第145話・言葉の壁と、文化の壁
ホワイトハウス南方にモノリスが突き刺ささってから半月。
この間に、ニューヨークの国連本部では、緊急国連総会が開催されていた。
議題は一つ、惑星スターゲイザーとの付き合い方について、どの国が主導として対応するのか。
この選択肢を一つでも誤ると、地球がスターゲイザーによって侵略される可能性もあると、あちこちの国が懸念事項として挙げている。
一方、ロシアやアメリカ、ドイツ、中国といった先進国は、自らが主導権をとって、スターゲイザーから得られるであろう莫大な利権や利益を可能な限り独占したいと考えている。
特に中国とロシア。
今現在の国土では、総人口全てを国内産出資源や食料で賄うことなど不可能。
それならば新たなる大地を手に入れて、希望者をスターゲイザーに移民させるという手も視野に入れている。
「まず、これは決定する必要があります。私たち地球人は、彼らスターゲイザーの人々を受け入れるべきかどうか。少なくともスターゲイザーの住民は、地球を遥かに上まるテクノロジーを持ち、大型の宇宙船により地球とスターゲイザーを行き来することができます」
──ブゥン
正面壇上のスクリーンに、スターゲイザーから飛来した宇宙船や人型兵器、ドラゴンの姿が次々と映し出されている。
それはまさに未知との遭遇、ハリウッド映画など比較にもならない現実の存在。
スクリーンを見た各国代表たちは、あるものは歓喜に震え、あるものは顔を顰めながら壇上の国連事務総長の話に耳を傾けている。
「アメリカに飛来した宇宙船、そこから落とされた謎の金属板。仮称としてモノリスという名前で呼ぶことにしておきますが、そこから異星人が姿を表したのはつい半月前です。そして、彼らが残したメッセージによると、彼らは話し合いをしたいと。この星の代表と話がしたいと言っていました」
──ガヤガヤガヤガヤ
ここで大会議場がざわつく。
あちこちの席では、どの国が代表となるのか、誰が選ばれるのかと周辺の人々と話始めている。
それと同時に、いくつかの国の代表は、自信満々な笑みを浮かべて、事務総長の話を聞いている。
「本来ならば、今ここで地球の代表者を決める必要もあるのですが、私からの提案として、【地球代表団】を選定し、代表団により話し合いを行なって貰いたいと考えます。代表団内部での話し合いについても票が割れる可能性があるので、参加国家は奇数。地球を代表する7カ国で構成したいと思います」
──パチパチパチパチ!!
大会議場が拍手で溢れる。
一つの国ではなく、複数国による代表団ならば、スターゲイザーを一国が独占するようなことはない。
「では、代表団となる国家は何処を選ぶのか。地球内部の論争ならば常任理事国にお任せするのが一番でしょうが、ことは地球の外。新たに選出する必要があります。そこで、ここは投票により決議を行いたいと思います‼︎」
投票は、一つの国に与えられるポイントは2ポイント。
自国には1ポイントしか投票できず、残りは必ず他国に投票する必要がある。
今回の国連緊急総会に参加した国は、193カ国。
ここから七つの国を選定する投票が始まるが、一度では決まることはなく、複数回の投票により選定される。
全ての国のポイントを合わせると386ポイントであり、まず最初の開票時点で、自国以外の信頼を得られない1ポイントの国は外される。
残りの国に対しての投票も同じく、最低得票国(同ポイントも含む)から次々と外されていき、残り十五カ国が決まった時点で最後の投票が始まる。
この十五カ国に決まるまでに四日。
その日の午後、すぐに最後の投票が行われた。
【地球代表団】
・アメリカ合衆国
・ロシア連邦
・中華人民共和国
・ドイツ連邦共和国
・日本
・フランス
・サウジアラビア
そして夕方、地球代表団の国家が発表されると同時に、国連内に新たにスターゲイザーとの協議を行うための【地球外外交理事会】が設立。
地球代表団七カ国による常任代表国と、その他の予否常任代表国十二カ国、そして協力組織として正式に『賢人機関』が新たに選出された。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──アメリカ・ワシントンD.C.
