第42話



「おっと、そろそろ本題に入らないと」


真っ先にケーキを食べ終わった佐倉さんは穏やかな表情から一変して

真面目な表情へと変えていた。


「僕が君のお母さんと再婚を望んでいるのは聞いているかな?」

「はい、母から聞いています」


私の返答に佐倉さんは小さく深呼吸をしていた。


「率直に聞かせて欲しいんだけど、深愛さんは賛成してくれるかな? 君のお父さんにもなるわけだし」


声を震わせながらも佐倉さんは私の顔をジッとみっていた。


私は隣に座るママの表情をみる。


「どうしたの深愛?」


私の視線に気付いたのかママも私の顔を見ていた。


「ううん、何でもないよ」


……あの時みたいに怯えてもいない

むしろ楽しそう。


佐倉さんも見た目は怖そうだけど、物腰が柔らかくて

一緒にいて楽しそうな感じがする。


……あの人とは大違いだ


「すぐに答えるのは難しいかな……?」


私が何も言わないので、不安になったのだろうか

佐倉さんは若干、震えた声をあげていた。


「ご、ごめんなさい! ちょっと考え事をしてて……!」

「もう……人が真剣に話しているんだから」


ママは隣で呆れた様子で私をみていた。


「いいですよ」


私は佐倉さんの目を見て答える。


「ほ、本当かい! よかったぁ……」


佐倉さんは安堵の息をつきながら自分の胸を撫で下ろす。

ママもホッとしたのか、微かな声で「よかった」と呟いていた。


「……けど、いくつかお願いしたいことがあるんです」


私の言葉に佐倉さんは再び顔が強張らせる。


「いいよ、何でもいってごらん」

「絶対にママを幸せにしてあげてください! もし、悲しませたりしたら私——」

「深愛! ここでそんなこと言わないの」


ママは顔を赤らめながら止めようとしていた。

佐倉さんは私とママのやりとりをみて微笑んでいた。


「もちろんだよ、お母さんも……深愛さん両方とも幸せにしてみせるよ!」


佐倉さんは自信満々な笑みで左手で自分の胸板をドンと叩いた。


「……それともう一つだけいいでしょうか?」

「いいですとも! 何でも言って!」


佐倉さんはすごい上機嫌だった。


「……ものすごく自分勝手かもしれないですが、『お父さん』って呼ぶことに抵抗があるんです」


『お父さん』って言葉を口にするたびにあの人のことを思い出してしまう

……二度と思い出したくない元父親のことを


「深愛……」


ママは心配そうな顔で私を見ていた。


「別にいいんじゃないかな? 『お父さん』って呼ばなきゃ家族になれないわけじゃないし」


佐倉さんは迷うことなく即答する。


「ありがとうございます……」


早速、私のわがままを聞いてもらってちょっと申し訳なく思ってしまう。


「よかったわね、深愛」

「うん!」

「でも、何て呼ぶの?」

「たしかに気になるね」


佐倉さんとママは興味津々といった表情で私の顔をみていた。


全く考えてないよー!


私は頭をフル回転させて呼び方を考えていた。


和彦さん……

いや、すっごい他人行儀な感じがするし

こういう呼び方は格式の高い奥様が呼ぶ感じがする!

