第178話・威風堂々

 イギリス、ロンドンのバッキンガム宮殿。

 その中庭は、突然飛来したマーギア・リッターによって喧騒に包まれている。

 あらかじめ連絡はあった。

 スターゲイザー星王のミサキが、賢人機関のあるソールズベリーからこのバッキンガム宮殿にやってくるということを。

 だが、その来訪手段が予想の上を向いている。


──キィィィィィン

 上空にやってきた四機のマーギア・リッターが四角形の頂点になるように配置すると、魔力を集めて四機を結ぶ頂点に魔法陣を形成する。

 すると、その場に光の玉が出現すると、それを内部から破るかのように純白のマーギア・リッター【カリヴァーン】が降臨する。


「ウォォォォ‼︎」


 宮殿に勤めていたもの、連絡を受けてやってきた多くの人々が歓声をあげる。

 そしてカリヴァーンをはじめとした合計五機のマーギア・リッターは、中庭を荒らさないように地上より二メートルの高さに降下すると、そこで停止。


──ガコゥンンン

 カリヴァーンの胸部ハッチが開くと、白地に赤の紋章を携えた狩衣のようなものを身に纏ったミサキが姿を表した。


『出迎え、ご苦労である‼︎』


 敢えて古代魔法言語で叫ぶミサキ。

 そしてフワリと地面に向かって飛び降りると、何事もなかったかのように地面に着地。

 その左右にはヒルデガルド、ヘルムヴィーケ、イスカンダル、そして老紳士が一人。


「はっはっはっ。これが肉の喜びですか」


 この老紳士は、遠隔行動用サーバントボディを操るオクタ・ワン。

 ようやくミサキのそばに立つことが出来たので、感無量なのだろう。


──ザッ

 すると、バッキンガム宮殿の方にも動きがあった。

 イギリス女王、マルガレート・アレクサンドラが正装で姿を表した。

 そしてゆっくりとイギリス近衛兵を引き連れて前に出ると、ミサキ、マルガレート二人同時に軽い会釈。


──ザワザワッ

 決してスターゲイザーの下につくことはないという意思を感じさせるマルガレートと、星の王であるが故に他の星の元につくことないという意思を見せるミサキ。

 共に膝を折って挨拶することはなく、はじめての女王同士の挨拶は終わった。


………

……


「恐ろしい方ね……でも、仲良く出来そうで何よりだわ」


 それが、マルガレート女王のミサキに対する感想。

 イギリス女王という立場から、彼女は目的の判明していないスターゲイザーの王に対して下に出ることはない。

 かと言って、自分が地球の代表だなどと烏滸がましいことを言うつもりはない。

 マルガレートの望みは『対等』。

 それゆえ、双方ともにあのような挨拶で終わっていた。


「それでは、イギリスはスターゲイザーの地球進出を認めると?」

「そうね。侵攻や進軍ではなく、進出。つまり、他国の企業がイギリスに支店を出すようなものでしょう? それなら、イギリスはそれを拒絶する必要はないわ。あくまでも対等、それが条件ですけれどね」


 王室からの声明が報道関係者の元に届いたとき、バッキンガム宮殿の中では、ミサキによるスターゲイザー星王からの記者会見が始まっていた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「この星の共通語が分からないので、私たちの学者が分析した言葉で話をさせてもらう」


 まずは流暢な英語で話を始める。

 記者会見場となった『ヘラクレスの間』には、世界各国の報道関係者が集まっている。

 もっとも、イギリス以外の国からは、地元大使館員たちや各国大使が代行で参加している程度。

 それだけ早く、スターゲイザーによる記者会見が行われることになったのである。


「私が惑星スターゲイザー星王のミサキだ。この星の文字と発音を参考とするなら、『ミサキ・テンドウ』とでも言うのだろう。まずは、このような会見場を提供してくれたクィーン・マルガレートに感謝を」


 右手を胸元に当てて、軽く会釈。

 これだけで会見場はストロボフラッシュ雨あられ。

 この瞬間を狙われてもおかしくないような雰囲気である。


「この場にいる人々の多くの興味は、これからの我が星と地球との関係だろう。まず、私たちはこの星を侵略する気はないと答えよう……我々は侵略国家ではなく、むしろ農業国家に近い。のんびりと自星で生きているのが性に合っているのだが、時折、他の惑星の文化に触れることもおこなっている」


 淡々と説明をするミサキ。

 その一挙一頭を見逃すまいと、記者たちは真剣である。


「そこで、私たちは太陽系にやってきた。まあ、私たちがここにくる前にいた『ダルメシアン星系』では、やることはやり尽くしたのでね。新たな刺激を求めてきたと理解してもらえると助かる」


 チラリと会場を見渡す。


(暗殺者らしいのが二人。どこかのエージェントが四名か。悪いな、鑑定させて貰ったよ)


