第146話・金貨で買い物って聞くと、異世界転生ものにも聞こえるよね?

──コンコン

 テーブルの上で、金貨を叩く。

 目の前のテーブルに置いてあるのは、四枚の金貨。

 イーグル金貨と呼ばれている、アメリカ合衆国発行の地金型金貨であり、つい先日、マタ・ハリたちがシャンポリオンから入手したもの。


 アマノムラクモ艦橋のサイドデスク前で、ミサキは金貨を眺めて考える。


「……これって、日本で換金可能なのか?」

「ミサキさまが戻られる前に調べてみたのですが、日本でしたら『外貨両替取り扱い銀行』もしくは金の買取をしている店舗がよろしいかと」


 ちなみに1オンスが四枚、ヒルデガルドが調べたところ、額面五十ドルのイーグル金貨一枚の買取価格は20万円ちょい。交換したミスリルが一キログラムなので、キロ八十万前後の価値となる。

 ふむ。

 買い叩かれたわ。


「うちのミスリルの在庫はまだかなりあるよな?」

「はい。幸いなことに、スターゲイザーにかなりの備蓄がありました。それと、イスカンダル曰く、ミスリル程度なら【アクシア】で生成可能だそうで」

「いきなりミスリルの価値が暴落したか。まあ、それならキロ百万を上限に、価値のすり合わせをしておくとして……やっぱり日本円が手に入らないなぁ」

「これでは、大通り公園の焼きとうもろこしが買えませんね?」

「焼きトウキビな、とうもろこしじゃなくトウキビな、ここ重要だから、試験に出るからな」


 神の眷属になろうとも、こだわりを捨てない北海道民でありたい。

 ここも重要な。


「まあ、諦めて金を取り扱ってある店舗で売るしかないのでは?」

「そう言う店に売る時は、身分証明が必要なんだよ。アマノムラクモの乗員許可証じゃダメなんだよなぁ」

 

 ふと考える。

 変に身分証明を作ったところで、必ずどこかでバレそうな気がする。

 それなら、バレたらバレたで、迷惑のかからない人の身分証明書を偽造するか。

 そんなのあるかって?

 あるんだよ。


「オクタ・ワン、俺の記憶の中から、免許証についてのデザインデータを引っ張り出してくれ。ヒルデガルド、日本に潜入した調査員に連絡して、日本の免許証に使われているフィルムその他を入手できるか確認よろしく」

『ピッ……ミサキさまの免許証を作るのですか?』

「まあ、俺と言えば俺。作る免許証の名義は【天童幸一郎】、かつての俺の免許証だよ」


 そう説明してから、俺は次の作業に入る。

 外見を変化させるための魔導具を作るんだよ。


『ピッ……エグいことをしますね』

「自分の行動パターンなんて把握済みだからね。俺が仕事で出社している時間帯に、換金して仕舞えばいい。幸いなことにイーグル金貨は毎年発行されている金貨だし、日本でも専門店で購入できるからさ」

『ピッ……まあ、それならば問題はないかと』


 悪いな、もう一人の俺。

 すまないけれど、俺の欲望のために犠牲になってくれ。

 どうせ金貨を四枚程度換金したところで、誰でもやっていることだから問題はあるまい。


「マイロード。ものすごい悪人顔になってますよ?」

「おっと。それじゃあ、俺は魔導具作ってくるからさ、札幌市の金貨取り扱い店から評判のいいところを選んでおいてくれるか」

「かしこまりました。地図も印刷しておきます」


 仕事がしっかりしていて助かるよ。

 さて、それじゃあ本能の赴くままに、変装用の魔導具を作りますか。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 イギリス南部。

 ソールズベリーにある賢人機関のオフィス。

 巨大な門によって囲まれた施設は、まるで軍事施設かと思えるほどの厳重な警備によって守られている。


 正式名称こそ『ハーミットエリア』と呼ばれているが、人々はこの場所をもう一つの名前で呼んでいる。

 現代における、奇跡の集大成、【アヴァロン】と。


 その中心にある研究施設では、賢人機関の主要メンバーによる会議が行われている。


「……これが、シャンポリオンが異星人から受け取った謎の鉱石か」


 丸テーブルの中央に置かれている銀色の球体。

 すでに施設内の研究機関によって、さまざまな解析作業が行われていた。

 その結果の報告が、行われているところである。


「融点3000度の鉱石。沸点に至ってはまだ未解析状態…… 展性と延性、金属の性質を保ちつつも、未知の元素結合により構成……」

「御伽噺にも程があると言いたいところですが、この金属は生命体に対して様々な反応を示しています」


 一人の科学者がミスリルを手に取って掌に乗せる。


──フワッ

 すると、ミスリルが静かに、少しだけ浮かんだのである。


「……どう言う理屈なんだ?」

「さぁ? 反応的には常温超伝導に近いかと思いますよ。反応対象が生命という点で、おかしいとは思いますが」

「エネルギーを発している可能性もある。その辺りは?」

「まあ、発しているといえば、発しているのでしょうね。何を発しているのか知りませんが」


 笑いながら説明する研究者に、アルバートは呆れたような顔で手元の資料をみる。


──────────────────────

1.展延性

 金及び銀よりも展延性に優れており、圧延すると0.02ミクロンの箔膜状に加工することが可能である。


2.色

 白銀色。可視光線に対する反射率は93%、現存する地球上の金属を越える光の反射率を持つ。


3.熱線の反射率

 赤外線に対する反射率は100%。

 

