第139話・セカンドコンタクト

──ピッピッピッ

 あいも変わらず、地球からの電波は届く。

 眼下に広がる青い地球は、我が故郷。

 とはいうものの、だんだんうざくなってきたのも事実。


「……降りるか」

『ピッ……現在のカリヴァーンならば、単騎で地上を制圧することなど容易いかと』

「まあ、俺もそんな気がするけど、絶対にやらねーからな」

『ピッ……警告は計画的に』

「そもそも会話が成立しないだろう? だから魔法で介入することにするわ」


 そうオクタ・ワンに返信を返してから、カリヴァーンを地球に接近させる。

 敢えて国際宇宙ステーションの真横近くを低速で通り過ぎ、俺が地球に降下する姿を見せつける。


 さて、どこに降りるのが正解か。

 ここはやっぱり、アメリカだろうなぁ。


………

……


 国際宇宙ステーションでは、今しがた見た、信じがたい映像をNASAに生中継している最中である。

 つい半月前に起きた、巨大なドラゴンの襲来。

 それを静止した謎の人型機動兵器が、国際宇宙ステーションの真横を通り抜けて大気圏に降下していく。


「あ、あの速度で降下したら、燃え尽きるだろう‼︎」

「観測カメラでは、そのような素振りは見えません。恐らくは地上でもカメラは回っているかと思われますが、どう考えてもあれはあり得ませんよ‼︎」

「大気圏突入角度は? それと加速度から機体にかかる負荷を割り出せるか?」

「角度……大気圏に向けてほぼ垂直、速度はマッハ23です」

「観測器がいかれたのか? そんな事できるはずがないだろう‼︎」


 常識的に考えるなら、人型機動兵器は圧縮熱により燃え尽きている。

 それが燃え尽きる事なく、真っ直ぐに垂直落下しているのである。


「急いでNASAに通信‼︎」

「了解‼︎」


 すぐさま国際宇宙ステーションからNASAに連絡を飛ばすが、同時刻、NASAはさらに信じられない映像を目の当たりにしていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──ザワザワザワザワ

 ワシントンD.C.

 ホワイトハウス周辺では、信じられない光景に多くの市民が立ち止まり、空を仰ぎ見ている。


──ヒュゥゥゥゥゥン

 雲を貫く光。

 その中に、巨大な翼を広げ、腕を組んで降りてくる巨大な人型機動兵器。


 もしもカリヴァーンの機体色が黒ならば、恐らくは悪魔とも呼ばれていたかもしれない。

 もしもカリヴァーンの背部スラスターが鳥の翼のような形であったなら、天使と呼ばれていたかもしれない。


 天使の姿に悪魔の翼。

 それが腕を組み、ホワイトハウスの上空から降りてきた。

 すでに州軍及びアメリカ空軍は迎撃体制に移行、ホワイトハウスの周囲に展開し、何時でも戦闘に突入する覚悟はできている。

 都市部では警察がパトカーで走り回り、市民の避難誘導を行なっているところであるが、それにも従わずにホワイトハウスの近くに人々が集まり始めていた。


「カリヴァーン、超空間通信モードに換装。通信回線を地球圏全チャンネルに切り替えた上で、フルオープン」

『了解』


 ふぅ。

 緊張しますなぁ。

 これから俺がやるのは、宣戦布告ではない。

 あくまでも『忠告』。

 それに従わない場合は、それなりの対応をするだけ。


「外部スピーカー、オープン。俺の言葉を自動翻訳で通信波に流し込め」

『日英米仏独伊露ヘブライアラビア中国……国連常任理事国プラスアルファに自動変換』

「さらに、全周囲に念話モード‼︎」

『念話? それはまた、厳しい』

「俺に?」

『いえ、周りの人たちに。まあ、やりましょう』


 これで、お膳立てはオッケー。

 マイク片手に深呼吸。

 か〜ら〜の。


『私は、惑星スターゲイザーの星王であるミサキだ。地球人に警告する。今すぐに、我が星に対して電波を放出することを禁止する。我らに連絡を取ろうとする気持ちは理解できるが、正直なところ迷惑である』


──カチッ

 一拍。

 マイクを切って深呼吸。

 コクピット内モニターでは、周りの人たちが周囲を見渡しながらカリヴァーンを見上げている姿が見えるし、何よりホワイトハウスのベランダでは、パワード・ブレンダー大統領が体を乗り上げながらカリヴァーンを見上げている。


 いや、大統領、逃げてないの?

 なんで?

 ここは逃げるでしょ、普通は。

 どれだけ肝が座っているのかと、小一時間ほど問い詰めたいところだか。



『ほほう、惑星アマノムラクモではなく、スターゲイザーなのですね』

「まあな。まだ、アマノムラクモとは名乗らない。それに、俺にとってのアマノムラクモは機動戦艦だからね。惑星アマノムラクモだって仮称だったし、正式にスターゲイザーに切り替えてもいいと思っているからさ」

『賢明ですね。それと、今しがた解析が完了しました。あの大統領は影武者ですね。本人は地下の核シェルターに避難しています』

「え? あの地下にそんなものがあるの? 初耳だわ」

『普通は公開するはずありません。私のセンサーだからこそ、確認できました』

「へぇ。そういう事かぁ」


 さすがはカリヴァーン。

 俺の予想の上をいく仕事をしてくれるわ。


──カチッ

 それじゃあ、俺は俺のやるべきことをやるために、再びマイクのスイッチを入れる。


『繰り返す。我々は、この地球に対して害意を持ってはいない。速やかに電波を止めよ‼︎ さもなくば、我が星のドラゴンが再び、この地に襲来するかも知れぬ。私は警告した、故に、次は止めない……』


