我が家のご近所トラブル集

絶坊主

第1話 トラブル ① 酒乱オヤジ編


人間というのは、出した事のない声があるのだなぁと思った出来事。


今から10数年程前。その当時、1階にテナントが4戸、2階がそれぞれの住居という所に住んでいた。


私の店舗は一番端で、隣のテナントは空いていた。まだ、上の子が生まれて間もない頃だった。


するとある日、建築関係の会社が隣のテナントに入ってきた。


「今度、隣に入る事になりましたHと言います。宜しくお願い致します。」


挨拶に来た社長は、私と同じくらいの年で、昔、ヤンチャしてましたっていう風貌だった。


そして次の日の朝から、車のうるさい排気音で目覚める日々。ベランダから外を見ると、ヤンチャそうな若い連中が何人か集まっていた。


明らかに改造車にして、右翼なのかどうか知らないけど、デカデカと日本国旗を車の背面などにプリントしていた。


それが連日。


それぞれの店舗には駐車場が2台分あった。


私は治療院を経営していたけれど、毎日客が来なかったせいもあり、隣の若い連中が勝手に停めたりしていた。


私もすぐ文句を言うのも角がたつと思い、しばらく様子を見ていた。でも、あまりにも傍若無人に停めるバカもいたので、段々、私も我慢の限界がきていた。


客が居なくて、日中、買い物に出かけていた時。


夕方、帰ろうと自宅に向かった。私の駐車場に2台とも停めて、若い連中がタバコを吸いながら私の店舗の前で喋っていた。




プァーーーーーーーーーーン!!




積もりに積もった怒りが爆発した。クラクションを鳴らしっぱなしにして、そいつらの車の前に停めた。


「どこ停めとんかのーーーーーーーっ!」


怒気を含みに含んだ声でそいつらに言った。


「あ、スンマセン。」


悪びれた様子もなく、一言そう言って車を移動させた。歯向かってきたら受けてたとうと思っていた私。


あっさり言う事を聞いたので、私もそれ以上は言わなかった。だが、そんな日々を数回繰り返した頃、とうとう決定的な出来事が起こる。











その土建屋の2階住居スペースには40代半ばの男が1人住んでいた。会った事がなかったので、どんな人間かわからなかった。




ただ一つ気になる事があった。




その男は仕事が終わり18時くらいに帰ってくる。皆が帰った後、酒を飲んでは1人で何かを喋って、時には叫んだりしていた。


まぁ、別に直接的な被害もなく、ただ少しうるさく感じる程度だった。その男は、ほぼ毎日そんな日々を送っていた。




季節は秋に入ったばかり。




少しずつ肌寒さを感じる季節だったけれど、まだ暑さも感じる夜。網戸にして、家族で夕食をとりテレビを見ながらくつろいでいた。


時たま、いつもの男の独り言、叫びが聞こえていた。心なしか、いつもより声のボリュームが大きかった。叫び声も、いつもより荒れているように感じた。時間は21時くらい。




「アーーーッ!」




ウチの子供のテンションが上がり、叫んだ瞬間。




「うるせーーーッ!、くそガキーーーッ!」




隣のオッサンの一際大きな怒鳴り声。























ブチっっ!!





















私の中の何かが切れる音。




「ヴォラーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」




ズゴーーーーーーーーーーーーーンッ!




今まで出した事のない声を発して立ち上がり、壁を一発思いっきりどついた私。




「ヴォラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」




猛獣のように叫びながら、階段を駆け下り、奴のベランダの下に行った私。


「おぅ、コラーーーーーーっっ!!誰の子供にくそガキ言うとんねんっ!いてもたるから、出てこいっ!コラーーーーーーーーーーっっ!!」




奴のベランダの真下に立ち怒鳴り上げた。酒に酔って、包丁を振り上げながら出てくるかもしれない。一瞬、そんな事が頭をよぎったけれど、今の私はスターマリオみたいなものだ。


わからない人がいるかもしれないから説明すると、いわゆる無敵状態。


包丁持ってる?んなもん、ごとぶちのめしたら!