4.熱伝導率

 熱伝導率は0.07W/m・K(0℃)から変動。

 金属としてはあり得ないほど熱を通さない反面、周辺環境により銀よりも伝導率が高くなったという報告もある。


5.電気抵抗率

 未確認。

 全く対抗しないかと思う反面、完全な絶縁能力を発揮した例もある。


6.電子ボルト(電子親和力)

 未確認。


7.常温時効と合金

 現時点での、ミスリルによる他の金属との合金化は不可能。

 なんらかの触媒が必要かと思われるものの、それがなんであるかは今後の研究次第。


────────────────────────


「本当に、御伽噺の世界だな」

「まあ、ノイマンの言う通りだと俺も思うよ。でも、このミスリルを宇宙船の外壁に使えたとするなら、理論上は他の星系への旅行も不可能じゃないとは思わないか?」

「アルバート……このミスリルをどうやって加工するんだ? 熱でどうにか緩めた状態で、ハンマーで伸延するのか? この現代で鍛冶屋を探せと?」

「そもそも、このミスリルが手に入らないだろうが」

「あ〜、二人とも落ち着いて。まずは、このレポートの内容の精査なんだろう? そんな可能性の未来の話じゃなく、現実をどこまで追求できるか、そこから話を進めようじゃないか」


 ノイマンとアルバートが喧嘩腰に話し始めたので、シャンポリオンが間に入って仲裁する。


「「レオナルド、ココアを頼む‼︎」」


 そして同時に叫ぶ。

 心落ち着かせるためには、ココアが彼らの必需品。

 それも一流メーカーのものを好んでいる。


「はっはっ。もう用意してあるさ。それで、シャンポリオン、当然ながら、ただ金貨を手渡しただけじゃないだろう?」

「まあね。あの護衛の服に、こっそりと発信機を付けてあるから」


 これも賢人機関の作り出したオーバーテクノロジー。

 発信機と盗聴器を兼ね備えた代物であり、地球上で電波が届く範囲ならば、どこにいても発見することが可能である。

 すぐさま端末を取り出してモニターに接続すると、シャンポリオンはマイクの部分のスイッチを入れる。


『……お、ようやく気が付いたか‼︎』


 スピーカーから聞こえてくるのは、聞いたことあるような声。

 

「シャンポリオン、この声は、君が会った異星人の声か?」

「ち、違う……けど、何かを話しているようだから、少し様子見かな?」


 ノイズキャンセラーで雑音を取り除く。

 これでクリアな音が聞こえてくる筈。


『……まあ、直接会ったことはないよな。私はミサキ、惑星スターゲイザーの星王だよ。なかなか楽しい盗聴器だけどさ、出力に難があるよなぁ……』


 ここに来て、アルバートをはじめその場の全員の表情が凍りついた。

 盗聴していたと思ったら、逆に聞かれていた。

 いや、そんなことできるはずがない。

 そもそも、受信端末は停止していた筈だからな。


「あ、アルバート……どうしよう」

「ふん、騙されるものかよ。そもそもこっちの端末は停止していたんだから、こちらの声が聞こえているはずはない。偶然、盗聴器を発見したのでかまをかけてきたんだと思って良い」


 腕を組んで、冷静に呟くアルバート。

 そうだ、そんなことは不可能だ。

 いくら相手が未知の異星人だとしても、通電していない端末を遠隔操作することなど不可能。

 それを裏付けるかのように、同じ声がまた聞こえてきた。


『お、ようやく気が付いたか‼︎』

「ほらな。音声が聞こえると言うことは、相手は地球上のどこかに存在する。秘密基地か、それともどこかの軍施設か」

『……まあ、直接会ったことはないよな。私はミサキ、惑星スターゲイザーの星王だよ。なかなか楽しい盗聴器だけどさ、出力に難があるよなぁ……』

「録音データを再生しているだけか。何故、そんなことをしているのかわからないけどな」

「私たちがこの声に気がついて、どのような対処をするのか聞きたいだけでは?」

『お、ようやく気が付いたか‼︎』

「シャンポリオン、一旦、端末を止めてくれ。同じ声が繰り返されるのは不愉快だ」


──パチン

 盗聴器の端末が停止する。

 そしてレオナルドの淹れたココアの追加が配られると、ようやく全員が人心地ついた。


「あの未知の言語は、我々にはもう未知ではない。世界各国の政府機関からは、スターゲイザーを手に入れるために協力してほしいと言う申し出が来ているのは事実、そして我々が取るべき行動も一つ」


 アルバートがグッと拳を握る。


「スターゲイザーを、俺たちのものにする。そのために、世界各国の政府機関にも協力し、転機を見て活動を開始するだけだ」

「俺たちには頭脳はあるが、それを補うための力はない。今の現状は、知識を各国に貸し出すだけだからな」

「その通りだが。すでに宇宙船の建造準備も秒読み段階だ。このままどの国にも悟られずに、計画を進めなくてはならないからな」


 そのためにも、このミスリルを有効に使わなくてはならない。

 その第一歩として、作るべきものも計画も、徐々に進みはじめていた。

 

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