嘘つき救世主《メシア》は世界を救えない?
黒九 轆轤
希望に満ちてるプロローグ
胸を突き破る刃、不気味な赤黒い血液を纏った銀色の刃を見て少し前まで抱いていた異世界への理想と希望が全て剥がれ落ちた。
恐怖を通り越し足がもつれ腰を抜かした。身体に力が入らずあげくのはて失禁したが恥ずかしさも覚えない。ここな、大好きな幼なじみ、いや違う。ずっと好きだった、この世界で思いを伝えるはずだった。恋人の死が何分も遅れて頭の中に流れ込む。崩れ落ちた彼女の眼にもう生気はない。口からも血液が流れ出している。助けようと言う気持ちが湧かないほど、もうそれは、彼女ではない事が理解できた。
嘘だ。こんなはずじゃなかったのに。
退屈な毎日。いつもと同じように学校に行き、いつも同じように授業を終えて、いつもと同じように帰宅する。だけど、今日は特別だ。 誇らしい事に、僕たちの作った小説部に、依頼されていた文化祭演劇の脚本提出日である。たった3人の部ではあるが、この生徒会依頼の脚本が評価されれば、部が大きくなる事は間違いなしである。
元々は小説サイトでコツコツと書いてアクセス数も3桁いけば喜んでいるような僕だったが、半月前に依頼をうけて、小説部超絶偉大な部長こと僕、
放課後、顧問の
「生徒会、
呼び出し?しかも生徒会一同と?遅刻しといて多目的室への呼び出し。そして、アオが小説部より陸上部で呼び出されてる事にショックを受けつつ、頭の中が疑問でいっぱいになりながら、多目的室に向かった。
多目的室に向かう途中誰ともすれ違わず、校舎も物静かだ。放課後でもこんなに静かな日があった事はない、たぶん。違和感をおぼえながらも多目的の扉に手をかけるとゆっくりと開けた。
「あっ、絵空くん! ごめんね、今日は作品を一緒に提出する約束だったよね。忘れてた訳じゃないんだけど、もっと大事な日だったんだ」
萩本先生に教卓からおっとりと言い訳をされた。このおっとりさが女子人気の秘訣なんだろうか。結構天然なんだが、この喋り方でついつい許してしまう。
「私もごめんね。部室向かってたんだけど、先に放送流れたからこっち来ちゃった」
ここなは、相変わらずかわい……いや違う違う、幼少期からずっと一緒にいるが断じてそう言う感情じゃない……。いつもクラスで2番目くらいに人気があるのに、僕のそばを離れない、僕がいなければ彼氏の1人や2人簡単にできるはずなのに、まだ僕を子供だと思ってる節があり、しょっちゅうつけ回して来る。
「カタリ!ごめんすっかり忘れてた!一応放送聞いて思い出したんだけどな」
アオは昔から馬鹿正直、いや馬鹿の部分が7割をしめている。男女共に人気がありすぎて太陽みたいな男だ。半ばこいつのせいで僕に影がさしている説もある。
「じゃあみんな、これから話す事があるから、教卓の前に横並びになってくださいね」
萩本先生はいつもより少しだけ真面目な口調だったので僕たちは驚きながらも前にならんだ。
「あれ? 生徒会の人達は待たなくていいんですか?」
アオがはこんな空気でも喋れるくらい空気を読まない。いつもの事だけど。
「生徒会のみなさんはもう先に行きました。はやくついたので、理解がはやすぎて、先生びっくりです」
萩本先生はどこか嬉しそうだ。もう先について説明したのか、二度手間じゃないか?それに行くってって何処に?
