第51話 地下牢の幼い皇帝

寝台の下には、一人がやっと入れそうな通路が口を開けていた。瑠璃光は、紫鳳達に、目で合図をすると、先頭になって入っていった。

「お前も、ついてくるがいい」

紗々姫も、風蘭の片腕を引っ張ると、瑠璃光に続き中に降りていった。細く暗い階段が、下へと続いており、闇に目が慣れてきた時、シュボッと音がして、温かい蝋燭の火が灯っていった。青嵐だった。通路のあちこちに立つ、燭台に乗った古い蝋燭に灯りを灯していく。

「こんな皇宮の地下に、通路があったんだ・・・」

青嵐は、感嘆の声を上げた。

「政変の時とかに、合わせて、作ってあるらしい」

紫鳳は、瑠璃光が倒れないように気遣いながら、う住んでいく。地下へと続く階段を降りると、細い通路が地の底に横たわっていく。その先に、ようやく、部屋らしき空間に辿り着いた。

「うっ!」

誰もが、その澱んだ空気に、言葉を失った。長い間、閉ざされた空間からは、カビや埃以外の、廃れた血液の匂いがした。

「これは・・・逃げ道なんかじゃない」

紫鳳が、哀しい目で、瑠璃光の横顔を見上げた。瑠璃光は、軽く唇に指先を当てると、天井の燭台に灯りを灯す。闇に隠れた部屋の全容が浮かび上がる。

「拷問部屋?」

青嵐が、瑠璃光を見上げる。瑠璃光は、黙って辺りを見回した。壁には、幾つもの刃物がぶら下がり、一面だけは、天井から、鎖が下がっていた。部屋のあちこちには、小さな檻や、テーブル。寝台がある。

「私のいた部屋だ」

「え?」

立場を忘れて紗々姫と風蘭は、声を上げた。

「皇子は、寒宮で生活されていたと聞いたけど、それでは?」

「そうではない」

テーブルの上には、小さな小物入れがあり、瑠璃光が中を開けると、いくつかの腕輪が出てきたが、どれも、溢れそうな物だった。

「母との間に生まれた私を父は、誰の目にも触れさせなかった。」

思い出すかのように遠い目をする。

「どうして?賢くて、美しく、母親にそっくりで、父君が、とても、かわいがっていたと」

風蘭は、否定した。

「それは、成長してからだな。元々、母は、人ではなく、間に生まれた私も、人とは異なっていた。力もまだ、制御できず、人を傷つけていた」

瑠璃光が語り始めると、まるで、映像を見ているかのように、目の前に瑠璃光の母親が現れた。龍神の娘だという瑠璃光の母親は、姿は、瑠璃光と生写しで、美しく皇帝の寵愛を受けていた。だが、生まれた瑠璃光は、人とは、異なった。姿だけではなく、未熟な半妖は、日々、成長するに従って、無意識に人を傷つけていく。皇帝は、ある一定のコントロールできる術を身につける為、宮廷の奥に隔離した。そんな時に事故が起きた。

「覚えてはいない・・・」

瑠璃光は、苦しそうに呟く。

事故で、母親を亡くしてしまった。詳細を幼い瑠璃光は、覚えていないが、その力を恐れた皇帝は、瑠璃光を地下に隔離した。罪の意識と悲しさのあまり、皇帝は、死去し、次の皇帝は、弟君に決まったが、不幸は、続き、皇帝の座に座る者は、皆、短命であった。

「父が亡くなった時も、私は、この中にいた」

地下牢にいる皇帝の血を引く半妖の瑠璃光を救ったのは、星暦寮の主人だった。細かく言えば、その妻の薫衣だったかもしれない。瑠璃光を我が子の様に可愛がってくれた。あの悲劇の時が訪れるまで。

「二度、皇宮から追い出されたって事か」

紫鳳の言葉は、寂しい。

「君が、皇帝の座に着くのを邪魔されないように、瑠璃光が殺した様に見せかけた」

風蘭は、はっと顔をあげた。

「皇帝の座に着くものは、呪われる。だけど、無縁の物は、座につけない。だから、成徳は、先帝の血筋を探し出して、座に着かせた。女性であれば、呪われないからな」

紫鳳は、瑠璃光の伝えたいことを代わりに伝えた。紫鳳は、瑠璃光の顔を見て、微笑み、瑠璃光は、紫鳳の顔を見て笑った。

「ここは、私を閉じ込めるだけの部屋ではなかったんだ」

一つの檻を壁側に、押すと、壁は、反対側に回転した。

「逃げる事はできた。が、逃げたくはなかった」

瑠璃光が、そこを通るように、皆を促すとすぐ、柔らかい日の光が、皆を迎えていた。

「まさか・・・また、ここに戻ってくるとはね」

瑠璃光達が姿を現したのは、皇宮の奥にある荘園の中だった。

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