第11話

 「いまむかうよ〜♪ あなたの元に〜♪」


どこかで聞いたことある歌詞がエコーをしながら部屋中に響き渡る。


歌っているのはもちろん俺ではなく深愛姉。


部屋といってもここは俺の部屋でもなく、歌っているからってカラオケボックスでもない。


「そして旅立とう〜♪ あなたと私との二人の世界へ♪」


そう……


ここは……


家の風呂場なのである。


「……どーしてこーなった」


もちろん俺の疑問に答えてくれる者は誰もいない。





遡ること数分前


「……つまり、あの映画を見たのはいいが怖くなったと」

「うん、1人でいるとあのバケモノが背後からでてきそうだし!」


俺は呆れ顔でため息をつく。


「あんなバケモノが現実にいるわけないだろ、いたら大惨事だ」

「そのぐらい知ってるよ! でも怖いものは怖いの!」


駄々っ子か……。


「悠弥がなんと言おうとも今日はここから離れないから!」


そう言ってベッドに腰掛ける深愛姉


「……勝手にしてくれ」


これまでの経験上、深愛姉は俺が何を言っても自分の意見を曲げることはないので、こんな時は放っておくに限る。


ゲームのチャットで風呂に入るからと伝えて

PCをシャットダウンさせてから部屋を出ようとすると

後ろからパーカーの裾を引っ張られた。


引っ張っている張本人を見ると捨てられた小動物のような表情で俺の顔をみていた。


「どこいくの……?」

「風呂入るんだよ!」

「それじゃ私も!」

「は!?」

「1人になりたくないの!」

「だからあんなバケモノなんかでるわけないって言ってるだろ……」

「やーだー! 一緒にいてよー!」


これ以上話してもラチがあかないので無視して風呂場に向かう。


洗面所に入り、着ていたパーカーを脱ごうとするが視線が気になり後ろを振り向くと深愛姉が着ていた上着を脱ごうとしていた。


「……あのさ、マジなの?」

「だって1人になりたくないし、それに……」

「それに……?」

「悠弥なら変なことしないと思うから安心だしね」


義理とはいえ姉に対して妙な気を起こすつもりなど毛頭ないんだが

そもそも一緒に風呂に入るなんてこともしたくないんだが……


「でも、さすがに見られるのは恥ずかしいから、これつけて」


深愛姉が出してきたのは真っ黒の2枚のアイマスク。どうやら深愛姉ももつけるようだ


そもそも何でそんなものが都合よく2枚あるのか疑問なんだが?


