第57話・深淵からの挑戦・タイムカウントからの反撃準備?

 月の槍が地球に到達するまで、あと145日。


 未だ対策は行われず、日夜会議が続けられている。

 今回のようなケースに対応するために、NASAは2016年に惑星防衛調整室を設置し、地球圏に降下してくる巨大隕石の対応策を協議してきた。

 

 だが、今回のようなケースの場合、準備に時間が足りないというのも事実である


「ロケットを飛ばしてぶつけることで、軌道を大きく変化させることができるのでは?」

「あの質量に対して必要なロケット数を確保できるのか?」

「わずかの軌道変更では、地球の重力源に引っ張られて再突入する恐れもある。確実に軌道を変えなくてはならない」


 などなど、様々な対応策が行われ、民間ロケット会社や世界中の宇宙開発機関にも、すぐに打ち上げられるロケットはないか情報を集めている。


 そんな中、アメリカの民間宇宙開発事業団『ギャラクシーファルコン社』が、建造中の観測衛星射出用ロケットを月の槍にぶつけるように提案。

 完成までまだ一月も掛かるため、まずはその案を採用し保険にいくつかの国にも打診を行なっているところであった。


………

……


「ギャラクシーファルコンのロケットが完成した時点で、残り100日を切る可能性が高い。あの月の槍に射出するロケットを打ち出してくれる国は、いないのか」


 NASA責任者のトーマス・ジョイマンはモニターを眺めている。

 いくつものモニターの一つには、明らかに地球に向かって飛んできている月の槍の映像が映し出されていた。


「まだ、我々は宇宙については赤子のようなものです。ハイハイが終わって、ようやくつかまり立ちができるようになったと思ってください」

「深淵の世界は、まだ我々を受け入れてくれないというのか……」


 トーマスが目頭を抑えながら、天を仰ぐ。

 NASAの取れる打開策は、今はない。

 地球上の弾道ミサイルなどで迎撃するとしても、理論上到達可能な高度は300km、そこで失敗したとなると、そこからのリカバリーはほぼ不可能。

 ゆえに、弾道ミサイルの使用は最後の切り札として使うか、それこそ一度に複数の弾道ミサイルを一斉に打ち上げるかの二択である。


「急ぎ弾道ミサイルを改造して、地球回りの衛星軌道にのせてから、第2段階の追加バーニアで月の槍がやってくる軌道に乗せる……実験もなく、実践導入となるか……」


 モニターの一つには、国際宇宙ステーションからの映像が流れている。

 その隣のモニターは、本来はゲートウェイからの映像が流れていたはずなのだが、現在は国際宇宙ステーションから月を監視する映像に切り替えられている。


──フッ

 その国際宇宙ステーションからの映像、ちょうど地球を映し出している画面の隅を、何かが横切っている。


「……あれはなんだ? まさか月からの攻撃か?」

「いえ、アマノムラクモの観測用マーギア・リッターです。現在の地球を巡る周回軌道外での観測だそうで、どの国の衛星の邪魔にもならないそうです」

「……そうか……ん?」


 横切って消えたマーギア・リッターが、再び画面に戻ってくる。

 そして国際宇宙ステーションに向かって手を振ると、また画面の端に消えていった。


「……あの国の宇宙開発技術は、我々の予測を超えているか」

「ええ。今回の月の槍の件、アメリカ国防総省は最終的にはアマノムラクモに排除要請を行うことが決まりそうです」

「まあ、人外の存在には、人外の技術か。地球は、アマノムラクモにどれだけの支払いを請求されることか」

「ロケット数機分ぐらいは、ぶっかけられそうですが。でも、最後の手段という連絡しか受けていませんし、アマノムラクモへの打診は行っていないようです」