「3人とも質問ありそうですが、いったん先生の話を聞いてください。特にアオくんが喋りだしそうな口してますね」
アオが恥ずかしそうな顔をすると、ここなが含み笑いをした。
「言葉だけでは信じてくれないと思うので、まずはこれを見てください」
萩本先生は掃除ロッカーに近づくと扉を持ち勢いよく開けた。中には汚れたほうきとちりとり、汚いバケツと使いこんだ雑巾があるはずだった。光がさしている。光がさしている?ライトかとおもっていると勢いよく風が吹いてきた。もちろん窓は空いてない、ロッカーの中から光と風よく見るとあおい、青空?理解が追いつかない、最新技術?ロッカーの中に空がある。僕は空いた口がふさがらない。ここなも驚いている。アオはイマイチ理解できてないようだ。
「驚いてもらった所で、校長先生より長い先生の話しを聞いてください」
先生はいつにも増して真剣な顔になった。
「これまで小説部のみんなといろいろな物語を書いたり、読んだりしてきたよね。その登場人物達の人生を覗きみてきた。だが、それはただの物語で現実ではない。当たり前だそれは、作者の頭の中にあり書き起こされた
先生が長々と話すが全く理解ができない。アオもここなも首を傾げている。
「絵空カタリくんは幼い頃親がこぼしたコーヒーが顔にかかりおでこに火傷、跡を隠すために前髪は短く切らない。仁愛ここなさんは蒙古斑が未だに消えてない。志ノ雲アオくんは中学生になるまで野良猫、捨て犬をみると必ず家に持って帰り怒られていた」
先生がそんな事知るはずもない、おでこ跡の原因は誰にも話した事はない。アオは驚き、ここなは顔を真っ赤にしている。
「ばらしてすまない。君らの人生も物語って事をわかってほしくてね。誰かが何処かで君らの人生を書いている、シンデレラはこの世界じゃない誰かの人生なんだ」
普段なら信じないが青空が見える掃除ロッカーの横で話されると信憑性しかない。
信じがたいがつまりは、僕達が唯一の人生とおもっているこの世界は、物語であり現実でもある
。逆に物語は誰かの人生って事か。
「先生、わかりません!」
アオはまだ理解できないようだ。
「先生!そんなの……そんなの私たちに言ってどうなるんですか、明日から、どう過ごせばいいんですか!私たち人生が物語なんて明日からどう生きていけば」
ここなは、萩本先生を怒鳴りつけた。パニック状態になるのも無理はない話しだ。僕も一周して落ち着いてるのかも知れない。
「やっぱりそうなるよね。それが普通。やっぱり生徒会が変わってたのかー、特に会長。悪いけど話しは進めさしてもらうよ。みんなロッカーの前に来てください」
僕とアオは満身創痍のここなを抱えながらロッカーの前に向かった。
「率直に言うとこのロッカーの中は、今いわゆる異世界に繋がっている。厳密には、物語達の中心、許された箱庭【シェルフスガーデン】物語を産み出し管理してきた世界に気まぐれ誕生した特別な世界。そしてここからは、先生からみんなにお願いだ。断ってくれても構わない。この世界を救ってほしい」
さっきまで動揺していた。アオもここなも飲み込めてないような顔をしているが、僕はこの状況に興奮が湧き上がって来ている。
抑えてはいるが、これって異世界転生って事だよね!もちろん事故とかではないから完全に転生って訳じゃないけど、夢にまで見た、何度も何度も読んで、何度も何度も何度も書いた!今すぐにでも掃除ロッカーに飛び込みたい。掃除ロッカーに入りたいと思ったのは小学生以来だ。この先にエルフやドラゴン、異世界美女に囲まれて、チート能力発動して世界を救って英雄にー!