……ママに合うかはわからないけど


「それじゃ、か、『カズさん』でどうでしょうか?」


他人行儀にならず、砕けすぎないものを必死に考えた結果

この呼び方が出てきた。

……と、いうかこれしか出てこなかったが正解かな。


「『カズさん』か……いいねぇ」


佐倉さん……カズさんはその呼び方にお気に召したようで

何度も口にしながらニヤけていた。


「もう、自分の娘になる子の前でニヤニヤしないでください」


ママがカズさんのニヤけ顔を見て呆れ返っていた。


「深愛さんのぐらいの子から名前で呼ばれることなんてないんだから、このぐらいいいじゃないか」


カズさんは大きな声で笑い、ママは頭を抱えながらため息をついていたけど表情は柔らかく、楽しそうだった。

……そして私も。


食事を済ませた後はカズさんに駅まで送ってもらい

改札の奥に進む。

ホームに着くと来た電車に乗って空いている座席に座る。


最初は気になっていたけどカズさんがとてもいい人でよかった。


でもちょっと気になることが……


カズさんの息子さんのことだ。


たしか、私の1つ下だと話していた。

ってことはあの子と同じぐらいかなと考えてしまう。


……もう一度、姉になっていいんだよね。




これ以降は色々な手続きをするたびに集まっていたが

カズさんの息子さんの「ゆうや」くんが顔を出すことはなかった。


「何であいつは顔合わせの日にどこかに消えるんだ!」


婚姻の手続きをするために役所に向かう車の中で

カズさんは怒りを露わにしていた。


「今日もあえないんだ……」


後部座席に座っていた私は思わず声に出してしまっていた。


「ごめんね深愛ちゃん、次こそは縛り付けてでも連れてくるから」


そんな話をしているうちに車は役所の駐車場へと入っていく。



「お待たせいたしました。 こちらで手続きは完了になります」


カズさんとママの婚姻届、私の住民票など諸々の書類に記入をして

待たされること数時間……。


これで私とママの苗字が『佐倉』に変わった。

ものすごい違和感があるけど、そのうち慣れるのかな??