 まずは意思の統一。

 何でもかんでもアマノムラクモに頼らないというスタンスを、アメリカは貫く。

 自国のことは自国で、地球のことは地球で。

 他世界からの来訪者であるアマノムラクモには、極限まで頼らないということをアメリカ議会で決議していた。

 これは、第三帝国動乱後に国連にも通達されており、現在の国連総会でも、アマノムラクモ対策の一つとして挙げられている。


「……神に祈る。今は、そこから始めるとしよう」


 胸元で十字を切ると、トーマスは手元にあるモニターのチェックを再開した。



………

……



「……やはり、我が国以外の落下地点は弾き出されません。あの月の槍の落下目標は、我が国です」


 中国国家航天局。

 北京にある北京航天飛行制御センターでは、幾度となく月の槍の落下地点の算出を続けている。

 そして日が経つに連れて、その落下地点が絞られ始めていた。


「どの位置かは特定できないか?」

「それが……限界まで仮想計測及び軌道測定を行った場合のシミュレーションデータでは、58%の確率で、北京に落下します」

「……計測に誤りは?」

「スペースデブリなどの衝突では、軌道及び速度の変化は認められていません。もっと大きな、それこそ国際宇宙ステーションでも横からぶつければ、軌道が変わるかと思います」


 まさか北京に来るなどとは、予測もしていない。

 アジアのどこか、それが中国のどこかに絞られ、中国東部に変更され、そこからさらに計測した結果が北京である。


「あと145日。北京の市民全てを避難させるとなると、どれぐらいの時間が必要だ?」

「全ては無理でしょう。なんだかんだと理由をつけて、北京から離れない市民がかなりいると思われます」

「そんな奴らは無視しろ、通達を無視して死ぬ奴らなど自業自得だ。生き延びるための措置として、我が国がどこまでできるかだ。報告書を頼む、私はそれを持って首席の元に向かう」

「了解です」


 ここにきて、焦りが現実になり始める。

 中国国家航天局は、この未曾有の危機をどう乗り越えるのか、決断を強いられることになった。



………

……



 北京航天飛行制御センター別棟の研究施設では、今回の月面で発見された未知の車両についての解析が行われている。


 もっとも、サンプルとなるのは月面で回収した、未知の車両のパーツの可能性がある三角形のプレート一枚のみ。

 これとアマノムラクモから受け取ったデータを元に、現在は更なる解析作業が行われている。

 

「……例の月の槍、どうやらこの北京に向かっている可能性が高いらしい」

「報告は聞いているよ。まあ、そっちは別チームが対策を考えているから、うちらはこっちの作業を進めようや」

 

 データを一つ一つ調べていく。

 解析チームが興味を示したのは、謎車両が機械ではなく金属生命体の可能性があるという部分。

 人工知能によるコントロールで動いているという仮説と、それを裏付けるかのような昆虫に似た特定周波数の感知データ。

 まるで蟻の生体を彷彿させるような、神経のような内部システム。この辺りまで来ると、宇宙開発やロケット工学、宇宙工学者では対応できる範囲を超えている。


「昆虫学者でも連れてきた方がいいんじゃないか?」

「前に国際宇宙ステーションに向かった研究員にも、昆虫学者はいましたよね? 確認とって連絡してみます」

「よろしく。しかし、アマノムラクモのレポート通りとして、何故、そんなものが月に存在していたか。このレポートを見る限りでは、アマノムラクモもその真意を掴んではいない」

