白黒つけましょう ~白石と黒田~

ヨドミ

短編

「クロ、本気か?」


 俺は思わず足を止め、教室の扉に張り付き耳をそばだてた。

「あ?」

「他人の趣味嗜好にケチつける訳じゃないけど、クロと白石って、やっぱないわ~」

「ありなしは関係ないだろ。要は俺が満足してりゃそれでいいの」

「うわ、自己中~。白石の気持ち考えろよ。オイタが過ぎるとフラレるぞ」

「うるせぇ。真剣に考え過ぎる方がイタイだろうが。勢いと遊びが大事なんだよ」


 はじめから予想していたことだ。

 ダメージは軽い。けど。

 傷つかないわけじゃない。


 俺は笑い声を背に、覚束ない足取りで昇降口に向かう。

 黒田、やっぱり俺のこと遊びだったんだな。

 物珍しかったんだろう。

 そりゃそうか、黒田には綺麗な可愛い女の子がお似合いだ。

 本命にあえて男は選ばないよな。


 軽やかな電子音に辺りを見回すと、見慣れた街路樹には電飾が施され、街はクリスマス前の浮ついた雰囲気に染まっていた。吐き出した息は白いまま暮れなずむ茜色にふわりと溶けていく。

 俺もこんな風に飛んでいけたらな。

 益体もない事を考えていると背後から衝撃が走り、

「ボーッと突っ立ってんじゃねえ」

「す、すみません」

 サラリーマンが肩からぶつかり、舌打ちを残していく。

 いや、舌打ちするほどのことか。


 しかし腹をたてる気力も起こらず、俺は歩道橋の階段を惰性で上った。

 歩道橋のなかばから見下ろす車のヘッドライトは、電飾に負けず劣らず街中を彩っている。

 ここなら人通りも少ないし、誰にも迷惑にならないだろう。手すりに腕を預けぼんやりしていたのだが、

「は、早まるな!」

いきなり背後から抱きつかれ、心臓が悲鳴をあげた。


「ひっ」

ち、痴漢か。よりにもよって、冴えない男子高校生を狙わなくてもいいだろ。

「自殺はよくない。落ち着け」

この状況で落ち着いていられるか。俺は背後の変質者に向けて肘鉄を繰り出した。

 相手を怯ませられれば上出来だったのだが、うまくヒットしたようで、くぐもった呻き声とともに俺は解放された。その隙に逃げようとするも、

「ま、待ってくれ」

腹を押さえながら俺の腕を掴むのは二十代後半くらいの男だった。金髪に細身のスーツ。夜のお仕事感満載の出で立ちに、俺の恐怖心は膨らむばかりだ。


「なんですか」

「他の場所で死ぬつもりだろうが。周りのことも考えろ!」

「俺、死ぬ気ないですよ」口調も荒く必死に言い募る男に、俺ははっきり告げた。

「・・・そうなのか」

「夕陽を眺めてただけです」


 俺の答えに男は気まずそうに俯くと、その場にへたりこんでしまった。腕を捕まれたままの俺も引きずられて座り込む。

「あの、腕、離してください」

声をかけると、しぶしぶ手を離してくれた。

「俺、そんなに思い詰めた顔してました?」

赤の他人を心配するなんて、見かけは派手だけどいい人なんだな。いや、こういう新手の詐欺だろうか。


「いや、知り合いに似ててな。そいつ思い出しちまって」恥ずかしそうに男は苦笑する。笑うと切れ長の目元が細くなり、俺は目頭が熱くなってきた。

「どうした?どっか痛むのか」

男が俺の顔を覗き込んでくる。首を横に振ると、じゃあついてこいと強引に立たされた。


「え」

「脅かした詫びに飯奢ってやる」

「いや、いいです。俺もエルボーくらわせちゃったし」

「結構効いたぞ。貧相なくせに力あんだな。よし、飯に付き合ってくれたらお互い水に流そうぜ。な?」


 有無を言わせず肩を組まれる。強引さに抵抗するのも面倒になり、俺はなるようになれと男とともに歩きだした。


「すまん」

「俺はこっちのほうが安心できます」

「なんで」

「正直、変な店に連れ込まれたらどうしようかと思ってました」


 俺、信用なさすぎじゃねと顔をしかめる男へ、俺は曖昧に笑い返す。

 ネオン瞬くビルに囲まれた広場の一角。たむろする男女に混じって俺はベンチに腰掛け、缶コーヒーで暖をとっていた。

 繁華街に繰り出し威勢よく男は財布をとりだした。しかし中身は寂しかったようで、自販機で買った飲み物を申し訳なさそうに俺に差し出した。

 時刻は午後九時を過ぎた頃で、そういえば予備校さぼってしまったなと今更ながら思い出す。そして、スマホが時折振動していた。どうせ親からだ、今日ぐらいはささやかな反抗を許してほしい。


「若いくせに覇気がないな、もっと元気出せよ少年」力加減無用で背中を叩かれ、俺は噎せる。

「あんたも十分若いでしょ」

「三十路差し掛かってきたら違うぞ。オールしても次の日疲れが残る」

 時間よ巻き戻ってくれと冗談めかし、男は缶ビールをあおった。

「……で、何があったんだ」

「人生相談でもするつもりですか」

「なんにも知らん他人のほうが話せることもあるだろ。吐き出したほうが楽になるぞ」あんたは知り合いに似ているんだと俺は言えず、

「付き合ってる人にフラれただけです」

やけくそ気味にコーヒーをあおると、口のなかが一気に苦くなった。

「だけって。高校生にしたら大問題じゃん。相手可愛いの?喧嘩の原因なになに?」興味本位な男に俺はげんなりした。


「相手は男です」


ほら引いただろと男を睨むも、先を促すように頷いているだけだ。

 俺はその様子に唖然としたのも一瞬で。

 後腐れのない相手に気が緩んでしまったのか、ぽつりぽつりと言葉を発していた。


 ーー俺たち付き合おっか?

