第119話・出迎えとお迎えと

 アマノムラクモが迎えにくるまで、のんびりとソロキャンモード。


 どうにか陸地に上陸したものの、あと三日はこの場所で過ごさなくてはならない。

 まあ、|無限収納(クライン)の中には、いろいろなものが収めてあるので、暇を潰すには十分なんだが。


 海岸線の丘の上にある廃墟を根城にしようと思ったのだが、すでに先約あり。

 いつぞやの帝国兵士たちはここに流れ着いたらしく、廃墟をキャンプ地として活用しているようだ。


「……まあ、あそこには近寄らないほうが無難だな」


 そう考えてのんびりとしていると、頭の中に声が聞こえてくる。


『小さきものよ…鍵は揃ったのか?』

「やあハストゥール。おかげさまで、三つの鍵が揃ったよ、ありがとう』

「礼を言われる覚えはない。そうか、残りは水の鍵だけか。鍵の融合は終わっているのか?」


 その質問に答えるために、|無限収納(クライン)から鍵を取り出して掲げる。


「ほら、あとは水の鍵だけだ。まあ、無くてもどうにかできるって思う……うん?」


──ズザザザザザザ

 鍵を掲げた瞬間、目の前の海が真っ二つに割れる。

 これってあれだよ、海に嫌われた偉人、モーゼ。

 海底がむき出しになり、幅3mの道ができる。


『では、最後の鍵だな。このまま進むがいい』

「はぁ。あの海底神殿に向かうのか」

『違うな。海底神殿の先にある』

「先? まだ何かあるのかよ。そこに向かうために道を作ってくれたのか?」

『違うな。道ができたのは鍵の力だ。小さきものは、鍵の主人として認められただけに過ぎない』

「なるほど。つまり、力尽くで鍵を手に入れても、道はできないと」


 おそらく頷いているのだろう。

 肯定の意思を感じたので、俺は鍵を手にしたまま道を進む。

 最後の鍵を手に入れるために。


………

……


「海底神殿って、こんな感じか」


 半日ほど歩いていると、ようやく海底神殿に到着する。

 例の五箇所の巨大な門も、しっかりとある。

 その門の前までやってくると、手にした鍵が静かに輝きだし、何かと共鳴を始めていた。


──キィィィィィン、キィィィィィン

 

『かしこきものよ、鍵を求めてきたのか?』

「うぉっ‼︎ いきなりきた」


 頭の中に聞こえる声。

 それはハストゥールのものではない。

 もっと猛々しく、それでいて魂をガッチリと握りしめられている感覚。


『かしこきものよ、我が問いに答えよ』

「ああ、俺は鍵を必要としている」

『そうか。ならば、我が問いに答えよ。風は、其方をなんと呼んだ?』

「ちいさきもの、だ」


 ふむ、これが最後の試練ということか。


『かしこきものよ、大地は、其方をなんと呼んだ?』

「かよわきもの、だ」


 神々が俺を呼んでいた言葉。

 それがなんの意味があるんだ?


『かしこきものよ、炎は、其方をなんと呼んだ?』

「やさしきもの、だ」

『では、最後の問いだ。其方はなんだ?』

「え、ん? は? 俺はミサキ・テンドウだ」

『答えとしては、不十分だな。正解だが、正しくはない……』


──キュンッ

 すると、目の前の門の一番下、海底と接している部分に、人が通れるぐらいの扉が開く。


『かしこきものよ、答えを求めなさい。先程の答えは不十分すぎる。神を前に隠し事は不可能』

「え? どういうこと?」

『この都市は、鍵を求めやってきたものの終焉の地。鍵を必要としないなら、振り返って陸に帰るが良い』

「つまり、答えはここにあるのか?」

『さぁ。我は水の鍵を守護する旧神クトゥルフ。ようこそ我が都、眠れるルルイエへ』


 うわぁ、聞きたくなかったなぁ、その言葉。

 SAN値がピンチになるよ。

 まあ、ここに入らないと、恐らくは鍵が手に入らないどころか、ここまで集めた鍵の全てが消滅しそうな感じがする。

 ここは勇気を振り絞って、一歩、踏み出すことにしよう。


──スッ

 扉を開けて中に入る。

 よかった、酸素は正常に存在する。

 開けた途端、水のなかってことはない感じだな。


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 そして俺がルルイエに入った途端、先程まであった海底の道が消滅する。

 左右の海水の壁が押し寄せ、濁流の如く道を飲み込んでいく。


「……こっわ。あんなのに飲み込まれたら、確実に死ねるわ。さて、と、ここがルルイエなんだなぁ」


 よくあるSF小説や漫画だと、ルルイエってとんでもない都市群のイメージしかない。

 異常極まりない、非ユークリッド幾何学的な外形を持つ多くの建造物って説明が、よく似合うよ。


「見ていて不安になる建物ばかりだなぁ……近未来的かと思うと、角度を変えると古代神殿に見えてくるし……」


 物質的な歪みでは無く、時間と空間の歪み。

 並行世界の中の、歪んだ平行線。

 なんというか、まさに『言葉にするには難しい』世界を、俺は散策しているんだな。


 どの建物も扉は開いたまま。

 中に入ってみると、つい今し方まで人が住んでいた雰囲気と、人が踏み入らない廃墟の雰囲気が交雑している。


「本がある……どの国の言語だ?」


 適当な書物を手に取って、開いてみる。

 そこに書かれているのは、どこかの国の童話。

 ほら、骨を咥えた犬が、橋の上で川に映った自分に吠えるあれ。

 他にもページをめくってみると、千夜一夜物語も書かれていたり、アンデルセンやグリム童話、さらには日本の昔話まで、さまざまな物語が記されている。

 たった一冊の本に。

 

「え? この本って、300ページぐらいだよな?」


 開き直してパラパラとページをめくっていく。

 十、五十、百……。

 二百五十、三百、三百五十。

 いくらめくっても、終わりがない。

 

「これって、どういう理屈なんだろうか?」


 他の本を見ても、内容は同じ。

 いや、違う。

 俺が手に取った本の内容が、同じになっていく。

 

「……この本って、持ち主が求める答えが記されている本なのか?」

『かしこきものよ。それは|神々の書庫(セラエノ)。手にしたものを、答えに導く』

「これ、貰っても良い?」

『構わん。ルルイエに到達したものは、それを手に入れる資格がある』

「いくつか質問しても?」

『答えは、自らの力で探すが良い』


 ですよね〜。

 まあ、|神々の書庫(セラエノ)が手に入ったので、一冊は|無限収納(クライン)に収め……入らない。


「なん……だと? この俺の|無限収納(クライン)に収められない代物だと?」


 思わず驚いたけど、まあ、そういうものもあるよね。

 それよりも、今は答えを探すだけ。

 この本に、答えがあるんだろう。


「俺は正解だが不正解。『ちいさきもの、かよわきもの、かしこきもの』。そしてこの本が童話の世界を記している……答えはなんだ?」


 頭を捻る。

 まあ、ここにくることなんて、誰にもできないだろう。

 幸にしてアマノムラクモが到着するのは三日以降先だから、いまはじっくりと考えてみることにしよう。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る