──カチッ

 マイク、切る。


「さて。カリヴァーンに向かっての問いかけや通信は来ている?」

『はい。アメリカ政府からです。繋ぎますか?』

「繋がなくていいよ。まだ、そこまで近くに行きたくないからさ」


──カチッ

 再度、マイクを入れる。


「この星が発する電波は、ドラゴン達にとっては嫌悪感そのもの。故に、彼は強硬に出たに過ぎない。君たちが先に仕掛けてきた事だからな……繰り返す……」


 もう一度、同じ言葉を綴る。

 それを三度。

 時折カリヴァーンのポーズを変えたり、向いている方向を切り替えたり。

 最後はホワイトハウスの庭、最も大きいサウス・ローンの噴水の近くに着陸すると、ホワイトハウスに向かって睨みつけるような仕草をする。


「もしも、私たちに連絡をしたいというのなら、今から伝えるコードを解析してみるがいい。それは、ここから少し離れた場所にある監視衛星への通信チャンネルだ。では、この地球の判断を期待する」


──カチッ

 通信終わり。

 

「カリヴァーン、ゆっくりでいいから上昇開始。そのまま大気圏を越えて二十五号監視衛星まで移動してくれるか?」

『了解』


 これで地球に用事はない。

 監視衛星まで戻ってから、対地球圏用チャンネルの再設定を行うか。

 そのあとは、もう用事がないので、アマノムラクモに帰還するだけ。


 グッバイ地球。

 今度来るときは、堂々と買い物に来るからな。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アメリカ・ホワイトハウスに姿を表した未知の人型機動兵器改め、アマノムラクモのロボット。

 そこから発せられたミサキのメッセージは、全世界同時通信によって各国政府にも届けられる。

 そして、各国の宇宙技術研究部門に対して、惑星X改め惑星スターゲイザーに対する指向性電波の発信を停止。

 このまま続けていると、最悪はあのドラゴンが自国を襲う可能性があることに気がついたのである。


 政府は、カリフォルニア州の施設に対しての襲撃はその見せしめと思っていいと判断した。


 それと同時に、ミサキが送りつけてきた未知の文字配列による通信コード、『スターゲイザー・コード』と名付けられたそれは、各国の研究部門で早急に解析作業が開始された。

 だが、その文字が何を示しているのか、一体どこの国の文字なのか、誰も全く見当がつかない。

 

………

……


──日本・JAXA

 宇宙開発の第一人者たちが集まって、スターゲイザーコードの解析を続けている。

 日本が誇るスーパーコンピューター『富嶽百景』を駆使してもなお、未知の文字配列を日本の数字に変換することができなかったのである。


「……分からない。全く理解できない」

「そもそも文字が何を示しているのか、言葉なのか、ものなのか、それとも組み合わせて言葉となるのかという部分すら不明だ」

「……他国では、どのような解析が進んだのか興味がありますが、各国の研究機関に共同で解析を提案したらどうでしょうか?」


 月面有人着陸のプロジェクトメンバーのリーダーである飯田知嗣は、やややる気なさに集まったメンバーに提案する。

 本来ならば、彼を含む五名のメンバーは、国際月面調査ステーション『ゲートウェイ』に向かい、日本初の月面着陸を行う予定であった。


 だが、惑星Xの出現によりプロジェクトは中断、さらには突然地球に飛来したドラゴンによりゲートウェイのモジュール接続フレームが悉く破壊されたのである。

 ここにきて計画は無期限中断となり、飯田を含むメンバーは惑星X調査・解析班に編入されたのである。


「まあ、その手も考えているんだが、日本政府からは、もう一つの案件も上がってきていてなぁ」


──ブゥン

 惑星Xプロジェクトのチーフである五反田が、モニターに別のデータを映し出す。


「あの人型兵器のパイロット……ミサキとかいう声の話では、カリフォルニアを襲ったドラゴンは、特定波長を好まないという話だそうだな」

「通信では、そう説明していたが」

「そこで政府からの依頼は一つ。なんとかしてドラゴンを捕縛したい。そのためにドラゴンを無力化できる波長を割り出してほしいと」


──ポロッ

 咥えタバコが口から落ちる。

 慌ててテーブルから拾い上げて咥えなおすと、飯田は一言。


「政府は何を考えているんだ? 相手はゴジラじゃない、映画の世界じゃないんですよ? やってみてダメでした、ドラゴンが暴れましたじゃ済まないんですよ?」

「それぐらいはわかっているさ。ただ、いつ、またあれが来るかも分からないから、対策だけはしっかりとしておきたいらしい」

「それなら忌避波長を調べ出して、追い出した方が無難です。なんで捕まえたいんですか?」


 そんな危険を冒す必要はない。

 ドラゴンが来ないように、日本は惑星スターゲイザーに向かって電波を送ることを止めればいいだけ。

 その話はすでに着いたにもかかわらず、今度は捕獲のためときたものだ。


「上の意向など、俺が知るはずないだろうが。どうせ月着陸は不可能になったんだ、このチームでプロジェクトを行う、これ決定な‼︎」


 半ばやけくそに叫ぶ五反田チーフ。

 流石に月着陸チームも呆れてものが言えなくなってしまっていた。


「はぁ。未知の文字解読と、ドラゴン捕獲のための波長集計……うちは宇宙開発が仕事じゃなかったのですか?」

「その宇宙開発が頓挫してんだよ。明日から本格的に始まるからな」


 かくして、日本政府からの依頼により、JAXAに『対ドラゴン捕獲作戦チーム』が新設することになった。

 メンバーには自衛隊各部隊からの精鋭を始め、動物学者や植物学者も加え、本格的なチームとして研究が始まったことは、いうまでもない。


 

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