ホワイトハウス南方のモノリス前は、緊張に包まれていた。
『はぁぁぁぁ。この星の大気構成、根本から浄化したいものですね』
『ここまで汚染がひどいとは、いや、
『まあね。しかし、まだこの星の代表は決定していないとは、なかなかに難しい事になりそうですよ』
宇宙服を着て外観を隠しているマタ・ハリと、同じく交渉担当サーバントのケネディ、護衛の李書文の三人は、スターゲイザーからダイレクトにモノリスを通って地球にやってきた。
時折姿を見せて緊張感を高めることと、地球からの申し出があった場合の対応のためにやって来たのである。
この日も、モノリスが点滅したと思ったら、すぐに周辺をアメリカ陸軍が遠巻きに警戒している。
このまま何事もなく、様子を見て帰るだけかと思った時。
『やあ、はじめまして。私の言葉がわかりますか?』
陸軍の一角、壁を破るかのように出て来たのは、背広を着た子供。
まだ13歳のジャン=フランソワ・シャンポリオンが、解析し翻訳を終えた帝国語で三人に話掛けてきた。
『へぇ。私たちの言葉が理解できる人類がいたとは』
『これは予想外に、話し合いが早そうですね』
マタ・ハリとケネディが返事をするものの、李書文は周辺の気の流れを感じ取っている。
(戦意はない……か)
静かに頷く李書文と、それを合図としてマタ・ハリもケネディも警戒を緩くする。
『よかった。私はシャンポリオン。この星の言語学者です。皆さんのメッセージの大半は、私と友人が解析に成功しました。改めてようこそ地球へ』
丁寧に頭を下げるシャンポリオンだが、マタ・ハリは右手を前に出して制する。
『あなたがこの星の代表というのなら、その挨拶は受けます。ですが、そうでない場合、この場に代表のように姿を表した意図を教えてほしいのですが』
スターゲイザーとしても、基本的には地球の代表と話をするというスタンスである。
もしも彼が代表ならば構わないのだが、先程の挨拶からはそのような意図は感じない。
それ故に、この場に姿を表したシャンポリオンの意図を知りたかった。
『あくまでも、代表としか話をしないと?』
『あなたの意図を教えて欲しい。私たちのメッセージを聞いてもなお、代表でないものを寄越したというのが地球の総意であるのなら、これ以上の話し合いは無用となりますが、それで宜しいのですか?』
シャンポリオンが姿を表した理由は、子供のような簡単な思考。
『い、いえ、そのような意図はありません。私は、私が解析に成功した皆さんの言葉が通用するのかどうか、知りたかったのです。本当に好奇心だけであって……』
思わず狼狽するシャンポリオン。
本当に好奇心だけで、この場に姿を表したのである。
『なるほど。では、少しだけ友好的にお話しするとしましょう。発音にやや問題がありますが、概ね理解できます。固有単語は変換できなかったようですが、日常会話程度なら問題はないかと』
『そ、そうですか。ありがとうございます‼︎』
目を丸くして驚いたのち、シャンポリオンは深々と頭を下げる。
『君のように好奇心で動くと、纏まるものもまとまらなくなる。危険分子として排除することも可能だったのだが?』
あえて脅して見せる李書文にも、シャンポリオンは深々と頭を下げた。
『はい。たしかに私の行いは間違っています。この場を借りて、深く謝罪申し上げます』
『自分の否を認め、頭を下げる。それが謝罪の形ならば受け入れよう』
『ありがとうございます‼︎ それでですね……お願いがありまして』
すぐさまシャンポリオンは、三人に向かって改めて話を始める。
『そのモノリスを通ることで、スターゲイザーに向かうことができるのですよね? 私を連れていってくれませんか?』
『そうね。どう思う?』
『地球人の肉体構成を再構築するデータベースがない以上、君はモノリスを通じてスターゲイザーに到達した時は、原子に分解されているだろう。まだ、早い』
『そ、そうですか……』
ガッカリと肩を落とすシャンポリオン。
『そうだなぁ。君は、スターゲイザーに来て何が知りたかったんだ?』
『はい、この地球に存在しない何か、それを知りたいのです』
『どう思う?』
『そうね。我が主人から預かっていた“手土産”があったわよね? それを少しだけ分けてあげたら?』
マタ・ハリに促されて、ケネディがモノリスに近寄る。
そして小さな金属球を取り出してから、それをシャンポリオンに手渡す。
『これは?』
『ミスリルといえば、この世界でも通用すると学んだが。理解できるかな?』
『あ、は、はい、それじゃあ、私からも……』
ガサゴソと服のポケットを探す。
予め、何かあった時のためにと、ポケットの中には金貨が数枚、用意してあった。
何処の国でも、金貨ならば換金は容易い。
デジタルマネーを一切信用しないシャンポリオンならではの発想が、ここで役立ったのである。
──ジャラッ
取り出した金貨は四枚。
それをマタ・ハリやケネディではなく、李書文に手渡す。
『これはなんだ?』
『私たちの星、地球の貨幣経済の一つです。金貨といって、高額な貨幣として取引に使われます』
『通貨や貨幣は、私たちの星でも存在するから理解できる。金貨か、ありがたく受け取っておこう』
『それじゃあ、私たちはこれで失礼するわ。次に来るときには、星の代表が決まっていることを期待しているわね』
それだけを告げて、マタ・ハリたちは虹色に輝くモノリスの向こうに消えた。
そして輝きが虹色から銀色の光沢に切り替わったとき、シャンポリオンはニンマリと笑いながら、ポケットの中に仕込んであった録音機を取り出す。
「まあ、この外見なら色々と油断してくれるとは思っていたけど……ってあれ?」
手にした録音機の表面には、幾つもの裂孔が空いている。
シャンポリオンが近寄ってきたときに、すでに李書文が『魔力放出』により、録音機を破壊していたのである。
「……今回は、私の負けかぁ……まあ、ミスリルとやらが手に入ったことだし、アルバートたちにいいお土産ができたよ」
笑いながらその場を離れるシャンポリオン。
すぐさま待機していた賢人機関の車両に乗ると、急いでアルバートたちの待つ研究所へと向かう事にした。
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