何の変哲も無い普通よりやや下の地味な人生から下克上できる。思わずにやけそうだ。
「先生!救うってどう、何をすればいいんですか?」
アオは少し落ち着いてきたみたいだ。
「それが具体的にはここでは話せない。世界が、全ての物語が壊されてしまう脅威がある。言えてそこまでなんだ。すまないね」
先生は申し訳なさそうに話すが、理由はもうどうでもいい。今すぐ賛成して飛び込みたい。
「そんなの無理ですよ、ただの高校生にそんな事出来るわけないじゃないですか」
ここなは、すごい形相で先生に吐き捨てた。怖い。にやけ顔を必死に抑えた。
「それがね、断われるとは言ったんだけど、向こうの世界の影響で君達、家族、友達のいる、この物語も明日なくなってもおかしくないんだ。脅す訳じゃないんだけど」
先生の言葉に青ざめるここなと人一倍正義感が強いアオは覚悟を決めた顔をしている。
「あっ、そうそう君達をそのまま行かせるつもりは、もちろんない、絵空くん提出物出してもらうよ」
先生が僕の持っていた作文用紙を指差すと、紙が空をまった。一枚一枚が輝き出すと一つにまとまりだし、光はどんどん小さいなっていき、実体が姿を現した。
27個の鮮やかな小さい正方形がまとまって、手のひらサイズの正方形に、その正方形が位置が変わるたびに様々な能力を使える全能の箱。僕らが書いた作品に出てくる宝具そのままだ。
「Box!!」
3人声を揃えてしまった。自分達の書いた物語が出版、アニメ化を越えて目の前に存在する、しかも、僕達の書いたこのBoxは、ほぼ出来ない事はない。
「先生からのプレゼント、君達が書いた作品そのままだよ。これがあれば心配ないかな?」
選ばれた登場人物3人組がいればどんな事もできる。もちろん僕達に当てはめられてるんだろう。
チートどころじゃない、心底これを書いていた事を過去の自分達に感謝している。
「僕は行く事に賛成、これがあれば、絶対大丈夫!ささっと救ってぱぱっと戻ってくればいいと思う。ここなもアオもこれがどんな物かはわかってるはず」
もうこうなったら行かない理由がない。
「俺も賛成、周りのみんなと他の世界を救えるなら行かざるおえない」
アオの正義感は誰にも止められない。これで。
「仁愛さんはどうかな。三人賛成の場合行ってもらおうかと思ってる。本当は生徒会も揃って一人でも反対がいればやめようと思ってるんだけど、もう行っちゃったから」
しばらく沈黙が続く。
「2人がいくなら、行きます。こいつらおっちょこちょいだから、私が付いて行ってあげないと」
複雑そうな顔をしていたが、ここなも覚悟が決まったようだ。
「そっか、じゃあロッカーの前に縦に並ぼうか、絵空くんそのBoxしっかり掴んでおいてね」
先生に言われた通り並ぶ、よし僕が一番前だ。これは後はどうすれば。何か魔法とか吸い込まれたりするのかと思いかまえる。
「心配しないで大丈夫。海以外の好きな場所に降りてみてね。3人は必ず一緒に。それじゃ、いってらっしゃい」
心配??海??何かと考えていたがすぐに意味がわかった。思い切り後ろから突き飛ばされると、ロッカーの中に落ちた。空が目の前に広がった、って言うか空だ、めちゃくちゃ落ちている。入ってきた方を見るとはるか上空に縦長の四角い穴から先生が手を振っている。
「ちょっと!本当に大丈夫なのこれ」
ここなは強風に煽られるスカートを押さえながら、叫んでいる。
「パラシュートなしスカイダイビング落ちたら怪我するな」
アオは楽しそうだ。絶対に怪我じゃすまないけど。
下を見てみると地動説の地図のような世界が見えていた。大陸の形状は似ても似つかない。
これが【シェルフスガーデン】。って思ってる場合じゃない。今にも手を滑らし落としそうなっているBoxを前に掲げた。
「Boxを使えば無事着地できると思う、とりあえず真ん中の大きい大陸に行こう。使い方は大丈夫だよね」
僕が言うと、ここなとアオは頷くと落下中のバランスの中必死に近付きBoxに手を伸ばし掴んだ。
「我等は願う目覚めたまえ空間の覚石(かくせき)」
Boxの石の一つが光出す。心の中で大陸への着地を想像した。次の瞬間、空が歪み崩れると風景は森になり地面にそっと足がついた。
「すごい!ちゃんとワープできた!」
ここなは、ほっとしたのか、尻もちをつきその場に座り込んだ。
「まずは、ここに城を建ててそれから、鎧を着て、あーでもスーパーパワー的なのも必要だな、ちょっと休憩したら、ささっとやろう、あと食物もか」
アオもBoxの力に安心仕切ったようで、腰を下ろした。
