第15話・潜入部隊と、ゴーレムと

 視察団の人々は、逗留地となる、第一区画にある温泉宿へと案内された。


『万葉閣』


 そう名付けられた旅館の前には、着物姿のゴーレムたちが並んで立ち、お客様の到着を心から待っていた。

 最初は抵抗感の強かった代表たちであったが、部屋に案内されて人心地つくと、ようやく落ち着いて周囲を観察することができた。


──ロシア代表の部屋

 部屋に入ってすぐ、護衛は荷物から小型電波探知機を取り出す。

 室内に盗聴器がセットされていないかを調べるためであり、壁や天井、備え付けの備品に至るまで、全てを調べている。

 その傍らでは、スーツ姿から浴衣に着替え、お茶を入れている代表の姿もある。


「どうだ? それらしいものはあるか?」

「いえ、確認できません。我々の持つ機器では、判別不可能かもしれませんが……なんだこれは?」


 本国に通信を送るために、小型の通信機を取り出して広げる。

 可能ならば、ここのモジュラー端末と接続させたいところであるが、室内の電話はロシア代表たちを驚愕させるだけの力があった。


「モジュラー端末ではない? これは、一昔前の黒電話ではないか?」

「代表、フロントの呼び出しは01と回すそうです。ルームサービスは05、緊急時呼び出しは11と回すようですが」

「……通信用ケーブルは?」

「旧型です。使うなら改造する必要がありますが、その道具は持ってきていません」


 そもそも、通信機器端末が地球のものと同じであるという発想はなかった。

 それでも、ミサキが日本語を話していたという事実を考えるに、地球のテクノロジーのかけらでもある可能性はあった。

 最悪は、高出力の通信端末を持ち込んで使うことまで考えていたのだが、まさか、ここに来て黒電話とは、代表も護衛も考えてはいなかった。


「さて、どうやって本国と連絡をつけるか。GPS通信は可能か?」

「……バッテリーは持ち込んでいます。ただ、荷物の大きさに制限はありましたので、大容量ではありません。使うタイミングを考える必要はあります」

「ん? コンセントを借りてしまえばいいの……」


 そこまで話してから、コンセントの規格が違うことに気がつく。

 ロシアの標準規格は、電圧は220Vで周波数は50Hzである。もしも、アマノムラクモの規格が日本と同じならば、電圧は100Vで周波数は50/60Hz。

 当然、ロシアの電化製品を使うならば、変換アダプターが必要である。

 いくら軍用品といえど、外部電源を必要とすることもあるので、その準備はしてある。

 だが、アマノムラクモの電源システムなど予測がつかなかったのと、全ての国に対応するアダプターなど持ち合わせていないことから、用意はしていなかったのである。

 

「……変換アダプタが必要か。まさかとは思うが、日本規格か?」

「形状は日本製です。アマノムラクモのシステムには、日本規格が多く使われていることは理解しました」

「そうなると、これを作ったのも日本である可能性は十分にあり得るということか。さて、どうしたものか」


 代表が腕を組んで考えていると、警護は黒電話を回してフロントに繋いだ。


『はい、こちらフロントです』

「ロシアの家電を使いたいのですが、変換プラグを用意していなかったのですよ。貸し出しはありますか?」

『はい、ございます。お一つでよろしいですか?』

「二つ、お願いします」

『かしこまりました。今、部屋までお届けしますので、お待ちください』

「いえ、こちらからフロントまで伺いますので、失礼します」


──チン

「フロントでレンタルできるそうです。私は、偵察がてら館内を見てきますので」

「……わかった、よろしく頼む」


 警護の対応のうまさというよりは、慣れなのだろうと代表は考えた。

 よくよく考えてみると、彼は警護として同行しているが、所属は『ロシア特殊作戦軍』。

 潜入工作から暗殺まで、様々な任務を経験している歴戦の兵士である。

 ここは、彼に任せるとして、代表としては、今後どのような形でアマノムラクモを見ることにするか、色々と策を練り始めていた。


………

……


「こちらが、ロシア規格とアマノムラクモ規格のコンバータです」


 フロントにやってきたロシアの警護は、手渡された変換アダプターを見て思考を巡らしている。

 どう見ても日本規格に変換するタイプ。

 つまり、アマノムラクモは日本が関与している可能性がある。


「これは、日本規格なのですか?」

「いえ、アマノムラクモ規格です。アマノムラクモは魔力エネルギーですので、それを地球規格に切り替える必要があります。詳しいことについては、お部屋に備え付けてある案内書に記されていますので」

