるけれど、いつもの彼女に比べると……どこか違和感がある。
どういう事だ、と思ったユイトは言う。
「サン」
『はい』
「カレンの体内をナノマシンでモニターしているな。スキャンしろ」
『了解。……お。おお。
おおおおおおお。
おめでとうございます』
「なんだこの反応?!」
カレンの体内の走査自体は数秒で終わる。
だがサンの返答は予想外で……首を捻った二人に思わぬ朗報が舞い込んだ。
『ご懐妊です』
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