第2話 幻となった世直し大明神

おぼえがあろうっ!」


 天明てんめい4(1784)年3月24日、うまこく、それもひるの九つ半(午後1時頃)をまわったときであった。


 若年寄わかどしより田沼たぬま山城守やましろのかみ意知おきとも相役あいやく…、同僚どうりょう若年寄わかどしよりとも昼休ひるやすみがてら、昼食ちゅうしょくるべく、その執務室しつむしつであるつぎ御用ごよう部屋べやから納戸なんどぐちにある若年寄わかどしより専用せんようした部屋べやへとかうみちすがら、新番所しんばんしょまえ廊下ろうかから中之間なかのまけ、そして桔梗之間ききょうのまへとあしれたまさにそのときであった。


 意知おきともたち若年寄わかどしより一行いっこう背後はいごからそのような奇声きせいちか怒声どせいはっせられたかとおもうと、意知おきともかたあつさをかんじた。


 意知おきとも一瞬いっしゅんおのれなにこったのか把握はあく出来できなかったものの、しかしそれもつかぐにられたらしいとさっするや、


条件じょうけん反射的はんしゃてきに…」


 意知おきともしていた脇差わきざしいて、しかしさやかぬまま、背後はいご襲撃者しゅうげきしゃへと振向ふりむいて応戦おうせんした。殿中でんちゅうにてさやいて応戦おうせんすれば、


喧嘩けんか…」


 そう看做みなされて、


喧嘩けんか両成敗りょうせいばい


 その江戸えど幕府ばくふ大原則だいげんそく適用てきようされ、襲撃者しゅうげきしゃもとより、おそわれた意知おきともばっせられるからだ。


 意知おきともはそれをおそれてさやかずに襲撃者しゅうげきしゃ対峙たいじすることになったのだ。


 ところで意知おきともとも道中どうちゅうおなじくしていた相役あいやく若年寄わかどしよりはどうしていたかと言うと、仲間なかまであるはず意知おきともたすけるどころか、意知おきともまさに、


見殺みごろし…」


 そのような格好かっこうにて、桔梗之間ききょうのま意知おきとも襲撃者しゅうげきしゃともりにして、それこそ、


脱兎だっとごとく…」


 中之間なかのまから羽目之間はめのまはりけ、そしておく右筆ゆうひつ執務室しつむしつであるおく右筆ゆうひつ部屋べやへとんだのであった。そのサマはまるでリレーのようであり、とても武士さむらい振舞ふるまいともおもえぬ醜態しゅうたいぶりであった。


 いや武士さむらい振舞ふるまいともおもえぬ醜態しゅうたいさらしたのは彼等かれらばかりではなかった。


 意知おきともおそわれた桔梗ききょうのまからとなり部屋へやである中之間なかのまにかけては大目付おおめつけ町奉行まちぶぎょう勘定かんじょう奉行ぶぎょう作事さくじ奉行ぶぎょうすくなくとも10人以上はいたにもかかわらず、しかしその誰一人だれひとりとして意知おきともたすけようとはしなかったのだ。


 それゆえ意知おきともはたった一人ひとり襲撃者しゅうげきしゃ立向たちむかわねばならず、しかしさやけぬ応戦おうせんには限界げんかいがあり、大目付おおめつけ町奉行まちぶぎょうらに、


見守みまもられながら…」


 桔梗之間ききょうのまから中之間なかのまへとあとじさった。そのかん意知おきともひたいられ、しかし、そばにいた大目付おおめつけ町奉行まちぶぎょうらはやはり見守みまもるだけで、だれ意知おきともたすけようとはしなかった。


 そして中之間なかのまからさらとなり部屋へやである羽目之間はめのままで意知おきともはあとじさると、そこでつまづいてしまった。


おれ愈々いよいよこれまでか…」


 意知おきともはそう観念かんねんして瞑目めいもくした。実際じっさい状況じょうきょう意知おきともにとっては絶望的ぜつぼうてきであり、うらかえせば襲撃者しゅうげきしゃにとってはまさに、


とどめをす…」


 絶好ぜっこう機会チャンスであり、実際じっさい襲撃者しゅうげきしゃすで意知おきともまみれたそのやいば意知おきとも急所きゅうしょをめがけてこうとしていた。


 と、そのときであった。


「ドスンッ」


 たたみみょうおとてたとおもいきや、襲撃者しゅうげきしゃたおれていたのだ。


 いや、そればかりではない。たおれた襲撃者しゅうげきしゃうえにはこれまたみょう風体ふうていおとこ襲撃者しゅうげきしゃおおかぶさっていたのだ。


 どうやら比喩ひゆではなしに、


てんから…」


 そのみょう風体ふうていおとこ襲撃者しゅうげきしゃ頭上ずじょうへとってきたようで、そのさい、そのみょう風体ふうていおとこしり強打きょうだしたらしく、襲撃者しゅうげきしゃおおかぶさりながらしきりにしりをさすっては、いたさのあまりからかかおゆがめていた。


 


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