「45」担当教師

 次に目が覚めた俺の目線はさらに低くなっていた。

 周りの生徒たちの姿も、さらに幼く見えたものである。

 ハズリィーはどこに居るのか──?

 子ども時代とは言え、彼女とは幼馴染みのはずである。何処かに居るのではないかと彼女の姿を探したが見付けることは出来なかった。


 この頃は病状が酷く、入院でもしているのだろうか。


 相変わらず、俺は何処かの教室の中に居た。他の生徒の姿もチラホラあったが、知った顔は一つもなかった。みんな知らない子たちである。


「ねぇ太蔵君、知ってる?」

──そんな、キョロキョロしている俺に男子生徒が話し掛けてきた。

「……なに?」

 いきなり知っているかと聞かれても、心当たりはない。何事かと、俺は首を傾げた。

 すると、男子生徒は周りを気にするかのように見回すと、声を潜めながら耳打ちしてきた。

「ミチナガ先生、また実験室で変な呪文を唱えていたらしいよ。たまたま宿題を提出しに行った子がドアを開けちゃって、儀式をしているのを見ちゃったんだって……」

「へー、そうなんだ……」

──なんだ、それ。くだらない。


 そんなことを教えられて、どう反応しろというのか。

 俺は適当に相槌を打った。

「……ね? 怖いね、太蔵君。タイムマシンで未来を予知したって話もあるし……本当、不気味だよ……」

「……タイムマシン……?」

 くだらない話かと思ったが、男子生徒は気になることを口にする。

 もっと追及しようとしたところで、廊下から足音が響いて来た。


──トコトコ……。


 ぬるりと教室前の扉から入ってきたのは、ザンギリ頭をした青白く頬が痩けた優男である。

 男子生徒はそんな優男の顔を見るなりギョッとする。

「み、ミチナガ先生だ……!」

 自分が噂話をしていることを知られたくなかったのだろう。罰が悪そうな顔になり、男子生徒はそそくさと自分の席へと戻って行った。


 男子生徒だけでの話ではない。

 ミチナガ先生とやらが姿を現した瞬間、教室全体の空気が張り詰めたのを感じた。

 談笑をしていた生徒たちも口を噤み、みんながミチナガ先生とやらを意識しているかのようであった。


 そんな教室の張り詰めた空気を、当のミチナガ先生は特に意に介していないようだ。

 椅子に座ると、教卓に頬杖をついて広げたノートを鋭い目つきでじーっと見詰めていた。

「うーん……そんなことは……」

 ミチナガ先生は時折、ブツブツと呟きながら顔を顰めている。

 授業が始まるまで少々時間があるので、その間に自分の世界に入り込んでしまったようである。


 盛り上がっていた生徒たちも奇異の目をミチナガ先生へと向け、シラケてしまっている。それぞれ自分の席に戻って座っていた。


──キーンコーン……。


 チャイムが鳴り、ゾロゾロと外へ出掛けた生徒たちが戻って来る。

「ん〜、これは……いや、そんなことは……」

 既に始業のチャイムは鳴ったが、相変わらずミチナガ先生は自分の世界に旅立ったままである。

 そうとも知らない生徒たちは、一向に授業が始まらないので不審そうに顔を見合わせていた。


「あの、先生!」

──誰も声を掛ける勇気がなさそうなので、代表して俺が声を上げた。

 ミチナガ先生はハッとなり、上目遣いにこちらに視線を向けてきた。

「……んぁ? 何かね?」

「授業、始まってますよ」

「チャイムはまだじゃないか?」

「いえ。さっき鳴ってましたよ」

 ミチナガ先生はポリポリと頭を掻くと振り向いて、壁掛けの時計を見上げた。

 それで事態が飲み込めたらしく、コホンと一つ咳払いをして何食わぬ顔をする。

「よーし。授業、始めるぞ!」

 仕切り直しとばかりに、ミチナガ先生は手をパシパシと叩いて声を上げた。


──なんだ、この先生は……。

 ミチナガ先生が、不思議な噂の元にされている理由が何となく分かった。

 不可解な先生の登場に、ボクは呆気に取られてしまったのだった。

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