「わかった、ありがとう」


 フロントに礼を告げて、警護は部屋へと戻る。

 その途中、彼は信じられないものを見た。

 ロビーの一角にある、公衆電話エリア。

 他国の代表や警護が、並んで順番を待っている。

 すぐさまフロントへと引き返すと、その場にいたコンシェルジュと話を始める。


「あの公衆電話は、国際電話が使えるのか?」

「ええ。一度、アマノムラクモのコントロールセンターを通じて接続することができますが。国際電話かといわれますと、違うとしか返答できません」

「では、どうやって連絡が取れる?」

「衛星軌道上の通信衛星に接続します。そこから各地に割り振りますので、接続できない国はないと申しておきます」


 コンシェルジュが、アマノムラクモは堂々と『ハッキング』をしていると告げたようなものである。

 これには目眩を覚えたものの、公衆電話に並ぶ代表たちをみると、今はそれしかないと判断するしかなかった。


「ロシアルーブルは使えるか?」

「こちらでテレホンカードを購入していただければ。購入については、各国の通貨は使えますので、ご安心ください」

「それじゃあ、三枚貰おう」

「ありがとうございます‼︎ デザインは五種類ありますが、どれにしますか?」


 提示された見本から、マーギア・リッターのデザインのものを二種類と、アマノムラクモの上部から撮影した全景のものを購入。

 公衆電話は混んでいるので、また後で来ることにして、一度部屋へと戻っていった。


………

……


 このような光景は、あちこちの国でも起きていた。

 情報収集に必要な機材、その電源確保、連絡のための手段など、数を上げればキリがない。

 だが、その都度フロントで対応してもらえるのと、外出その他についても、必要な情報はコンシェルジュが丁寧に対応してくれる。


 視察団としての本来の任務を忘れそうになるぐらい、アマノムラクモのゴーレムたちによる『おもてなし』は完璧であった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「ははぁ。どの国も情報を集めるのに必死だよなぁ」


 第二層にあるスーパー銭湯のロビーで、俺はオクタ・ワンに頼んでモニターを展開してもらっている。

 基本的な監視映像は、全て艦橋の武田さんと長宗我部さんがモニターしているので、その中から重要度の高い映像を映してもらっている。

 

 画面では、フォーマンセルで動いている特殊部隊が二つ、万葉閣の内部を調査しているところである。

 軽装備の護衛が四名一組で、万葉閣の地下と最上階を目指して動いていた。


「ヒルデ、一つの国につき、一人の護衛だよな。なんでフォーマンセルで動いているんだ?」

「中国は他国に働きかけて、それぞれの国の警護に『特殊部隊・蛟龍』を配備しています。それが活動しているかと思われます」

「なるほどなぁ。護衛は自国民っていう縛りはないからなぁ。それで、中国の特殊部隊さんは、何を調べているの?」

『ピッ……建物の見取り図、設備などを中心に調べているようです。コンセントの魔力変換アダプターを見て、行動を開始しました』


 ほう、あれを見て動くのか。

 さすが中国、先見の明があるなぁ。

 あれって、内部システムを理解した上で、術式をリバースできれば、『電気を魔力』に変換できるんだよ。そこに目をつけたかぁ。  

 まあ、それができるかどうかは、一言でいうと無理なんだろうけどさ。


「マスター、今のまま進行しますと、配電盤のある制御室へ到達しますが?」

「その手前で、誰かに止めてもらって。サポさんじゃなく、ワルキューレの誰かで」

「了解です。ゲルヒルデを向かわせます。抹殺で?」

「いやいや、警告。攻撃してきたら無力化して捕縛して、格納庫に置いてきて。『スタートに戻る』ってプレートぶら下げてきて良いから」


 ぶっちゃけると、特殊部隊とかの作戦や動きについては、データが欲しいところなんだよ。

 うちのワルキューレもサポさんたちも、各個撃破能力ならとんでもない性能なんだけどさ、チームを組ませての戦闘となると、少しは経験を積んで欲しいところがあるんだよ。


「マスターの仰せのままに。目的は?」

「ワルキューレで、特殊部隊とかの団体行動やチームでの戦闘を身につけて欲しい。それをサポさんたちにも教えてあげて欲しいからさ」

「了解です。ゲルヒルデにマスターより勅命。中国特殊部隊との戦いで、相手の動きや戦術を覚えるように」

『こちらゲルヒルデ。中国特殊部隊を教官と思い、こちらの戦闘難易度を下げて対応します』

「ということですので、ゲルヒルデ、よろしくお願いしますね」

『ファッ‼︎ 御命のままに‼︎』


 さて、これで中国特殊部隊のお相手はオッケー。

 ロシアは色々とやっているようだし、他国の代表や警護は旅館から外に出て散策してるし。

 夕食後には、最初の会議も始まるようだから、それまではのんびりとしていますか。

 あ、お土産を作らないと、せっかく、アマノムラクモに来てもらったんだからさ、記念になりそうなものを作りますかね。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 旅館の地下室。

