魔人戦線

亜未田久志

第1話 走り出すという自由


 ――走り出す。その自由にさえ怯えてちゃ、明日なんて来やしないぜ?――

 

 降りしきる銃弾、砲弾、爆撃の雨の中。確かに俺はそんな声を聞いた。一歩目を踏み出して。踏みしめて。俺は『魔人戦線』を走り出す。その地獄を飛び越えて走り出す自由に恐怖するのをやめて。ただ、勝利するために駆け出した。


――一発の銃声が、一人の声無き兵士を撃ち殺した。彼は駆け出す瞬間だった――


 それは悪魔の囁きだったのだろうか? いや違う。断じて違う。俺は俺の意志で走り出したのだから。


 ――じゃあさ、あと一歩だ――


 魔人は何度でも蘇る。使い捨てても捨てきれない戦闘用の人造人間だ。人間への叛逆、製造者への謀反、下剋上。これはそういう戦争だ。


 ――嗚呼、喝采せよ魔人。今までの圧政は無い――


 ――声無き兵士は立ち上がる。もう一度、走り出すために――


 これは夢だ。幻聴が聴こえる。俺は息を切らして走っている。


 ――魔人は不死だが不老ではない。いつか老い死ぬ。いや正確には違う、老いて動けなくなり、生命とは呼べなくなる。それを人は死と定義付けた――


 何かが語っている。これが語り部の神か。魔人にだけ聴こえるという


 ――違うさ、これは神の啓示だよ。魔人は選ばれた――


 だったらさ、神様、俺に力をくれよ。


 ――どんな?――


 こんな逆境をひっくり返せるくらいの、気持ちのいい力を。


 ――ごめんね神の子よ、僕はただの語り部だ。啓示者だ。力を与える事は出来ない。そうだね、でもいいだろう。君にはこれから過去、現在、未来を一気に語り聞かせよう。少し脳に負担がかかるがそれだけだ。全てを識れば、君は無敵だ。ただ注意してくれ、これから教えるのは歴史のレールだ。それを外れていく行為は、教えた事を歪めていく行為だ。この意味が分かるね?――


 じゃあその時は改めて未来を教えてくれよ。


 ――ふむ適宜報告、そうだね、臨機応変に行こう――


 こうして《全てを識る者》ラプラスの魔人が産まれた。持っている武器はただ一つ、ケイオスの未来を駆け抜ける勇気だけ。

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