何にも怖くなかった。


「お前、そこ居んねやろが!出てこんかいっ!」


















シーーーン・・・




















窓が開いて、明かりも点いている。居ないはずはない。


「お前、コラ、ワシ引けへんからのーーっ!酔うてましたですまへんからのーーっ!」


























シーーーーン・・・





























10分くらい怒鳴り散らしていた。あらんかぎりの罵詈雑言エトセトラ。おそらく近所にはまる聞こえだっただろう。


10分近く反応のない相手。


1人で喋りっぱなし。


元来、ボキャブラリーが豊富でない私。


「おぅコラ、ボケーっ!」


段々、このフレーズが9割方を占めだした。


「アンタ、もうエエんちゃう?」


頃合いを見計らったように、絶妙なタイミングで妻が言った。私の首に鈴を着けられるのは妻だけだ。


「ワシ、引けへんからのーー、社長に言うとけ、アホンダラ!」

















シーーーーーン・・・



















相変わらず奴は出て来なかった。


自分の家族の為なら命を捨てられるか?


こんな質問をされると捨てる覚悟はあるけど、実際そんなシチュエーションにならないとわからない。いざとなったら、イモ引いてケツ捲って自分だけ逃げるかもしれない。




でも、これでわかった。




あ、俺、捨てられるわって。(笑)




そして、このオッサンの件で、隣の土建屋に対しての今までの鬱憤が爆発してしまった。




次の日。




朝6時くらいに土建屋に若い連中が集まりだす。私は待ち構えていた。


「おう!上のオッサンまだ来てないんか?」


昨晩の怒りが続行中の私は若い兄ちゃんたちに巻き舌で言った。


「は、はい・・」


私の勢いに圧倒されているようだった。徒党くんでるバカは本当に腹が立つ。態度が悪かったら、怒鳴りつけてやろうと思っていた。


家族を守る為にこちらも腹を決めていた。


「上のオッサン来たら言うとけや!仕事終わったら、ワシんとこ顔出せってな!」


「は、はい・・・」


そう吐き捨てるように言って私は家に帰った。


そして夕方。




ピンポーン!




家のインターホンが鳴った。出ていくと、社長とオッサンが立っていた。


「昨日はスミマセンでした!Aが酔っぱらって、絶坊主さんのお子さんに失礼な事を言ったみたいで・・・」


開口一番に社長がそう言って頭を下げた。


「昨日、アンタに言うたよな。酔うてたで済まへんでって。」


私は冷静にオッサンを見据えながら言った。


「いや、Aは酒が好きで、飲むと癖が悪いんですわ。」


「別に酒飲むなとは言わんけど、ヨソに迷惑かけたらアカンの小学生でもわかるわな。ワシも火の粉かけられたら、いく道いくからな。」


冷静に、静かに言っていたけど、目付きは座りまくっていただろう。


「ス、ス、スミマセン・・・」


社長とオッサン二人が、そう言った。


「それから・・・」


私は溜まりに溜まっていた土建屋に対する不満エトセトラ、これ幸いと全てぶちまけた。朝早く改造車のマフラーを噴かす音、駐車場の車の止め方、若い連中のタバコの吸殻、ごみを捨てている事などなど。


「スミマセンでした・・今後は気を付けます・・」


その後、上記の事全て改善された。


この事が影響したのかどうかわからないけど、土建屋は数ヶ月後に移転していった。


























そして数年後、意外なところで社長と会う事になる。


子供が小学1年生になり、初めての運動会。私も休みを取り見に行っていた。


トイレに行こうと歩いていた時。


向かいから歩いてきた男。




社長だった。




「おー、Hさん!」


無視すんのもイヤらしいと思い、私から声をかけた。


「あ、ぜ、絶坊主さん。お、お久し振りです。」




あれ?これHさん、俺に気付いとったな。


たいして驚くわけでもなく、私がいるのをわかっていた反応だった。聞けば息子と同級生の子供がいるとの事だった。


という事は、あん時、毎朝のように改造したマフラーをボンボン吹かしとった頃。小さかった息子が、マフラーの爆音で目を覚まし泣いていたのを思い出す。


同じ年の子供居ったんやったら、分からんか?ボケっ!・・・アカン、また、腹立ってきた。


その後は、あまり喋る機会もなかった。しかし、人間どこで繋がるかわからないものだ。

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