「おわったあ……何でこんなに時間かかるのー!」


私はドリンクコーナーがあるエリアでココアを飲みながら

目の前にいる出来立ての両親に文句を言っていた。


「役所なんてそんなもんだって。 気にしたら負けだよ」


カズさんは自販機から出来立てのコーヒーをとりながら

私を宥めていた。


「深愛ちゃんはこれで終わりかな? 俺と深月さんは免許とかの更新に行かなければならないしな」


「いつ車使うかわからないから、休みもらって試験場に行かないと」

「そうだな、一緒に言って終わらせようか!」

「何でそんなに嬉しそうな顔しているんですか、娘の前ですよ」


カズさんの顔から笑みが溢れるぐらい溢れていた。

ママのことがホント好きなんだろうなぁ

見ているこっちまでニヤニヤしてしまう。



そして更に月日は過ぎていき、最初に会った時は夏の終わりだったけど

季節は冬になり、気がつけば新しい年を迎えていた。


その間に気が遠くなるぐらいの手続きが終わり、

残すは私とママが佐倉家への引っ越しをするだけになったが……


相変わらず「ゆうや」くんの姿を見かけることはなかった。


今日は引っ越し業者への依頼や荷物の確認のために

私とママが住んでいるアパートにカズさんに来てもらっていた。


「悠弥! どこをほっつき歩いているんだ! 県境だぁ!?」


カズさんはゆうやくんに電話しているのだろうか

大声をあげていた。


「来週には2人がくるんだから絶対にでかけるんじゃないぞ!」


カズさんは怒り任せに電話を切る。


「まったく、バイクをあげるんじゃなかったな……」


椅子に座ったカズさんは大きくため息をついていた。


「高校生って多感な時期っていうし、気まずいのかしらね」


ママは急須にお茶を淹れてカズさんに手渡しながら

話しかけていた。


「たしかにそうなんだけど、こんな時ぐらいまったく……」


ブツブツと文句を言いながらカズさんはお茶を啜っていく。


佐倉家に暮らすようになれば嫌でも顔を合わせることに

なるから、それからでも遅くはないけど……

これが終わったらカズさんとママは忙しくなるっていうし

何となく2人になることが多そうな気もするので

できることなら早めに顔を合わせたかった。


「カズさん、ちょっとお願いしてもいい?」

「うん? どうしたんだい?」





1週間後、ついに引っ越しの日がやってきた。

ママは引っ越しの業者がくる時間に合わせて先に佐倉家に向かっていた。

私は佐倉家がある最寄りの駅のロータリーにいた。


カバンの中からいつも耳にする曲が流れ始める

スマホを取り出すと画面にはママと書かれていたのですぐに通話ボタンをタップする。


「和彦さんが言われた通り、ゆうやくんにおつかいを頼んだらしいわよ」

「うん、わかった! ちなみに何を頼んだの?」

「和彦さんが昔から愛読している格闘マンガですって。 和彦さんが近い本屋はショッピングモールだから、そこに行くだろうって」

「うん、わかった! そういえば写メ撮れた?」


私の質問が聞こえたのか、後ろでカズさんがうねり声を上げていた。


「撮れたけどね、ちょっと見づらいかもしれないって」

「わかったよ! この後すぐに送っておいてー」


電話を切ってから数分してママからのLIMEで写メが送られたけど……


「うわぁ、ブレてる……」


移動しようとしている時に撮ったのか、写真は見事にブレていた。

しかも横顔だから見づらいし……


なんとか黒のダウンコートと紺のパーカー、ジーパン姿であるのは確認できたけど、顔まで判定するのは不可能に近かった。


「……服がわかればなんとかなるかな」


スマホをカバンに入れて駅から直結のショッピングモールに向かっていった。


土曜日だからかショッピングモール内は大勢の人でごった返していた。

まずは本屋が何階にあるのか探す。


「本屋は……あった、有林書店! 場所は5階」


私が今いるのは2階なので、歩くのは厳しそうだ。

仕方なくエレベーターと思ったけど、人がいっぱい並んでるし……


「こうなったらエスカレーター!」


ちなみにエスカレーターは今いるところからだいぶ離れたところにあったことは言うまでもない。




「なんで途中でエスカレータの場所が変わるのー!」


5階について思わず叫びたくなる衝動をおさえ

小さく文句を言っていた。


「……本屋の場所を探さないと」


登りエスカレーターのすぐに横の柱にあるフロアガイドで

目的の本屋を探すと


「何で一番奥なの!もー!」


バタバタしていたので朝の番組の占いコーナーをみていなかったけど

絶対に今日、私の誕生月は最下位に違いない。


途中で気になっているブランド店に目が行きそうになるけど

我慢してひたすら目的の本屋を目指して歩いていく。


「つ、ついたぁ……」


息を切らしながらも目的の本屋に到着。

入口付近に毎月購読しているファッション雑誌があったような

気がしたけど、今はそれどころじゃない!


カバンからスマホを取り出してブレた写真を映す。

……とりあえず、黒のダウンコートを着ている人を探してみよう


スマホを片手に店内をウロウロしていった。




「いないじゃーん!」


本屋から出ると、再び叫びたい気持ちを抑えていた

写真を頼りに探してもそれらしい人は見つけることができなかった。


「もしかして既に家に帰っちゃったとか!?」


すぐにママのスマホに電話をかけるが……


『帰ってきてないわよ』


私は思わず安心した。

これで帰ってるなんて言われたらショックで立ち直れないかもしれなかった。


『あ、深愛ちゃん聞こえるかい?』


スピーカー越しにカズさんの声が聞こえた


「カズさんきこえるよー! どうしたの?」

『もしかしたら途中のゲームショップで寄り道しているんじゃないかと思ってね』


いや、マジでやめてもらいたいんだけど!


「わかったー……もう少し粘ってみるよ」


私はため息をつきながら通話終了ボタンをタップした。


「とりあえず、休もう、足がクタクタだよー!」




本屋の近くにある休憩用の真四角の座椅子に座りながら

本屋に入っていく人を見ていったが、目的の人物らしき

人が通ることはなかった。


「もしかして行き違いとかになっちゃったのかな……」


ここへ来て1時間近く経っていた。

佐倉家からここまでバイクだと10分ぐらいで着くと

カズさんが言っていた。


既に買い物を済ませて帰ることも充分ありえる。


「帰ろう……」


さっき見つけたブランドのお店でも見て気分転換するのも

いいかもしれない。


そう思い、私は立ちあがる。


「まったくガソリンぐらいさっさと入れろよ……さむっ」


その時、私の目の前を何かブツブツ文句を言いながら

本屋の中に入っていく黒いダウンコートを着た人が本屋の中に入っていった。


首には茶色のネックウォーマーをつけてものすごく暖かそうな


「ブツブツ独り言しゃべって変な人……」


あーあ……カズさんとママに何て謝ろうかなと考えながら

歩いていると、ふと何かに気づいた。


「ちょっと待って今の人!」


私は振り返ってもう一度本屋の中に入っていく。


送ってもらった写真には黒のダウンコートと首元に茶色の何かが

写っていた。


周りの目など気にせずに本屋を走り回ると

その姿を発見する。


格闘漫画がズラッと並ぶ本棚に指さしながら探していた。

見た目も高校生っぽいし、たぶんこの子がゆうやくんだろう


ゆっくりと近づき、声をかけようとするが

普通じゃ面白くないし……なんか印象が強いほうがいいなあ


そうだ、この前みたファッション雑誌の謳い文句!

あれを試してみようかな。


私は彼に近づき、声をかけた。


「そこの君、暇だよね? よかったら私と一緒に遊ばない?」




1st Season END



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【あとがき】

お読みいただき誠にありがとうございます。


今日の更新で一旦区切りをつけさせていただければと思います。

もちろんこれで終わりではなく、まだまだ続きますので

しばらくの間お待ちいただけますと幸いです。


3月上旬には2nd Seasonを開始する予定ですので

その時は、また応援のほどよろしくお願いいたします!


綾瀬 桂樹


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