外伝エピソード「萌衣と美穂の出会い」

萌衣は自身が小さいことにコンプレックスを抱いている。明日から高校生になるというのに今日も中学生と見間違われた。お人形さんみたいだと同級生から抱きつかれることは嬉しいが、萌衣も少しは大人っぽく見られたいと思う年頃である。


小学生の頃は、さほど気にしていなかったが、6年生のときにクラスの女子から、からかわれていたことがあった。担任の先生のおかげで改善されたが、あまりいい思い出ではない。


高校生活は私立に進学し、中学の友だちとは別れることになった。楽しみと不安のどちらが多いかと言われたら断然不安の方が大きい。寝る前に鏡の中の自分を見て自信を持つ。親が、値段の高い美容室に連れて行ってくれた。髪も結構切り、チャームポイントの触覚が可愛い。萌衣は自分を勇気づけ、少し早く寝ることにした。


・・・・・・・


「萌衣ちゃん、連絡先交換しよ!」


「うん。いいよ。」


萌衣の高校生活はなかなかの好スタートだった。萌衣が思っていたより簡単にクラスメイトから話しかけられた。唯一困ったのが学年主任が生徒指導の先生だったことである。停学停学うるさいと思ったら入学式の1週間後に本当に1人停学になった。


「今日から部活見学期間に入る。1週間後に入部届けを必ず出すように。あと1年生は全員部活加入制だから必ず全員が部活に入るように。入部届け出さないやつは全員停学な」


冗談混じりで言っているのか本気なのか分からないが、萌衣にとってはそれが大変なことだった。中学生の頃は吹奏楽部だったが、親からはスポーツ部に入るように言われている。スポーツ部に入ろうとは萌衣も思っていたが、これと言って入りたい部活はなかった。


周りの友達などは放課後になると次々に教室を出て部活見学に行ってしまう。自分から話しかける勇気など無かったが、なんとか女子の集団に話しかけられて見学に行くことが出来た。


「バスケ部、実際に練習していく?」


先輩に言われて萌衣たちは練習していくことになった。体操服が無かったが、制服のままで良いと言われる。


しかし、友だちは皆バスケ経験者で、萌衣だけついていけなかった。先輩は初心者でも大丈夫だと言うが、萌衣は遠慮してしまう。


「萌衣も一緒に帰る?」


「いいの?」


「うん、もちろん」


「今日家帰って英訳やらないとね」


「本当に嫌だ。かなり面倒だよね」


萌衣はなんの事だか分からずに聞き返す。


「萌衣、明日英語の教科書訳すの宿題出てるよ」


「本当に?」


私は英語の教科書が教室にあることを思い出した。友だちは待っててくれると言ってくれたが、さすがに悪いと思ったので、先に帰ってもらう。


「気をつけてね」


「うん。今日はありがとう。せっかく誘ってくれたのにごめんね」


「ううん。また一緒に帰ろう」


同級生たちは楽しそうにバスケの話をしながら帰っていった。萌衣は自分を責めた。しかし、一緒に帰っていたらバスケの話についていけなくて逆に迷惑を掛けていたかもしれない。これでよかったと自分に言い聞かせる。


職員室には部活の終わった学年主任がいた。学年主任は萌衣を見つけるなり鋭い目で睨みつけてくる。萌衣、硬直。前にも後にも引けなくなってしまった。


「余計なこと言ったら退学だが、私に何か用かな」


「英語の教科書を忘れたので取りに行きたいので、教室の鍵を借りてもいいでしょうか」


「はぁ、早く行ってこい。別の生徒が教室にいるから鍵はここには無い」


「ありがとうございます」


萌衣、カクカク動作で見事な回れ右を決める。緊張と怖さで右足と右腕を同時に前に出して進む。時間はもう少しで6時になりそうだった。



萌衣は急いで教室に忘れ物を取りに行く。暗闇に光る非常口の緑色の蛍光にビビりながら教室へと向かった。ぼんやりと照らされる教室の電気。教室には同じクラスの杉原美穂がいた。


「あ、名前は確か、清水萌衣さん?」


「う、うん」


あまり話したことが無いので、恥ずかしさのあまり、ちょこちょこ動きながら自分の席に行く。


忘れ物の英語の教科書とノートを取り出す。英訳忘れたら次の日、授業で何も出来なかったので取りに来れて良かった。


萌衣はそろりと出ていこうとするが、焦りながら何かを探す美穂の様子が気になって緊張しながらも小さな声で話しかけた。


「どうしたの?」


「ちょっと大事なもの無くしちゃって」


普通であればもう皆帰る時間である。萌衣はこのまま帰ることも出来なかったので、母に連絡をして美穂に話した。


「一緒に探そうか?」


「えっ、いいの?」


美穂の嬉しそうな顔に萌衣も笑顔で頷く。


「ハンカチなんだよね。亡くなったおばあちゃんに貰ったもので」


「だったら絶対に見つけなくちゃね」


しかし、机もロッカーもカバンもいくら探しても美穂のハンカチは見つからなかった。時間は7時を回っていた。


「ごめんね。もう諦めようかな」


「もう少し探してみようよ」


美穂は、手伝ってくれる萌衣に驚いていた。萌衣とはそれまで1度も直接話したことがなかった。それなのに時間も気にせず探してくれる萌衣はすごく優しい子なのだと思う。


「ごめんね」


美穂も色々な場所を探してみる。しかし不思議なぐらいにハンカチは見つからなかった。そこに誰かの足音がして教室に近づいてきた。恐怖で2人身体をくっつけて怯えるが、その先生の姿にさらにぎょっとしてしまう。それは、生徒指導の先生だった。


「いつもでいるんだぁぁぁ、停学だぁぁぁぁ!」


「「ひえぇぇぇ」」


生徒指導の先生は2人の姿を睨みつけると両手に持った重そうな箱を見せる。


「お前たち早く帰れ、それに落し物なら落し物ボックス見たか?」


萌衣と美穂はお互いに目を合わせる。先生は重そうに落し物ボックスを持ってくると教卓に置く。わざわざ持ってきてくれたのだろう。


その箱の中には紫色のハンカチが綺麗に四つ折りされて入っていた。


「あ、あった…これ」


美穂の言葉に萌衣はふっと体の力が抜ける。そしてお互いに笑いあった。


「ごめん、あった」


「よかったぁ」


そして2人で喜びあった。生徒指導の先生は「早く帰れよ。そうしないと2人とも退学だからな」と言って教室を出ていく。


家に帰って聞いた話だが、生徒指導の先生は美穂と萌衣の保護者に電話を入れていた。案外良い先生なのかもしれないと2人は思った。


「あのさ、萌衣ちゃん」


「何?」


帰り道、美穂がなにか恥ずかしそうに萌衣に言った。


「もし良かったら明日一緒に部活動見学行かない?テニス部なんだけど」


萌衣は美穂の言葉が嬉しかった。萌衣は人生最高の笑顔を見せて頷いた。


「もちろん!」


「ありがとう!」


美穂と萌衣は、互いに互いがこれから親友になることを確信していた。


それが二人の出会いであった。

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