 放課後、誰もいない教室。

 彼は天気の話をする調子で俺に告げた。


「……ドッキリ?」

「白石驚かして誰が楽しいの?あ、俺か。じゃなくて本気でーす。あ、信じてねぇな」

 こほんと咳払いし「白石の好きなとこ宣言しまーす」と指折りし始めた。

「笑うと可愛い、意外と抜けてるのに隠そうとする。で、そうやって押し付けられた仕事、真面目にこなそうとするところと……」

「馬鹿にしてんのか」

箒を握りしめる手に力が籠る。


 ーー白石、今日、俺バイトなんだ、掃除当番代わって。


 クラスメイトの懇願に負けた人間に言うことか。

 黒田、お前も当番なんだから口より手を動かせ。小心者の俺は心のなかだけで毒づき、目の前の男、黒田を疑惑の眼差しで見つめる。


 スクールカースト上位の派手なグループに属する彼が、下層に位置する俺に何の用があるのか。いつも女子に囲まれている、顔面偏差値の高い男。


「逆。めっちゃ尊敬してる。俺だったら自分でやれよってぶん殴っちゃいそう」

「揉めるのが嫌なだけだ」

箒を動かし黙々と作業を続ける。笑顔で暴力発言するこの男は気性が荒いともっぱらの噂だ。機嫌の良い今この時に無視するのが賢い選択。そのうち飽きるだろう。


「で、返事は」


かがみこむ黒田にげんなりしていると、

「だって白石俺のこと好きでしょう」

爆弾を投げつけられた。

「違ってた?」

計算したように首を傾げる黒田に固まるしかない俺。


 バレた。バレてた。何で。


「だっていっつも俺のことガン見してるじゃん」

面白がるように黒田は言い募る。いつの間にか窓際に追い詰められ、頭ひとつ分上から見下ろされていた。蛇に睨まれた蛙、ならぬ、


黒田にロックオンされた俺。


「で返事は」オモチャは逃がさないと言わんばかりの黒田に俺は、

「……気持ち悪くないのか」

「それが不思議で白石ならありかもって思ってる自分が怖い」

顎に指を添え俺って守備範囲広いみたいと真面目に答える。拒絶されなかった安堵感からか思わず吹き出した俺に、まあ気軽にいこうぜと黒田は口許を緩めた。


「相手のほうが白石君にぞっこんじゃないのか?」

二本目の缶ビールを開ける男に、

「そうですかね……」

自分に好意を持つ相手に興味を示しただけだと俺は常に思っている。


 美味しそうだから食べてみる。

 不味ければ吐き出せばいい。

 そんな感じ。


「浮気でもされたのか」

「女子の取り巻きがいるので何をもって浮気かは判断できません」

「おいおい糞じゃねえか、そいつ」

「でも俺を優先してくれるから、気にしてませんでした」

何故俺は黒田を庇っているのだろう。

 そしてなぜ嘘をついているのか。俺は黒田に惹かれれば惹かれるほど苦しかったのだ。

 付き合い初めてからも彼と俺の距離感が目に見えて変わった訳ではない。相変わらず黒田には男女関係なく取り巻きが多く、二人きりで過ごす時間はほぼ皆無。


しかし、俺を構うようにはなっていた。昼休みは彼のグループと食事を摂ることになり、放課後も同様にカラオケやなんだと強制参加させられた。