「最初私がつけるから悠弥は先にお風呂に入って!」


そう言うとアイマスクをつけていく


いくら見えないとは言え、目の間に人がいる状態で服を脱ぐのって気まずいにもほどがあるんだが……


「もう脱いだ? 暗いと怖いから早くしてー!」


反対側を向きながら服を脱いで急いで風呂場に入って行った。


シャワーをつけてから頭から体を洗い、流し切ってから湯船の中に入ると渡されたアイマスクをつける。


っていうか俺は何をやってんだろ……


今更になって自分の行動のおかしさに気づく


が、時すでに遅し


「また、深愛姉のペースに巻き込まれていったか……」


ぼやきながら顔をあげるが、アイマスクをつけているため見えるのは漆黒のみ。


そうしているうちに風呂場のドアが開く音が聞こえてきた。


「おまたせー! ちゃんとアイマスクつけてるね」


深愛姉の声が風呂場に響き渡る。


すぐにシャワーが流れる音が聞こえると

その中に深愛姉の鼻歌が混じってきた。


しばらく湯船につかったままじっとしているとシャワーの音がとまった。


そのあとすぐに湯船が揺れ始めた。

おそらく深愛姉が湯船の中に入ってきたのだろう。


湯船の揺れがおさまると今度は自分の背中に何かが触れる感覚がした。


周りがまったく見えないため俺は体をビクッとさせてしまう。


「あ、ごめん冷たかった?」

「何……いまの?」

「背中だよ」

「背中……?」

「うん、今ね私の背中と悠弥の背中がピッタリくっついてるの」

「……あっそ」

「もしかして、背中じゃなくて前の方がよかった?」

「……そのままで結構だ」


むしろ背中でよかった。

正面のままくっつけられたら不快すぎて暴れ出していたと思う


「やっぱ2人だとちょっと窮屈だねー」

「……普通は2人で入るものじゃないだろ」

「そうかな?」


親と子供が微笑ましい感じで一緒に入ることはあるがさすがにこの年になって2人で家の風呂に入ることはない……と思っている。


それからは先ほどのように深愛姉が1人で大合唱をしたりほぼ一方的に話したりとして30分近く入っていたと感じていた。


「そろそろでようか! これ以上入ってたらのぼせちゃいそう」


ようやく解放される時が来たようだ。


「先に上がるから私がいいって言うまで出ちゃダメだからね!」

「わかったから早くしてくれ……」


その直後に湯船がまた揺れ出した。

ようやく深愛姉が立ち上がったのだろう。

ドアが開く音がしてすぐに閉まる音が聞こえた。


「やっと出たか……」


俺はゆっくりとつけていたアイマスクを外す。

深愛姉の姿はなかったので、安堵の息をついた。


ドアの方を見ると人影があったのでまだ出ることはできなかった。


すぐに終わるだろうと思い、足を伸ばしてゆっくりすることにした。



「……長い」


深愛姉がでてから15分以上経つが、いなくなる気配がまったくない


さすがに湯船の中にいるのも飽きたんだが——


「おまたせー! 出て大丈夫だよー」


ようやく許可がおりたので出ようとするが思わずドアの前で立ち止まる


「……ってか何でそこにいるの?」


ドアのガラス越しに深愛姉が映っていた。


「だって廊下電気つけてないから暗いじゃん!」

「俺が出れないだろ!」

「私は悠弥の裸見ても大丈夫だよ! さっきも見てたし」

「俺が嫌なんだよ!」


ちょっとまて、アイマスクつけてたんじゃないのか!?


「早く出ないと風邪引くからアイマスクつけてくれ!」

「わかった……つけるから早く着替えてね!」


ため息をつきながら深愛姉がマスクをつけるのを待つ


「おっけー! でてきて大丈夫だよ!」


再びドアを開けて洗面所に戻ると水玉模様が描かれたパジャマを着た

深愛姉がアイマスクをつけたまま立っていた。


すぐにバスタオルをとり反対側を向いてから

体を拭いてからパジャマを着た。


「……パジャマ着たから取っていいよ」

「はーい」


深愛姉はアイマスクを取り、目を何回もパチパチと瞬きをしていた。


「明るいって最高だねー!」

ため息しか出なかった。


適当に受け流しながらブラシで髪を整え、洗面所に出ようとするが


「髪乾かさないの?」

「このままでいい、寝るまでには乾くし」

「えー! 風邪ひいちゃうよ。 ちょっと屈んで!」


上から肩をぐっと押されたので中腰の状態になった。

頭の上でカチっと音がするとすぐに髪の毛に暖かい風があたり始めた。


どうやらドライヤーをつけて俺の髪を乾かしているようだ


さすがに中腰のままでいるのは辛かったので

洗面所にあった折りたたみの椅子(普段は洗濯用の籠が置いてある)に座ることにした。


「もうすぐ2年生になるんだから、身だしなみをちゃんとしないと彼女できないよ」

「……作る気ない」

「えー! 悠弥かっこいいのにもったいないじゃん」


そういうのは結構なんだよ……。


縦横無尽に髪の毛にドライヤーをかけていいく深愛姉。

5分ほどしてドライヤーの電源を切り、両手で俺の肩を叩く。


「はい終わり! どう?かっこよくセットできたでしょ?」


髪に触れると先ほどまであった水分はなくなり触れた手がすべるようなサラサラとした髪質になっていた。


普段とは違う感覚だったので、ずっと髪を触ってしまう。


「どう? いい感じでしょ?」


深愛姉は俺の顔をじっと見ていた。


「……ありがと」


他にも何か言おうとしたが、出た言葉がこれだった。


深愛姉は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻り


「どういたしまして! それじゃ部屋にもどろっか!」


深愛姉に押されるように洗面所から出て部屋に戻っていった。

戻るまでの間、パジャマの裾をつかんでいたのは言うまでもない。


……ってかまだ俺の部屋に来る気なのか?


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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!


お読みいただき誠にありがとうございます。


読者の皆様に作者から大切なお願いです。


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「続きが気になる」

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