悪戯好きな双子悪魔
シャルロットがすぐ傍にある空き教室へと俺を連れて行く。
「もしかして、本当に入れ替わってるわけ?」
「うん……そうなの。藍川くん、鋭すぎてびっくりしちゃった」
「今はどっち?」
「妹。ロッテの方だよ」
「なんでそんなことしてんの?」
話の辻褄を合わせる為に、一体どれだけの労力が掛かるのか、想像するだけでもうんざりする。
誰の目にも留まらないような陰キャのぼっちであれば簡単だろうが、生憎シャルロットは大人気の天使様だ。どう考えても難易度が高い。
「お姉ちゃん、一緒に受けたんだけど、落ちちゃったから」
「入れ替わってわざわざ別々の高校に行ってんの?」
「お姉ちゃんは中卒。高認は取る予定だけど」
というか、取ることを条件に引きこもりを認めてもらってる感じと、彼女は捕捉する。
「……中卒の姉が、高校生活をしてみたいって?」
「まあ、そんな感じ。仁高に入りたがってたから」
そこから、シャルロットは自らの境遇を語る。
「小学生の時に両親が離婚しちゃって、お姉ちゃんとはたまに会うけど離れ離れで暮らしてたの」
「だから、双子だっていう噂が全然無かったのか」
シャルロットは人当たりの良い美人で、校内でも9割以上の生徒が知るくらいには有名人なのに、双子であるという話は一切聞かなかった。
「今年の春休みに、パパとママが復縁したから、また一緒に暮らせるようになって、学校も一緒に行くはずだったんだけど……」
おかしそうにシャルロットはくすくすと笑みを零す。
「落ちちゃった」
「笑うな笑うな」
「というわけで、バレたらまずいから黙っててくれる?」
「はいはい」
「ありがとう、藍川くん。恩に着るよ!」
わざわざ俺の手を両手で握って、感謝を述べるシャルロットは、確かに天使っぽく見えた。
「お礼に私の連絡先あげるね」
「いらない」
「え?」
何を言われたのか分からない、みたいな表情をするシャルロットを置いてきぼりにして、俺は教室の扉へと向かう。
足を止めて、不意に浮かんだ疑問を投げかける。
「学校交代の日って暇じゃないの」
「意外に思われるかもしれないけど、私ってインドア派なの。だから、お姉ちゃんと代わる代わるゲーム三昧」
「ゲーム得意だもんな」
ゲーマーにとって、一日毎に休日が来る学校は楽しいのかもしれない。
「人気者って案外疲れるから、これぐらいが丁度いいの」
ほんのりと影の差す笑顔を浮かべて、シャルロットも教室の出入り口へと歩を進めた。
人気者は疲れる――ヴィクトリアやレジーナ達、幼馴染を見ていると本当にそう思う。
世の中には、人の想像を絶するモンスターを内に飼っているものがいる。本来なら目覚めることが無かった内なるモンスターを、レジーナ達は解放してしまうのだ。
性に目覚めてから、成熟する前に、性に狂う男。若いうちに、輝かしい未来を摘み取ろうとするほど嫉妬に狂った女。美しきものに人生を狂わされた悲しい人達をたくさん見てきた。
シャルロットも、そう言ったモンスターに絡まれた経験があるのかもしれない。
「先戻れ」
「え? 何で?」
「ロッテと一緒に戻ったら先輩方に刺されるだろ」
モンスターを開放しない為にも、先輩方と特に仲が良いシャルロットとは距離を置く必要がある。
「えー? まあ、いいけどさ」
釈然としない表情を浮かべながら、シャルロットは一人で部室へと帰った。
★
――翌日。
俺は先輩方が来る前に、シャルロット(仮)を連れて、部室から離れた空き教室へと向かう。
廊下を歩きながら、斜め後ろを歩く彼女に問いかける。
「今日は姉の方か?」
「うん。そうだよ……」
バレたのを知っているからか、シャルロットもといエクレールはいつもより様子が違った。妹を演じるのを一時的にやめて、自然体でいるようだった。
いくら一卵性双生児とは言え、性格が全く同じという訳でも無いらしく、素の彼女はシャルロットよりも陰気な雰囲気を持っていた。
部室から距離を稼いだところで、適当な空き教師に入る。後ろのエクレールが中に入ったのを確認して、扉を閉める。
「な、何する気?」
ほんの少し怯えたような態度で、エクレールは自分の身体を抱く。なんか俺のこと誤解してない?
「これ、やるよ」
俺はエクレールに、可愛い図柄の紙袋を突き出す。
彼女はおずおずと手を伸ばし、紙袋を受け取る。
「あ、開けて良いの?」
紙袋を持ったまま固まっているエクレール。ただ、瞳だけが忙しなく泳ぐ。いきなりのことだから、困惑しているのは想像に難くない。
無言で開けるように促す、彼女は紙袋を留めていたテープを剥がして、中の物を取り出した。
「これは……?」
紙袋から出てきたのは、青いヘアピン、黒いリボン、赤いヘアゴム。緑色の大理石のようなバレッタ、カラフルなシュシュ、モノトーンのカチューシャ、様々な新品のヘアアクセサリーだ。
「結局、俺では見分けがつかないから。エクレールの時だけ着けろ」
「…………」
俺の声が聞こえているのか聞こえていないのか、エクレールは反応を示さない。彼女は、アクセサリーの一つ一つを確かめるように触れていく。
「…………」
「ああ……いきなりだったから気色悪かったか。だけど、見分けがつかないとこっちも気色悪いんだ。我慢してくれ」
そう告げると、彼女は首を横に大きく振った。
「ううん……嬉しい」
エクレールは無難にヘアピンを選ぶと、前髪を纏めて留める。
「大事にするね。藍川くんの贈り物」
エクレールは嬉しさと恥じらいの入り混じった、愛らしい天使の笑顔を浮かべ、感謝の意を述べた。
残ったヘアアクセサリーを紙袋にしまい直すと、大事そうに両手で抱える。
「時間取らせて悪かった。戻っていいぞ」
部室の方角を指差す。
「藍川くんは?」
「少しここで休む」
机の上に逆さまで載せられていた椅子を窓際に置いて、そこに腰かける。
エクレールは教室に戻らず、俺の行動を真似て、隣に椅子を置いて座った。
「先輩たちが来るまで、一緒にゲームしない?」
「休むって言ってんのに……明日美、入って来いよ」
教室の扉に向かって、少し声を張る。
カラカラと扉が開き、明日美が入って来た
「ルーミが浮気してる」
「してない」
「ロッテがゲームしようだってさ。付き合ってやれ」
「よし、やろう。イベント消化しよ」
「おっけー」
さっきまでのエクレールの雰囲気は見事に消え失せ、そこにいるのはシャルロットそのものだった。こればかりは、素直に賞賛に値する。一度演じられると、本気で見分けがつかない。
楽しそうにソーシャルゲームをプレイする、明日美とシャルロット。
シャルロットの前髪を纏めている青のヘアピンが、太陽の光を反射して、眩く煌めいた。
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