 黒田は周囲を気にすることなく俺とつるんでいたが、比例して俺に対する嫌がらせは増していった。

 教室用のスリッパがずぶ濡れになっていたり、机が教室の端に追いやられていたり。

 エトセトラ、エトセトラ。

 小学生かよと思うものの、これが結構精神的にやられる。

 加えて女子の集団には廊下ですれ違い様、黒田くんに付きまとわないでと忠告を受け、男子からは調子にのるなと校舎裏で脅された。そんな俺のとばっちりを避けてか、何となく行動を共にしていたクラスメイトたちは俺から距離を置くようになった。


 黒田と俺が付き合っていることを知る彼の友人たちには同情される始末。

「あいつと付き合う女、皆まわりの嫌がらせに耐えられなくなって離れてくんだ。いや~、街灯に群がる蛾の群れってこえーよな」


まあ気にするなと慰められたが憂鬱さは消えてくれない。

 そのうち俺への仕打ちに気づいた黒田が手を回したようで直接的な嫌がらせは減ったが、心ない悪口はたまに耳に入ってくる。何かあったら言えよと俺の味方であってくれる彼に感謝した。

しかし、


「……教室で、俺のこと遊びだって、今日聞いて」

膝に水滴がぽとりと落ち、雨かなと空を見上げるも真っ暗な夜空には雲ひとつない。


「聞き間違いじゃないのか?」

「自分の名前、聞き違えるはずないじゃないですか」


泣くほどショックだったのかよと自分を嘲笑った。全然覚悟なんてできてなかった。

「……予感はあったんです。前まで人目気にせず抱きついてきてたのに、話しかけてこなくなって。俺から近づいたら居心地悪そうに顔逸らすし、何だかよそよそしいんです」

スマホで連絡は取り合っているが、面と向かって会話をする頻度は減っている。


 飽きられてしまったのかと思い当たる節は多々ある。俺は面白いことが言える訳でも、魅了するほど容姿が整っているわけでもない。

それに、

「女の子みたいに身体で満足させる自信ないから……っ」


俺の精一杯の苦悩に男はビールを吹き出した。

「笑うなよ」

涙でぐちゃぐちゃの顔は火照り、出したことのない大声に振り返る人もいたが、見たけりゃ見ればいい。

「いや、彼氏のこと大好きなんだなと思ってな」目元を和らげ男は優しく微笑む。

「好き、だけど苦しいです」

傍に居たいけど苦しい。いっそ離れてしまえれば心穏やかに過ごせるのにと何度思ったことか。


 結局彼との関係は一年近く続いているが、潮時だと思う。受験も控えており、こんなことで体力を使っている場合ではないと理性ではわかっている、けれど。


「なら自分の気持ちをびしっと伝えてすっきり別れちまえ。で俺とつきあってみねぇ?」

「……あんた最低だな」

俺の恥ずかしい告白を聞いていうことがそれか。

 鼻をすする俺に、

「冗談だと思ってる?俺、割と本気なんだけど」

いい大人が何言ってるんだ。

 振り返ると言葉通り、真剣な表情の男と視線が絡まる。

 その気迫に怯んでいる間にも、「返事は?」と促されるが俺は困惑するばかりだ。視線をさ迷わせ、ふと男の手首に嵌められた腕時計に意識を奪われる。高級感溢れるスーツとはちぐはぐな印象の腕時計。


