第4話 一年生最後の日
「……今日は、言ってくれた」
私は家のベッドの上で、寝転がりながらそう呟いた。
頑張った甲斐があったというものだ。
というか、やっぱり誠也は言うのを忘れていただけだった。
私がどれだけ心配したと思って……いや、別に私は大丈夫だったけど、誠也が調子悪いんじゃないかって心配しただけだから。
だって毎日していたものを忘れるなんて、心配するでしょ。
決して私がして欲しいと思ったわけじゃない……本当に。
だけど、今日みたいなことは恥ずかしすぎて……あんなのを毎日やっていたら、心臓がもたない。
私もそうだけど、誠也も心臓がもたないと思うから、やめとかないと。
……手を繋ぐくらいなら、大丈夫かな。
うん、また手を繋ぐくらいなら、やってもいいよね。
小さい頃はやってたし、別に結婚してなくても仲良い男女ならそれくらいするよね。
……心配だから、友達の奈央に聞いてみよう。
『仲良い男女でも手くらい繋ぐよね? だから別に、私と誠也が手を繋いでても問題ないよね?』
メッセージアプリで奈央にそう送って数分後、返信が来た。
『うん、そうだねー。香澄と誠也くんなら全然大丈夫だよー』
奈央もそう言ってくれたので、やっぱり大丈夫みたいだ。
そう思っていたら、続いて奈央からメッセージが届く。
『結婚してる男女が手を繋いでても、全然大丈夫だよね』
「っ!? ま、まだ結婚してないから!」
思わずそう声が出てしまった。
私はメッセージで奈央に反論を送ったけど、奈央は私を揶揄いたいだけのようだった。
……やっぱり手を繋ぐのはもう少し様子見しようかな。
◇ ◇ ◇
高校一年生、最後の日。
学校で終業式を終えて、もう帰っていいという時間になった。
俺は軽くクラスメイトと話した後、隣のクラスにいる香澄ちゃんを迎えに行く。
「香澄ちゃん! 一緒に帰ろ!」
「……はいはい、ちょっと待って」
「わかった」
香澄ちゃんはクラスメイトの女子と話しているから、邪魔しないように教室の外で待っている。
一年生で最後の日だ、クラスメイトの人と積もる話もあるだろう。
「あっ、香澄の旦那さんだぁ」
「ん? ああ、汐見さん」
待っている俺に話しかけてきたのは、汐見奈央さん。
香澄ちゃんの友達で、いつもニコニコしていて、どこか掴めないような女性だ。
「汐見さん、俺はまだ香澄ちゃんの旦那さんじゃないよ。いつかなりたいけど」
「ふふっ、そうだね。頑張って香澄を落とさないとね」
「落とす? どこに?」
「恋の落とし穴かなぁ?」
「それは俺が先に落ちてるし、もう埋まってると思うよ」
「あははっ、そうだね。じゃあ香澄が落ちても旦那さんが受け止めてあげられるね」
「もちろん、香澄ちゃんに怪我させるわけにはいかないからね」
「香澄ちゃんは愛されてるねぇ」
「……そこの二人、何喋ってるの?」
「あっ、香澄ちゃん」
汐見さんと喋っていると、香澄ちゃんがクラスメイトとの会話を終えて近づいてきた。
「なんでもないよー。香澄は旦那さんにしっかり愛されてるなぁ、って話」
「誠也は旦那さんじゃないから」
「うん、だけどここで結婚すれば、俺は旦那さんになる! 香澄ちゃん、結婚しよう!」
「むり」
「ぐふぅ!?」
「あはは! 旦那さん、フラれちゃった!」
俺が何度目かわからないプロポーズを断れ、汐見さんがおかしいと言うように笑った。
だけど目の前で俺がフラれたのに、まだ「旦那さん」って呼ぶ汐見さんもおかしい人だ。
「奈央、だから旦那さんってやめて」
「はーい。だけど誠也くんも、本当に諦めないよね」
「前に友達にもそう言われたけど、大好きだから諦めたくないだけだよ」