もっとBoxを使いたいがここは、まず二人に合わせよう。無くさないようにしっかり握っていなければ、Boxと三人の力があれば間違いなく、ハーレム主人公ルートだ。
「よろしくなBox!」
握ったBoxを天に掲げながら言った。ん?掲げながら……あれ、握ってたはずのBoxが瞬きした途端に空を握っていた。無い!何秒かフリーズし、何度見しただろう。目の前からBoxが消えた。焦りが隠しきれず震え手汗が止まらない、恐る恐る目線を二人むけると、同じ顔をしている。
「これが、伝説の宝具とその勇者3人。伝説通りこの場所に現れたのう。わしゃ一番のりじゃ」
三人しかいないと思っていたので驚いて振り返ると老人の手元にはBoxがあり珍しそうに見ている。
「よかった、おじいちゃん、それ返して!」
三人で老人に駆け寄る。
「嫌じゃ」
老人から取り返そうとするがすばしっこく追いつくことができない。追いかけっこをしていると老人が突然ピタリと止まった。僕らはスピードを落とせずそのまま転んだ。
「もう来たのか早いのう」
老人がそう言うと3メートル近く跳ね上がった。そのタイミングで転倒していた、僕らの頭髪に何かがかすめた。パラパラと少し髪の毛が散ると周りあった森林の巨木が次々に倒れていく。その先に金色鎧の軍勢とその先頭に後ろの鎧にも引けを取らない金髪の長い髪と凛々しい顔立ちの剣を持った男がこちらに向かってきている。
「見えた、見えた。おっと御老人に先を越されたか、我々が何者かを知らんでもあるまい。それを渡せ」
老人が着地しバックステップで大きく跳ね軍勢から遠ざかろうとする。
「これはわしのじゃ」
老人が逃げようとするとその先に10メートルはあるだろう丸い鉄塊のようなものがいくつも降ってきた。
老人は潰されそうになりながらこっちに戻って来る。無数の鉄塊は光る文字のような物が表面に浮かぶと巨大な機械に変形した。
「Boxヲスミヤカニワタシナサイ、コウゲキマデカウントダウン、ジュウ、キュウ」
赤外線ポインターのような光が何本も老人を狙う。
「部が悪いのう、やるわい」
老人が地面にBoxを捨て霞のように消えていった。Boxは、転んだまま頭をふせていた僕たちの前に落ちた。
よし取り戻したと思ったその時、太い木の根が地面から湧き出し、Boxを絡めとり地面に飲み込もうとする。僕は木の根を掴み必死にそれを阻止していると木の根が腐りだした。取り返したと思ったが地面から異形の腕が飛び出しBoxを持ち去った。
「はいはい、僕ちん達もとうちゃーく」
地面が沼のように腐りだすとその中から怪物が湧き上がって来る。
「わーお、僕ちん一番最後っちじゃんよ、ショックーでもゲット」
湧き出た怪物なのか魔物のような奴らの中で1番でかい絵に書いた悪魔のような姿の魔物がBoxをつまんでいる。もう訳もわからず僕ら三人は頭を抱え伏せていた。
「全軍進め」
「ターゲットヘンコウコウゲキカイシ」
「戦うしかないのねー、痛いのやだぁ」
Boxの奪い合いが始まるとレーザー音や金属のぶつかる音、奇声、悲鳴、爆発、一瞬で戦場になってしまった。
「ここな、カタリ、逃げるぞ」
アオの言う通り、いつまでもここにいると巻き込まれる、とにかく今は安全な場所へ僕らは起き上がると砂埃の中を走り出した。先も見えず必死に走り続けた。
「私達どうなっちゃうの」
ここなは、頭を抱えながらぼやいている。
「大丈夫なんとかなるよ」
僕は強がりを言ってみた、そう物語の主人公は僕たちのはず、きっとなんとかなると思っていた。
その言葉の無責任さを顔に浴びた。
ここなの胸を突き破る刃、不気味な赤黒い血液を纏った銀色の刃を見て少し前まで抱いていた異世界への理想と希望が全て剥がれ落ちた。
恐怖を通り越し足がもつれ腰を抜かした。身体に力が入らずあげくのはて失禁したが恥ずかしさも覚えない。
ここな、大好きな幼なじみ、いや違う。ずっと好きだった、この世界で思いを伝えるはずだった。恋人の死が何分も遅れて頭の中に流れ込む。崩れ落ちたここなの眼にもう生気はない。口からも血液が流れ出していた。
嘘だ。こんなはずじゃなかったのに。
助けようと言う気持ちが湧かないほど、もうそれは、ここなではない事が理解できた。砂埃でよく見えないがうっすらと、ここなを刺したであろう相手にアオが飛び掛かる所が見えた。あまりの出来事に僕は意識を失ってしまった。
僕は弱い。
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