「あんた……」


俺は改めて男の顔を観察する。やっぱり似てる。今更ながら男の名を聞いていないことに気づき、問いかけようとしたその時。


「白石!」

辺りに響き渡る声量に俺はその方向へ首を回らした。

 広場の入り口から鬼の形相をした黒田が迫ってくる。この寒空のもと、額に汗が浮いていた。


「お前、黙って帰んなよ」

「あ、え、ごめん」

「あとスマホ見ろ。何回鳴らしたと思ってんだ」


俺はコートのポケットからスマホを取り出す。スマホのホーム画面には黒田からの着信が数十件表示されていた。

 うわ。親からの着信じゃなかったのか。

「で、こっちのおっさんは何なの」

不機嫌そうな黒田に、

「あー、えー、と」俺も知らないんだとは言えず、まごついてしまった。

「知らねぇ奴についていくなよ、小学生でももっと警戒するぞ」


 頭ごなしに言い募る黒田に怒りが湧いてくる。誰にでも飄々としている癖に、付き合い始めた頃から俺に対しては口うるさくなった。

 彼の友人からは愛されてるねと言われ当時は嬉しくもあったが、これは所有物が意に沿わないことをしたから苛立っているだけだろう。


 やっぱり男の言う通り、俺自身のためにも別れたほうがいいんだろうな。


「白石クンが俺といるのは君のせいだからね」俺が俯いていると、隣に座る男は面白そうに黒田を見上げていた。


「はぁ?」

「君にフラれて落ち込んでるところを俺が慰めてたってこと」

「なんだそれ」


俺じゃなくて白石クンに聞きなと促す男に釣られ、黒田は俺を睨む。


「白石」

「……教室で友達にしゃべってただろ。俺のこと本気じゃないって」

思い出したら惨めになってくる。腕組みし考え込む黒田をうかがっていると、


「そんな事言ったっけ」


あっけらかんと告げられる。忘れるほどすでにどうでもいい存在になってたのか、俺。

「え、白石、おい」思わずしゃがみこんでしまった俺に、あわてふためく黒田の声が頭上から響いた。


「……俺、黒田といると疲れる」


肩を揺する黒田の手がぴたりと止まる。一度溢れた気持ちを押さえられない俺はこぼれるまま言葉を吐き出した。


「傍にいると楽しいけど苦しいんだ。いつ飽きられるかって気を使って疲れるんだ」

「白石」

「今日もいつかこんな日がくるんだって覚悟してたけど、自覚してる以上の衝撃だった。 でも黒田に見限られて安堵してる自分もいるんだ」

「白石」

「だから、俺と別れ」最後まで言い終わらないうちに黒田は腕を引き、俺は瞬間、


 ーー殴られる!


 と瞼を閉じるも予想していた衝撃はない。

 恐る恐る目を開いた。

 すると俺の眼前で黒田が拳を翳していた。


「手、出せ」

「え」

「早く」


急かされ両掌を広げると、黒田の拳からころんと小さな箱が落とされた。

 ビロード張りの小さな宝石箱、と言えばいいのだろうか。


「開けろ」


 ぶっきらぼうに告げる黒田に納得がいかないものの、常にない真剣さに気圧された。

 パカリと勢い良くバネがはじけた先には、お行儀よく黒くて丸い物が鎮座していた。


「……指輪?」


 黒田は箱から指輪を取り出すと、俺の手を握り指輪を嵌めた。俺は自分の左手薬指を呆然と眺める。

「落ち着いたか」

 いや、逆にこの状況を説明してくれ。尻餅をつき混乱する俺に、

「俺は別れる気はない」と真剣に告げる。ヤンキー座りが様になってるなと、どうでもいいことが俺の頭を駆け抜けた。一度現実逃避しなければ黒田の言葉を理解できそうになかったのだ。


