プロローグ2
先程まで私がいた場所は、商業区の中心からはやや外れた場所にある、『赤猫武具店』という建物。
奥には広めの鍛治工房があり、手前には店舗スペースが設けられた、私の店だ。
商業区にある店のため、これから向かう生産者ギルド会館までは少し距離がある。
武器の図鑑登録は、商業ギルド会館ではなく、生産者ギルド会館でないと行えない。
「地味に距離があるけど、時間はあるし、のんびり行こう」
私はそう言いながらマウスを動かし、あくびを一つ溢しながら、生産者ギルド会館へと移動させた。
私の住む「商業区」には、一般的な武器屋、防具屋、雑貨屋はもちろん、他にも様々な露店や商店が建ち並んでいる。
そしてその商業区の中心には、商業ギルド会館と言う大きな建物が存在する。
その商業ギルド会館の一階フロアの大部分は、商業ギルド施設が占めており、残りの一部に生産ギルドの出張所と、その他施設が配置されている。
二階から上は、商業区をメインに活動する一般ユーザー向けに、レンタルマイルームが解放されている。
要するに、賃貸マンションだ。
この商業ギルド会館には、様々な商品の売買を行う職業商人はもちろん、その商品を作る側の生産者達の多くも、この商業ギルド会館のレンタルマイルームを利用している。
ただし、一部の高ランクの商人や生産者はここを利用せず、この商業区で土地を購入し、そこに自分の店舗を建て、そこをマイルームとしていた。
かく言う私も、この商業区の一角に『赤猫武具店』という店を構える、高ランク職人の一人だ。
私は『赤猫武具店』に住居スペースと自分用の鍛冶場を設け、普段はそこで鍛治を行い、そこで良いものが出来れば店舗スペースに持っていき、それを並べて売っていた。
「あー、お店の商品を回収するのを忘れてた。あとで取りに戻ってチーム倉庫に送っとかなきゃ」
そんな事を考えているうちに、気付けば生産者ギルドへと到着していた。
◆
『いらっしゃいませ』
受付に着くとNPCがいつもの決まった文言で、私の対応をしてくれる。
私は先程完成させた【神剣エターナル】を武器図鑑へ登録し、そのまま続けて鍛冶ランクのSランク昇格の手続きも行った。
「うん、確かにステータス画面でも「ランクS」ってなってるね。よしよし」
『ありがとうございました。またご利用ください』
全ての鍛治師が憧れる「ランクS」の称号。
私がそこまで称号にこだわっていなかったにしても、なんだかんだ言ってやっぱり嬉しいものだ。
でも、手続きが思ったよりもあっさりしていたせいか、なんだかまだ自分がランクSになったという実感が湧かない。
正直言って自分の鍛冶ランク昇格より、神剣が成功したことの喜びの方が大きい。
なにより、皆んなが喜んでくれた事が一番嬉しかった。
「さて、面倒だけど一度お店に戻って、商品を回収してから商業ギルドからチーム倉庫にアイテムを送ろう。神剣もその時に一緒でいいよね」
取り敢えず武器図鑑への登録も済ませたので、とっとと店に戻る事にする。
「……ん?」
マウスを動かし、生産者ギルド会館から出ようとしたその時。
マウスカーソルの近くにあった「依頼掲示板」のオブジェクトに見慣れないアイコンが付いている事に気がついた。
「ん?なにこれ?」
今までこんな所にアイコンが表示されていた事は無いはずだ。
普段からよく使う機能なので、それは間違いない。
ランクに応じて様々な依頼を受けられる、このゲームのメインコンテンツの一つ、依頼掲示板。
何かの仕様変更や機能追加があれば運営からアナウンスがあるはずだし、これは一体??
「もしかして、未発見の隠しイベントとか?いや、流石にそれはないか」
このゲームが発表されてから既に数年が経っている。
流石にその間、誰にも発見されなかったなんて事は、まずあり得ない。
でも、Sランクになった事で受けれるようになる何かだったりすれば?
もしもそうなら、これを発見出来るのは神級武器を作った私を含めた4人だけという事になる。
うん、絶対にないとは言い切れない。
いや、ここの運営ならそれくらいやりかねない。
とは言え、私は今日でこのゲームとは引退なので、あったとしても受ける事はないけど、どんなものかはとても気になる。
私はそんな好奇心に狩られ、その見慣れないアイコンにカーソルを合わせた。
【限定クエスト:ランクS裏依頼書】
!!
あった!やっぱりあった!!
今の私は神剣を完成させてランクSへ昇格した達成感と、それに伴う疲労と、徹夜による少しの眠気により、一気にナチュラルハイな状態に陥っていた。
私は、躊躇する事なくその項目をクリックし、依頼内容を表示させる。
クエスト名:神級鍛治師
依頼内容:時空ヲ越ヱ、魂ヲ繋ギ、世界ヲ救ヱ。
鍛冶ランク:S
依頼者:???