「仮説として、月面下の基地施設の存在が挙げられていますが、それも現実味がありますよね」

「ほう、それはどうして?」

「あの車両が蟻と似た性質だとすると、巣があり女王が存在しコロニーがあると考えられます」


 淡々と蟻の性質を説明する研究員。

 もっとも、専門ではないため、自分の知る限りの、という断りを入れている。

 それでも、他の研究員たちは興味津々であり、その仮説を様々な視点から考え始めていた。


「蜂だと、女王蜂が巣立つ分蜂ってありますよね」

「ミツバチの巣箱にスズメバチがやってきた時の対応は……」

「仲間の死を理解する、敵対者は排除するのか蟻の性質で……」


 などなど、様々な議論はつきない。


「それじゃあ、このプレートは? 奴らのパーツだとしても、俺はアマノムラクモで調査させてもらったときには、こんなものはなかったぞ?」

「それじゃあ、なんらかのマーカーとか?」

「なんのマーカーだ? 電磁波も何も出ていないのにか?」

「生体金属だというアマノムラクモ説なら、出ないよな。蟻だとするとフェロモンが出ていたりして」

「それを目掛けて、メスが追いかけてくるってか?」


──シーン

 ここで、議論が止まる。

 いや、今の一言で、彼らの胸中には、考えたくない仮説が生まれる。


「……月の槍の落下地点は、北京だったよな?」

「あ、ああ……まさかとは思うが」


──ゴクッ

 息を呑む。


「このプレートがマーカーで、ここに向かっている可能性はどうだ?」

「実験するしかない。けど、どうやって?」

「一旦報告だ、今の会話からレポートを作っておいてくれ、俺は司令部にいってくる」


 突然、慌ただしくなった研究施設。

 今の予測が正しいのかどうか、それはまだ、彼らにはわからない。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 ところ変わって、アマノムラクモ。