「なんで」

「白石のことが大好きだからです」

「でも本気じゃないって」

髪をがしがしかき回しながら、あーあれなと黒田は気まずそうに視線を逸らす。

「あれ、お前の誕プレの話だから」それと黒光りする指輪を指し示す。


 誕プレ。誕生日プレゼント。


そっか俺の誕生日、クリスマスイブと同じ日だったな。脳内変換に時間を要した俺を待って黒田は続ける。

「大橋たちに相談してたんだよ。俺が気に入ったデザイン見せたら、お前には似合わねぇって言い出すからめっちゃ焦った」もう買っちまったのになと肩を落とす黒田。俺はそのときの会話を巻き戻す。


 ーークロ、本気か?

 ーーあ?

 ーークロと白石って、ないわ~。


 あれは色の話をしていたのか。

 石畳に両手をつけ項垂れる俺に「なあ」と黒田は声をかけてくる。冷静になると恥ずかしいのは俺の方だ。一人でテンパって言わなくていいこと吠えまくって。絶対黒田、引いてるよ。今度こそ愛想尽かされる。


「なあって」


ぐいっと顔を両手で上向かされた俺は強制的に黒田と対面することになる。黒田は怒っているような笑っているような何とも言えない不思議な表情をしていた。


「ごめんな……」

一瞬何を言われたのかわからずぽかんと口を開けていると、


「白石、クールだからさ、俺のこと本気なんかなって疑ってたんだ。言ってくれて嬉しい。わざと女子と仲良くしてたのに平気そうでさ。マジで不安だったんだぜ、俺」

「なっ」

「見かけによらず俺、付き合ってる子には紳士なんだぜ」


へらりと笑う男に溜めに溜めた怒りが爆発した。

「紳士は思わせ振りなこと、しねえよ!」黒田の脳天に本気のチョップを食らわす。一日で感情のストッパーが外れたようで、心地よい疲労感に俺は高揚していた。


「いってぇ」

俺の力を見くびっていたのか思わぬ反撃に黒田は頭を抱えた。

「白石クン、結構力強いよな」俺は最後まで知らなかったと男はぼそりと呟く。

 彼の言葉が引っ掛かるものの、先に目の前の気がかりを片付けよう。


「もしかして最近、シカトしてたのも俺の気を引こうとしてたのか」であればもう一発殴らなければ気が済まない。

「あ、あれは」俺の無言の圧力に黒田は観念した様子で正座する。

「……最近、白石が可愛すぎてどう接したらいいか戸惑ってましたっ」一息に告げる黒田に反応できない俺。その様子に焦ったのか黒田は慌てて取り繕う。


「白石の上目遣いが、なんか小動物みたいで可愛くて、直視してたら空き教室に連れ込みそうになるから逃げてました」

掌で顔面隠してるお前の方が可愛いぞ、黒田。

「じゃあそう言ってくれ」

「余裕ない男はカッコ良くねえだろ。こんな女々しい姿見せれるか」どうせお前も見た目と中身が違うとか言うんだろと黒田はいじけだした。


 すっきりした目元と鼻筋で黒田は容姿端麗を絵に描いたような男だ。イケメンにも悩みはあるんだなと俺は理解できないが同情した。


「そこ笑うとこじゃねぇぞ」

「人生楽勝みたいな黒田より、俺のことでぐるぐる悩んでる黒田のほうが好きだな」

「やっぱり白石は変わってるな」

「俺のこと可愛いとかいう黒田も充分変だから」


一年も隣にいてお互いまったく分かろうとしていなかった。ボタンの掛け違いっていうのかな、こういうの。


「あの、ありがとうごさいます」俺たちのやり取りを眺めていた男に礼をいう。

「俺、なんにもしてないよ」ひらひらと手を振る男の笑った表情。

 やっぱり黒田に似てる。表情の作り方がそっくりなのだ。

「お兄さん、黒田の親戚の方ですか」黒田に面識はなくてもその可能性が一番高いと思い聞いたのだが、

「うーん、そんなとこかな」と曖昧な反応だ。


「白石、何言ってんだ。俺にこんな胡散臭い親戚いねぇぞ」

