第10話:暗躍・修道院側
皇紀2217年・王歴219年・秋・某修道院
「契約通り、王女を攫ってきてもらう」
修道院の聖堂騎士団長は、何の感情も感じさせない声色で影衆に命じた。
「分かっている、金をもらった以上、どれほど卑怯下劣な事でもやる。
だが事前に調べた結果、直ぐにやるのは不可能だし、昼の間は無理だ。
色々と準備をしておかなければ、あれほど大勢の人夫がいる昼には無理だ」
「俺が何も知らないとでも思っているのか。
人混みに紛れた方が人を攫うのは簡単であろう」
聖堂騎士団長の言葉に少し冷酷さが加わった。
前金だけとって実行しないのなら、この場で斬ると言う無言の圧力だった。
「普通の後宮ならその通りだが、あの後宮は特別なのだ。
聖堂騎士団長は最初から自分でやる気がなく、十分に調べていないから、あの後宮がどれほど危険なのか知らないから、そのような事が言えるのだ」
「勿体つけずに何が危険なのかさっさと言え」
「あの後宮にはほぼ毎日皇帝陛下が泊られる。
だから後宮の外周には有志の皇国貴族が警備している」
「はぁあ、皇国貴族は昼間何の役にも立たない朝議をやっているのだぞ。
有志の警備とやらも昼間にはいないだろう。
むしろ夜よりも昼の方がやり易いだろうが」
「あの後宮を支援している奴はよほど金にも食糧にも余裕があるようだ。
後宮の外周を警備する有志には、貧乏な皇国貴族が普段食えないような、とても豪勢な食事を支給しているのだ。
食うや食わずの朝議に出られないような下級皇国貴族や皇国騎士が、美味い食事を目当てに数多く集まっている」
「ちっ、余計な事をする奴がいる。
だがその下級皇国貴族や皇国騎士に紛れ込めばいいだろう」
「残念ながらそれは無理だ。
下級皇国貴族や皇国騎士の顔を、後宮に雇われた流れの影衆が確認している」
「なに、なんだと、後宮が影衆を雇っているだと。
ダエーワ影衆は二股をかけていたのか。
そのような不義をおこなっていたのなら、修道院として正式の抗議する。
もう誰もダエーワ影衆を雇わないように、教会のネットワークを使って裏切りを公表してやるからな」
「何を誤解している、我らダエーワ影衆が依頼主を裏切る事は絶対にない。
後宮が雇ったのは、ダエーワ影衆とまったく関係のない流れの影衆だ」
「なんだと、ダエーワ影衆以外に雇われる影衆がいたのか」
「伝手さえあれば、正当な礼金を払って影衆を雇う事はできる。
アフリマン影衆もドゥルジ影衆もイシュタム影衆も雇う事ができる。
だが問題なのは、今回後宮に雇われている影衆が世に知られた影衆ではない事だ。
遠くから動きを確認したが、有名な影衆とはどこか違うのだ」
「……そのような無名の影衆など、お前達の敵ではないであろう。
さっさと殺してしまえばよかろう」
「聖堂騎士団長はさっきから何を聞いていたのだ。
何度も時間をかけて夜仕掛けなければ失敗すると言っただろうが。
有名だろうと無名だろうと、影衆の実力には関係ない。
今後宮を護っている連中は、少しの油断も許されない凄腕だ。
どうしても昼に王女を攫って来いと言うのなら、もっと大金を積んで、影衆を増やしてもらわないと無理だ。
最初にもらった前金で集められる影衆ではとても不可能だ」
「これ以上の金はない、今の人数だけでやってもらう」
「そんな事は最初から分かっている、だから時間をかけると言っている。
聖堂騎士団長は修道院長閣下を説得する方法を考えた方がいいのではないか。
説得に失敗したら、惨めな死に方をする事になるぞ。
それとも、修道院長閣下を殺して、自分が修道院長閣下になるか」
「黙れ、これ以上余計な事を口にしたらこの場で殺すぞ」
「くっ、くっ、くっ、くっ、やれるものならやってもらおうか。
たかが修道院の聖堂騎士団風情が、影衆に勝てるとでも思っているのか。
やるなら死ぬ覚悟でかかって来いよ」
「ちっ、愚図愚図言わずに、さっさと王女を攫ってこい。
攫えなければ、ダエーワ影衆が受けた仕事に失敗した事になるのだぞ」
「そんな事は言われなくても分かっている。
ダエーワ影衆の誇りにかけて受けた仕事は必ず成功させる」
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