 衛星軌道上で宇宙を観測しているサテライト2。

 その中では、及川祐希が郭嘉と共に乗り込み、定期観測を行なっていた。


「あ、ISSですね。手を振ってみていいですか?」

「どうぞ」


 郭嘉の許可をもらったので、及川はサテライト2を操り、軽く右手を振ってみせる。

 ミサキから受け取った、マーギア・リッター操縦用のヘルメットには、『魔力増幅回路』が組み込まれている。

 これを使って及川の魔力を増幅し、郭嘉を中継してサテライト2をコントロールしている。

 以前、グアム島でミハイル空軍少将がマーギア・リッターの体験試乗を行った時よりも、さらにシステムが進化している。


「サテライト2、あの窓をズームして」

『了解です』


 及川の指示で目の前のモニターの一つが大きくなる。そこはISSの窓であり、こちらを見ているアストロノーツが手を振っているのがわかる。


「本当に、この機体は凄いですね」

「基本的には兵器です。でも、ミサキさまは、これを兵器として運用するのはお嫌いですので」

「だから、高感度センサーとか望遠システムが別パーツであるのですね」

「はい。では、定時です、月の観測を開始します」


──ピピピピッ

 いくつものモニターが展開し、月方面の映像が映し出される。

 その画面の一つに、ゆっくりと飛来する巨大な棒が確認できた。


「あれは、ゲートウェイの残骸……ではないわね。拡大できますか?」

「現在が最大望遠です。データは保存しておきます」

「お願い。あと、あの棒状物体の進入軌道は計算できる?」

「少々お時間を……地球に向かって飛んでいます。およそ時速100km、あと149日21時間後には大気圏に突入します」

「それって危険? 燃え尽きない?」

「素材が不明なため、確定予測できません」

「そっか。一応、アマノムラクモに連絡を入れておいてください」

「了解です」


 偶然だが、及川は今、各国で混乱の極みの中心である月の槍を確認した。

 つまり、アマノムラクモが情報を掴んだことになり、ミサキが動く可能性が十分に出てきた。


………

……


『ピッ……サテライト2からの報告です。現在、地球に向かって飛来している巨大構造物が確認できました』

「マイロード、アメリカのパワード大統領からの連絡が届いています」

『ピッ……大統領など無視してください、こちらの方が重要案件です』

「外交は大切です」

「ヒルデガルド、繋いでくれ。オクタ・ワンは観測を継続するように伝えて」

『ピッ……敗北』

「何を落ち込んでいるかなぁ……ミサキ・テンドウだ。今日はどのような用事かな?」


 すぐさまホワイトハウスとの回線を繋いでもらう。


『ご無沙汰しています。急用がありましたので、連絡させてもらいました』

「構わないよ、こっちはのんびりとしているからさ」

『現在、月面から射出された巨大な槍が、地球に向かって飛来しているのはご存知ですか?』


──ピッ

 すぐさまモニターに、サテライト2からの映像が映し出される。


「ああ、それがどうかしたのか?」

『あと150日後には、月の槍はアジアに墜落します。全長30メートル、直径5メートルの物体がですよ?』

「アメリカでは、素材の確認はできているのか? 大気圏突入時の圧縮熱で、全て蒸発する可能性とかは考えたのか?」

『まだ観測データが不十分ですが、少なくとも全てが蒸発すると考えてはいません。現在は、月の槍に向けてロケットを射出しぶつけることで、軌道を変更しようというプロジェクトが進んでいます』


 オクタ・ワンが話したがっていたのは、このことか。たしかに重要案件の一つではあるな。


「それで、アマノムラクモにバックアップをお願いしたいとでも?」

『最悪のケースでは、お願いする可能性がありますので、先に連絡したのですが』

「こちらも、まだ観測したばかりでデータがない。そんな状況での安請け合いはできないので、こちらでも少し協議する。決まり次第、連絡します」

『ありがとうございます』


 これでアメリカとの通信はおしまい。


『ピッ……サテライト2に繋ぎます』

『もしもーし、こちらサテライト2の及川です。ミサキさま、あの巨大構造物の調査に行ってきていいですか?』

「安全面を考えると、あまりお勧めしたくないところなんだが。アメリカからも依頼があったから、いつでも逃げられる準備ができるのならよし」

『ミサキさま、こちらには郭嘉さんがいますので』

「なんだ、及川の担当サーバントは郭嘉なのかよ。よし、行ってこい‼︎」

『ありがとうございます‼︎』


 こっちもこれで通信はおしまい。

 さてと、ちょっと調べるか。


 |無限収納(クライン)から謎車両の人工頭脳を取り出して、掌を乗せる。


「|解析(アナライズ)……あの月の槍についてのデータを知りたい」

『ピピピピッ』


 人工頭脳の中には、細かいデータなどはない。

 ただ、物理エネルギー兵器であり、謎車両と同じく生体金属製。重力コントロールができるという部分は置いておくとして、問題は内部搭載兵器。


「なんだこりゃ、物理エネルギー兵器として落下地点から半径15kmを衝撃波で破壊。のちに搭載されている謎車両で原住民を制圧? 侵略兵器じゃないかよ」


 あの月の槍は、ただの物理兵器ではない。

 惑星侵略用の兵器であり、マーカーを頼りに落下して、落下地点にある文明を破壊する。


「……アジアってことは、中国のアストロノーツは、この前、月面で何か拾ったな? それがマーカーなんじゃないか?」

『ピッ……王氏に尋ねましょう』

「そうだな。ラボに繋いでくれるか?」

『ピッ……接続します』

『はい、王です。ミサキさま、何かありまして?』

「このまえ、お前たちは月で何か拾ったか?」

『ええ。三角形の小さな金属片なら。無人探査機のパーツと思って回収しましたが、どうやらちがうようで。中国に帰ったメンバーが持っていましたよ』

「それだ、サンキュー‼︎」


 よーしよし、パズルのピースが繋がってきたぞ。

 

「オクタ・ワン、今の話は聞いていたよな?」

『ピッ……了解です。中国の宇宙開発機関にこのことを連絡しま……してください』

「なんで俺に頼む? 別に構わないけど」

『ピッ……サテライト2のサポートに回るからです』

「あ、そういうことね。それじゃあヒルデガルド、今の話を中国外相に連絡しておいてくれるか?」

「賢明です。マイロードのお手を煩わせるようなことはしません」

「だと思ったからね」


 これで中国にも連絡は入れられる、

 あとは、中国の判断待ちとサテライト2からの報告待ちだな。

 時間がまだあるけど、逆にあと145日しかないって考えた方がいいよな。

 

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