 正確には地下フロアであり、リネン設備や倉庫、備品が収められている部屋がいくつもある。

 その奥にある、関係者以外立ち入り禁止の区画の前で、蛟龍の四名は壁を調べているところである。


──コンコン

「赤より報告、反響音あり。ケーブルなどを通すためのものです。人が入れる場所ではありません」

「こちら白。こちら反響音なし。現時点での探索可能区画は、前方通路奥、封鎖されている扉のみです」

「青より。前方扉前、アンノウン一。排除しますか?」

「黒より伝達。排除しろ」


 骨振動通信により、可能な限り音を出さずに連絡を取り合うと、四人は奥にある扉の前へと近寄る。

 物陰に隠れ、気配を限界まで消し去り、アンノウンに気づかれないように。


「三人。そこまではわかったけれど、一人は完全に気配を消し切ったようね。私が動体センサーをカットした状態でも、そこまで消し切ることができるのは、すごいですよ」


 扉の前のアンノウン、ゲルヒルデが手を叩いて喜んでいる。

 その刹那、ゲルヒルデの両腕が取り押さえられ、背後から頭を押さえつけられる。

 正面からは首筋に向かってナイフを突き立て、まっすぐ横に引き抜く兵士の姿まで見えた。

 動きは繊細かつ大胆、三人が動きを完全に拘束し、一人が喉を切り裂く。

 致命傷であり、かつ、奥声を封じる。

 同時な左右の兵士が腕を折り、前のめりになったところで肘を足首を破壊する。


 相手が一人なら、この戦術で確実に仕留められるのだが、相手が悪すぎた。


「なっ‼︎」


 両腕の拘束、頭を固定、ここまでは良い。

 首筋にナイフを突き立てて引いたものの、皮膚を貫通するどころか傷一つつかない。

 ナイフが横に抜かれたタイミングで両肘を折るはずが、びくりともしない。

 

「うん、普通の人間なら死んでるっすね、大したものっすよ。でも、おかげで理解したっす、君たちの装備では、フォースシールドは貫通できないっすね?」


──ザワッ‼︎

 後方の兵士がゲルヒルデの頭を掴み、力一杯ねじ上げる。

 だが、どれだけ力を加えても、ヒルデガルドの頭は正面を向いたまま。


「3カウント待ってあげるっす。次の手を見せてほしいっすね。い〜ち、に〜い」


──ダッ‼︎

 四人は走り出した。

 任務失敗、敵性存在の排除不可。

 次の判断は逃走、それも叶わなかったら自決。

 過去、幾多の任務を遂行し、数多くの功績を挙げてきた蛟龍の兵士だが、今、この瞬間、初めて、任務の完全失敗を覚悟した。


 走る、走る、走る。

 地上階まで上がれば、人混みに紛れることができれば、逃走できると信じて。


 走る、走る。

 階段まであと少し。

 そこを曲がれば……。


「はーい。チェックメイトっすよ。君が最後っすね。ここまで逃げられるとは大したものっすよ。君が隊長さんですか? それじゃあ、おやすみっす。晚安‼︎」


──ゴギッ

 何かが外れる音がした。

 それが、彼には何かわからない。

 彼を追いかけてきたゲルヒルデは、階段の前で仁王立ちしている。その傍らには、力無く、ぐったりとしている三人の蛟龍の兵士の姿がある。


 そこで、特殊部隊・蛟龍の作戦隊長の意識は途切れた。


………

……


「ここはどこだ?」


 蛟龍の作戦隊長が意識を取り戻したとき、彼の近くには七人の仲間の姿があった。

 どうやら怪我らしい怪我もなく、立ち上がって体の調子や装備を確認している。


「隊長、気がつきましたか」

「ああ……ここはどこだ?」

「我々が乗ってきた飛行機があります。着陸後に案内された格納庫かと思われますが」


 その報告を受けて、隊長は左右を見渡す。

 彼の目には、開きっぱなしの格納庫から外の風景が見える。

 綺麗な青空と、そこに繋がる滑走路。

 そして、綺麗に並ぶマーギア・リッター。

 その名前はまだ、アマノムラクモ搭乗員しか知らない。


「なぜ、我々は生きている? どうして捕縛されていない?」

「そりゃあ、そういう命令っすからね。初めまして、そしてさっきぶりっすね。私はゲルヒルデ、キャプテン・ミサキの指示で、皆さんのお相手をすることになっているっす」


 真っ赤な髪をかき上げながら、ゲルヒルデが挨拶している。


「我々の相手か。公開処刑か? それとも秘密を聞き出すために拷問でもするかね?」

「まさかでしょ? 私はこれから、貴方たちを万葉閣まで送り届けないとならないんすから。あ、そうそう、キャプテンからの伝言っす。『惜しい、スタートに戻る』だそうです。それじゃあ、バスに乗って移動するっすよ」


 蛟龍のメンバーが気づいた時には、すでにバスも用意してあった。

 

「君たちのキャプテンは、何を企んでいる?」

「さぁ? 世界最強の特殊部隊の戦闘力や作戦時の行動力を見てみたいそうですよ? だから、殺しませんって。何度でも挑戦すると良いっすよ」

「戦力の監視か。なら、何度でも挑戦させてもらうとするか。こちらは本気で殺しにいくが、それでも構わないのだな?」

「むしろ大歓迎っすよ。私以外にも、暇を持て余している評議会メンバーはいるっすから」


 そう告げると、ゲルヒルデは市街地へ向かうエレベーターにバスを誘導する。

 そして二十分後には、蛟龍のメンバーは、万葉閣まで送り届けられることになった。

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