第五話 始《プロローグ》(其ノ終)

 満輝は家を出る前引き出しから取り出した腕輪のような物を持って走っていた。

 眩しいほど輝いていた橙色が翳り始めている。迫る闇の足音に早急に用事を済ませるべく急ぐ。

 まずは姉妹の家を訪ねるべく進んでいると、子供たちの遊び場になっている大きな木の下に三つの小さな人影を認める。目を凝らしてみるとその人影は真弥瑠、千景、千代のようだ。満輝はそちらへ進路を変える。

 走る足音に気がついた真弥瑠が顔を上げ、駆けて来る人物が満輝だとわかるや否や泣きそうに顔をくしゃりと歪めた。


「満輝兄ちゃん!」


 真弥瑠の声に千景は振り返り、座り込んでいた千代は立ち上がる。真弥瑠の視線の先に走って来る満輝の姿を認めて千代は駆け出した。千景もそれに続く。


「みつきおにーちゃん!」

「満にぃ!」


 千代が満輝に抱き付く。わっと泣き出す千代の頭を満輝は優しく撫でる。千代に一歩遅れで来た千景とその後ろを走ってきた真弥瑠が、千代を挟むようにして並んだ。

 満輝は集まった三人の子供たちの様子を確認する。見たところ怪我はなさそうだ。


「みんな無事だった? 怪我してないか?」

「うん。おれたちすぐ避難したもん」

「あ、あのね! 満にぃが男の人と行っちゃったあとママが来て、オバケが出て危ないからってまーくんも一緒に家に行ったの。それで、満にぃ知らないと大変だってまーくんが言って、おてがみ書いて置いておいたの」

「うん、読んだよ。おかげで俺も無事だ。ありがとうな」


 微笑み、千景と真弥瑠の頭も撫でると、千景は嬉しそうに、真弥瑠は恥ずかしそうに笑った。

 こうして自分のことを心配し、遊べることを楽しみにしていた子供たちに村を出ると告げるのは心苦しい、と満輝は思う。しかし、もう後には引けないのだと満輝は口を開いた。


「実は三人に渡したい物があるんだ」


 渡したい物? と首を傾げる子供たち。

 満輝は千代に離れてもらい、懐から袋を取り出し屈む。覗き込む子供たちの前で袋を開け中身を取り出す。まだ陰るには勿体無いと顔を出していた夕陽が宝石をキラリと輝かせ、わあと子供たちから歓声が上がった。


「きらきらしてる!」

「きれい!」

「すげぇ……。満輝兄ちゃんなんでこんなの持ってるんだよ」

「俺が作ったから」

「満にぃが!?」

「すごいすごい!」


 千代と千景は大盛り上がり。一方で真弥瑠はというと。


「渡したい物って、これ? なんで?」


 早々に何かを悟ったのだろう、真弥瑠の顔は真剣なものに変わった。


「お礼とお詫び。みんなに伝えないといけないことがあって。——この後、村を出ることになったんだ」


 真弥瑠の目が見開く。宝石に興味津々だった千代と千景も「えっ!」と声を上げた。


「みつきおにーちゃんずっとここにいるんじゃないの?」

「そのつもりだったんだけどな~、行かなきゃいけない用事ができちゃって」

「えー!! 帰って来たら遊ぶって約束したじゃん!」

「嘘つきは良くねえって先生も言ってたぞ!」

「ごめん。俺も三人と遊びたいけどできないんだ。だから、約束破っちゃうお詫び」


 満輝は子供たちに一つずつ持ってきた物を渡す。真弥瑠と千景は渋々と受け取ったが、千代はそれを首を振って拒絶した。


「それいらない。だってそれもらったらみつきおにーちゃんどっかいっちゃうもん」


 宝石と引き換えに満輝が村を出て行くと思った千代は、ならば宝石を受け取らなければ満輝はここに留まると考えた。だから頑なに拒む。まさか拒まれると思っていなかった満輝は驚愕し悩む。

 満輝が悩んでいる間に自分の気持ちを押し殺した姉の千景に促されるも頑として受け取らない。そんな千代に痺れを切らした千景が怒鳴ろうとした、その直前に満輝が「千代」と殊更優しく名前を呼んだ。


「これを俺の代わりに置いてくれないかな。それで、いつもみたいにみんなといっぱい遊んで、学んで、笑っていてほしいな。俺は千代の笑顔大好きだから」


 千代の、それまでへの字だった口に力が入り真一文字に引き結ばれる。眦には今にもこぼれ落ちそうな程の涙を溜めていた。


「もし帰って来れた時は一緒に遊んでくれる?」

「……うん」


 俯いてしまった千代にそっと宝石を差し出すと、躊躇いがちに両手を出した。

 小さな掌に宝石を乗せ包み込む。

 影になった瞳からポロポロと落ちる雫を見て、満輝は眉を八の字に寄せる。千代の両隣からも嗚咽や鼻を啜る音が聞こえる。こういう時、どう接したらいいのか満輝にはわからなかった。悲しませたくない思いはあるがだからと言って嘘をつける性格でもなく、結局泣かせてしまった。子供たちに寂しい思いをさせて、それでもここを出て行く意志は変えないのだから、まったく酷い奴だなと自嘲する。


「俺の我が儘を聞いてくれてありがとう」


 心からの感謝を述べ、泣き出す三人の子供たちを抱き寄せた。


「絶対に帰って来いよ……!」

「うん。もちろん」



 *



 満輝と両親は村の出入り口に立っていた。

 あと一歩でも踏み出せば、そこは村の外の世界だ。

 日は沈み辺りはすっかり暗くなっている。村の外に光源などはなく、村に沿った道は村の明かりのおこぼれを貰い照らされているがその先は真っ暗闇だった。何もこの時間に出なくても良いのではと両親は心配したが、勝由や明李を待たせているからと譲らなかった。二人を呼んで一泊も考えたが明李はともかく勝由が村に入りたがらないだろうと却下した。

 さて、これから旅をするにあたって手荷物はは何が必要か満輝にはわからない。両親にも相談に乗ってもらい準備はしたがこの両親も村の外へ旅行ということを一切したことがないという状況。短時間で準備は終えたが満輝の背負う風呂敷にはいったい何が詰め込まれているのやら、というところで冒頭へ戻る。

 夜間の移動用に弓張提灯も持ち、満輝は意気込む。


「それじゃ……行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

「元気でね。近くを通ることがあったらいつでも帰ってきて」

「うん、ありがとう。父さん、母さん」


 踵を返し一歩を踏み出す。

 とん、と着地した先はもう満輝の知らない世界。

 辺りが闇に包まれ、空には星が無数に輝くその刻、満輝の旅は始まった。




「遅い」

 少女はぽつりと零し、寛いでいた木の枝から飛び降りたのだった。

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