「でも物凄く似てると思うんだけどな」そうかぁと首を傾げる黒田に、まあ似てる人は世の中に三人いるって言うじゃんと男は陽気に答える。


 さてと男は立ち上がり、

「シンデレラの魔法も解ける十二時だ。補導される前に帰りな少年たち」と男は俺の手に万礼を一枚握らせた。あれ、お金持ってるじゃんと突っ込む前に、俺は彼の手首に釘付けになった。


 ベルトの色が黒いデジタル・ウォッチ。既製品だがパーツをカスタマイズできるうえに安価なため、俺たち高校生の間で今年流行っている。それ以外は何の変哲もない腕時計なのだが。


「お兄さん、それどこで買ったんですか」

「ああ、貰いものだからわかんないな」

そっと液晶を撫でる手つきは優しい。それは一週間前に発売した限定色で、俺は黒田へのクリスマスプレゼントとして購入し、自室に仕舞い混んでいる。

 けれど男の手首に嵌められた腕時計は古ぼけており液晶部分は曇っていた。

「あの、お名前聞いてもいいですか」俺の問いに困ったように男は笑う。


「もしかして」

そんなことがあるのだろうか。

「……それは稔の心のなかだけに止めておいて」

みのる。


俺は彼に下の名を教えていない。


「なんで」

「聞きたいのはこっちなんだけど、君に逢えたからなんでもいいや」


 俺の手から一万円札を抜きとり、早々とタクシーを捕まえた黒田に呼ばれるも足が動かない。


「【黒田】なのか」

「……まあそうだね」

観念したのか彼は頷く。スーツ姿の黒田に見惚れていると、

「高校生の俺より好み?」と首を傾げてくる。思考を読まれ俺は顔をしかめた。


「白石!」

再び高校生黒田が呼び掛けてくる。

「早く行きな。昔の俺、あんまり気長くないから」

苦笑する彼は先程の明るい雰囲気とは打って変わって疲労感を滲ませていた。

 彼を放っておいていいのだろうか。

 後ろ髪を引かれる思いで俺は急いで問いかけた。


「【黒田】は幸せか」

「……俺は君に逢えて幸せだったよ」だから俺に言いたいことはきちんと伝え続けてくれと彼は言葉を繋いだ。


 口を開こうとしたが腕を掴まれる。振り返ると黒田がそいつに構うなと不機嫌そうに俺を引き摺っていく。


「なんでキレてんの」

「キレてませんけど。白石が遅いのが悪い」


格好悪くてもいいと俺が言ったせいかどうかはわからないが、黒田は素直にマイナスの感情も表すようにしたようだ。


 背後を振り返るとスーツ姿の【黒田】はいつの間にか消え、存在していた形跡すら感じられなかった。


 彼は過去形で幸せだったと語った。

【黒田】の隣に俺は居ないのだろうか。

 もしくは居られない事情があるのかもしれない。

 俺が自殺すると勘違いしていたから、もしかしたらすれ違ったまま別れてしまったのかもしれない。

 しかし未来からきた【黒田】は過去の俺すら慈しんでくれた。


 どんだけ俺のこと好きなんだよ、お前。


 俺がにやけていたら何がおかしいんだと黒田が聞いてくる。黒田が優しいから嬉しいんだと告げるとツンがデレたと謎の言葉を黒田は呟く。


「黒田」

「ん」

「俺、言葉足らずだけど頑張るな」

「言葉じゃなくても態度で示してくれていいんだぜ」


顔を近づけてくる彼に軽くキスしてやった。

「間抜け面」

俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような黒田を追い越し、早くしてくれと言わんばかりの仏頂面なタクシー運転手に謝り、いそいそと乗り込む。

「覚えとけよ」

座席に乗り込む黒田に肩を小突かれつつ、俺たちは真夜中の街を後にした。

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