「うわぁ、まっすぐだぁ、カッコいいねー」
褒められているような、茶化されているような、よくわからない言い方だ。
「だけどこれだけ何回、何十回も断れていると、嫌になったりしないの?」
「嫌になったりって?」
「香澄に『なんで俺の気持ちを受け取ってくれないんだ!』って思って、嫌になることはないのかなぁって」
「奈央、なんでそんなこと聞いての?」
「えー、だって、私だったらそう思っちゃいそうだなぁって。ね、誠也くんはどうなの?」
汐見さんがそう聞くと同時に、香澄ちゃんもなぜか不安げな目で俺を見てくる。
なんでこんなことを聞いてきたのかわからないけど、答えることは決まってる。
「一回もないな、そういうふうに思ったことは」
「へー、本当に? 少しでも思ったことないの?」
「ない、断言するよ。俺はむしろ、潔くバッサリ断るところも、香澄ちゃんらしくて好きだから」
「……ふふっ、そっか。さすがだね、誠也くんは」
俺の答えに満足したのか、汐見さんは笑ってそう言った。
「だってさ、香澄。愛されてるねぇ」
「う、うるさいわよ、奈央」
香澄ちゃんは頬を少し赤くしている、可愛い。
「じゃあね、奈央。二年生に、また一緒のクラスになれたらいいわね」
「そうだね、香澄。誠也くんも、香澄と一緒がいい?」
「当たり前じゃないか! 二年生で香澄ちゃんと一緒のクラスじゃなかったら、俺は……! 香澄ちゃんの成分不足で死んでしまうかもしれない!」
「誠也くんは面白いねー」
「何言ってるのかわからないわよ、誠也。ほら、帰るわよ」
そんな会話を最後にしてから、僕と香澄ちゃんは汐見さんと別れた。
「来月から二年生だね、香澄ちゃん」
「そうね、高校一年はあっという間だったわ」
「俺は香澄ちゃんと違うクラスだったからか、この一年が長く感じたよ」
「……ま、来年度になれば一緒のクラスになるわよ、多分」
「そうだといいな。というかそうじゃないと、本当に困る」
そんな会話をしながら歩いていると、すぐに分かれ道に着いてしまう。
やはり香澄ちゃんと一緒にいると、時間が過ぎるのが早く感じるな。
「じゃあね、香澄ちゃん」
「ええ」
僕と香澄ちゃんはいつも通り、そう言ってお互いの家の方へと歩き出そうとしたら……。
「ねえ、誠也!」
「ん?」
少し離れた場所から、香澄ちゃんが少し大きな声で話しかけてきた。
「香澄ちゃん、どうしたの?」
「私も、来年度は、その……一緒のクラスがいいと、思ってるから!」
「っ!」
「そ、それだけ! じゃあ!」
香澄ちゃんは顔を真っ赤に染めながら、少し走って曲がり角の方へと消えていった。
俺は香澄ちゃんの言葉に衝撃を受け、香澄ちゃんが消えてしばらくしてから……。
「くっ……! 香澄ちゃんが可愛過ぎる! 結婚したい! 結婚しよう!!」
思わずその場でそう叫んでしまった。
するとすぐに曲がり角に消えたはずの香澄ちゃんがそこから出てくる。
「ば、ばか! そんな大声で言うな!」
「香澄ちゃん!? いなくなったはずじゃ!?」
「せ、誠也の様子がおかしかったから、心配で見に来ただけ! は、恥ずかしすぎてその場にうずくまっていたわけじゃないから!」
「そっか! 心配してくれてありがとう! 結婚しよう、香澄ちゃん!」
「むり!」
「がはっ!?」
周りの家の中に人や、道行く人がいるが、
(またやってるよ、あの二人。何年もやってるけど、早く結婚しないのかな?)
と思われているとは、俺も香澄ちゃんも思いも寄らなかった。
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