 すぐさま疑いのあるものを見つけてターゲットすると、傍で待機しているヒルデガルドたちに念話で告げる。

 すでに彼女たちも、かれについては確認できていたので軽く頷く程度である。

 もしも仕掛けるとしたら最後。

 この衆人環視の中で、そんな恐ろしいことをしでかすかどうかわからないし、なにより自殺志願者でもない限り、仕掛けてこないと思うのが一般的だろう。


「すでに日本国とは友好的な話が進められている。機動戦艦タケミカヅチの発着場となるべく島を一つ、快く提供して貰った。私たちはまずは、そこに小さな町をつくろうかと思っている」


 この話は、どの国も初耳。

 そしてドヤ顔で周りをチラチラ見ている在イギリス日本大使。


「なお、私たちから日本に対して技術供与を行うとか、そのような意思はない。先刻の日本の政治中枢である国会議事堂奪回作戦に先立ち、スターゲイザーの主戦力を協力させた代価であるから……今現在、スターゲイザーの技術をこの星に提供する気はないとだけ、伝えておこう」


 これには日本大使も初耳であり、顎がカクーンと大きく開く。

 周りでは『日本、ザマァ』といった顔でニヤニヤする各国大使の姿もある。


「最後になるが、私たちの到来を望まず、実力行使してくるものたちがいる。そのようなものに対しては、こちらは実力行使で対応させてもらうので……各国の政治拠点の奪回に向かわせたものは、まだ全力ではないということを、この場で説明させて貰う……以上だ」


 このあとは質疑応答かと、各国報道陣も待ち構えている。

 だが、ミサキはそのような素振りを見せずに壇上から立ち上がり、護衛を伴って控え室へと向かう。

 そしてミサキと入れ替わりにヘルムヴィーケが壇上に立つと、軽く会釈をして一言だけ。


「これで、星王さまの記者会見を終わります。本日はご足労いただきありがとうございました」


 この一言で、報道陣もようやく事態を理解した。

 こちらの質問に、ミサキは、スターゲイザー星王は答える気など毛頭なかったのである。

 一方的に説明してハイ終わり。

 これでは、何処の報道機関も同じような記事になってしまう。

 手柄も何もあったものじゃないが、そんなことはミサキの知ったことではない。


………

……


──控え室

「ふぅ。これでまずは第一作戦完了。地球防衛軍は仕掛けて来るかなぁ」


 面倒な仕事はおしまい。

 この後は、マルガレート女王と、お忍びでお茶会。

 その前にだけど、多分仕掛けてくるだろうと予測はしている。


 地球防衛軍にとって、最も厄介な、それでいて最重要暗殺ターゲットの俺が、表に姿を表したからね。


「すでにマーギア・リッターはフォースフィールドを形成。この街に被害がないようにと、カリヴァーンも『広域バリアユニット』に換装して待機しているそうです」

「そっか。まあ、のんびりと待機し」

「敵を捕捉。遠距離砲撃を確認しました」

「……マジか」

「はい。距離三万メートル、ル・ムーティエ方面より確認」

「……はあ? 三万メートル? 30キロ? 何がなんだ?」


 そう問いかけると、オクタ・ワンは静かに考える。


「ぴっ……80cm列車砲ですね。解体した状態で持ち込んで、組み上げたようで」

「北東から戦闘機が向かってきます。爆装しているかと」


 オクタ・ワンに続いてヒルデガルドからも一報。

 敵さん、ロンドンを焼土にする気なのかよ。


「迎撃は? 間に合うか?」

「すでに彼が出撃したようで……まあ、お任せして大丈夫かと」


 イスカンダルが落ち着いて説明してくれるんだが、まあ、俺は安心してもロンドンの人たちは落ち着かないだろうなぁ。


………

……


 イギリス、ロンドン上空に地球防衛軍が奪い取ったフランス空軍機【ラファール】が突入したのは、ミサキが控室でオクタ・ワンから報告を受けた時。

 まさかの事態にイギリス空軍も緊急発進し、迎撃準備に突入した時。


──フヴァァァァァァァォァァン

 もしも、ラファールの風防が無ければ、彼らはあの音を聞いただろう。

 遥か上空から一直線に飛んでくる、ジェリコのラッパの音を。


「……これが近代兵器か…… 操縦が恐ろしく難しい機体だな」


 胸元の騎士鉄十字章にそっと手を当ててから、彼は眼下のラファールをロックオン。

──BROOOOOOOOOOM‼︎

 機首及び両翼にも追加搭載されている『GAU-8アヴェンジャー』が唸り声をあげ、ラファールを物言わぬ鉄屑に仕上げていく。

 さらに一つ、また一つと迎撃を行うと、彼はまた高く飛び上がった。

 賢人機関最後の軍事賢人『ハンス=ウルリッヒ・ルーデル』は、ミサキが用意した『アマノムラクモ製A10サンダーボルトⅢ』を得て、再び大空に帰ってきた。


 彼が最後を迎えた地、イギリスの大空に。

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