「え?何これ?」
先程までのテンションは瞬時に失せ、私は何か気味の悪さを感じ取っていた。
初めて見る見慣れないアイコンに、明らかに怪しさ満点な依頼書。
依頼者が不明というのがその怪しさに拍車をかけている。
『依頼受諾 是/否 』
間髪入れずに表示される選択画面。
こんな表記も初めて見る。
通常ならば、「依頼を受けますか? Yes/No」って感じの確認ダイアログだったはず。
依頼内容を読んでもさっぱりわからないその依頼に、私は少しの不安を感じながらも、それでも好奇心が湧き上がった。
私はその好奇心を抑えきれず、眠気ですっかり働かなくなった思考も手伝い、思わず依頼を受けるための「是」のボタンを選択していた。
———プツンッ。
そのボタンを押した瞬間、画面の全ての光や音が消え、さらには部屋中の視界の全てが真っ暗になった。
「え!なに?!停電?ブレーカーが落ちた!?」
私は突然の状況に驚き周りを見回すが、何処を見ても真っ暗だった。
しかも、窓から見えていたはずの月の明かりや、街灯の明かりさえも、全て一切が消えていた。
「え?」
流石にこれはおかしいと感じた私は、思わず椅子から立ち上がり、その直後、突然の浮遊感に襲われた。
「なになに!?何がどうなってるの!?って、う、うあぁ……」
まるで、自分の体が宙に浮いているかの様に全身の力が抜けて行き、力を込めれば込めるほど、その力は外に抜けて行く。
そんな無重力の様な状態で、周りは完全な暗闇。
もはや上下左右の方向感覚すらも失い、私は何も出来ずにそのまま宙を漂っている様な感覚のまま、やがて意識を手放してしまった。
◆
気が付くと、そこは真っ白な世界だった。
燦々と陽光が降り注ぐ、眩しいほどの真っ白な世界だった。
「うう……ここは……?」
朧げだった意識は徐々に覚醒し、先程までの事を思い出す。
突然の暗闇に襲われ、体の自由を失ったあと、そのまま意識を失ったのだ。
そして、今まさに意識を取り戻した。
「何でこんな所で気を失って……って、ここドコ?もしかして、夢の中?」
まるで思考が追いつかないながらも、ゆっくりと体を起こしながら、辺りを見回す。
まだ目が慣れていないせいか、それともまだ意識が覚醒しきっていないせいか、そこは、周り一面何もない、ただただ真っ白の世界が広がっていた。
意味不明すぎる連続の展開に、思わずこれは夢ではないかと考えるが、私の中で、何故かこれは夢ではないという確信があった。
どうしてかはわからない。
だけど、これは絶対に夢ではない。それだけは断言できた。
これが夢なら、あの現実も、きっと夢だ。
そう思えるくらいに、目に写るもの、肌で感じるもの全てが、リアル以外の何者でもなかった。
「一体……何が起こってるの……」
ゲームをしていて突然真っ暗になったと思ったら、気を失い、気が付けば今度は真っ白な世界。
何が起きているのか全くわからない。
しかし、辺りが真っ白な世界ではあるが、暗闇の時とは違い、上下左右の感覚や体の自由も効くようになっている。
未だに何が起きているのかはわからないが、体の自由がきくようになった事により、ここに来てようやく、多少の落ち着きを取り戻して始めていた。
私は再度、周りを見渡しながら状況を探る。
すると、数分をかけて徐々に一面の白い世界がゆっくりと晴れて行き、まるで霧が晴れるように視界が広がったその時、そこには、およそ信じられないような景色があらわになった。
「え……ここ……空の……上!?」
私は、空の上にいた。
◆
目を落とすと、どこまでも続く広大な大地。
視線を遠くに飛ばせば、青く澄んだ空と、それを綺麗に分けるような、緩やかなカーブを描いてどこまでも続く地平線。
それは圧倒的な光景だった。
まるで、いつかテレビで見たサバンナの空撮映像のような、そんな、とても雄大な景色だった。
「なにこれ……」
私はその圧倒的な光景に言葉を失い、唖然としながらもその景色に見とれていた。
とてもありえない状況に、一周回って逆に落ち着きを取り戻し始めた私は、遠くに広がる地平線からまっすぐ縦に伸びて来る、大きな道があることに気が付いた。
それが気になった私は、その道の先を目で追い始め、どんどん視線を手前へと移動させる。
そして、その先にあるものを見つけた私は、思わず声を漏らした。
「え……」
その道の先にあったのは、大きな城塞都市だった。
外壁で囲まれた、西欧風の大都市。
その大都市は、中央に大きな城があり、その城を囲うように4つの大きな建物がある。
「この配置ってまさか……。それに、あれは……」
城の周りに配置された4つの建物のうちの一つ、それは、私がよく知っている物にとても酷似していた。
「商業ギルド会館……」
そう、この建物は私がゲームの中で毎日のように利用していた、商業ギルド会館。
そして、この城塞都市内の建物の配置は、ゲームのカントリーマップの配置そのものであった。
「ちょ、もしかして、ここって……」
そこまで言って言葉を失った私は、頭の中でぐるぐると思考を巡らせ考えるが、結局自分の納得できる結果には辿り着けなかった。
しかし、納得のできない結果には辿り着けた。
と言うか、何をどうしても、その結果以外には辿り着けなかった。
「まさかここ、ゲームの中?」
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