第三話 始《プロローグ》(其ノ四)

 バカ野郎ー!!


 両目から雫を散らしながらぽかぽかと叩いてくる勝由をなんとか宥めようとする満輝は、ふと違和感を覚えた。


 サイズ感、というのだろうか。何かが、なんかこう、小さい。

 小さい?


 ハッとした満輝は注意深く勝由を観察する。

 以前は満輝より大きかったはずの勝由だが、その背は今では満輝にかなりの差をつけて抜かれていた。これが、満輝自身が成長したことだけが理由ではないことを、満輝は理解していた。

 勝由の姿が、満輝の記憶の中の姿と、服装を除いて何一つ変わっていないのだ。勝由が村からいなくなってもう五〜六年経つのに、まるで時が止まってしまっているかのように、あの時のままだった。


「勝くん、あの頃と変わらないね……」


 口からぽろりと溢れた言葉に勝由の動きが止まる。そして、罰が悪そうに顔を逸らした。

 勝由がこのような態度を取るなんて珍しい。満輝は気を悪くさせてしまったのかと謝ろうとするが、それより早く明李が口を開いた。


「変わらないか。当たり前だな。それが勝由の能力ちからだ」

「勝くんの能力?」


 能力と言ったら、それは満輝の宝石化と同じようなもののことか?とすると勝由も満輝と同じ生贄ということになる。

 まさか、と満輝の目が見開かれる。勝由は下唇を噛んだ。


「老いることも死ぬこともない。不老不死。それがそいつの能力」


 不老不死の能力。それを勝由が持っていた。

 そんな。信じられない。いったい、いつから?

 勝由とは長い時間一緒にいた満輝だが、まさか勝由も自分と同じだったとは知らなかった。

 満輝の事情を知り、いつも支えてくれた勝由。だからこそ、勝由のことに気がつけなかったことが悔しい。


「オレのことばっかじゃなくてお前のことも話せよな」


 勝由が不満そうに唇を尖らせ明李に向かって言う。


「明李も能力があるの?」

「俺のは……怪力ってとこだな。物に与える力が常人以上。重い物を持ち上げることもできる」


 どうやらここに集まった三人は、全員別々の能力を持っているようだ。

 こうした能力を持つ人間は存在自体が幻とされるほど少なく、その稀少故か人並外れた能力故か鬼神に捧げられる生贄は昔からそういった能力を持つ者が選ばれる。つまり三人ともいつかは鬼神に捧げられる生贄だということ。


 こうして生贄がひとつの場所に集うということは、ついに生贄としての義務を果たす時が来たということか。


「そうか……。もう行かなきゃいけないんだな」


 せめて勝由は逃がしてやりたいけれど、それは他の大勢の人を殺すことに他ならない。満輝は悔しさを滲ませ呟いた。

 すると、明李が間髪入れずに発する。


「勘違いしないでもらいたいんだが、生贄の召集がかかったわけじゃねぇからな」

「違うの?」

「当たり前だ。誰が生贄なんかになるかってんだ」


 少しほっとした満輝だが、ならこの集まりはいったいなんだと首を傾げる。


「勝手に生贄に決められて、死に方も死に場所も選べねえなんてふざけんじゃねえ。俺は生贄にはならねえ」

「え!? それって……そうしたら村のみんなが!」

「知ったことじゃねえな」


 目を伏せ、静かに言うと、くるりと背を向けてしまう。


「ちんたらしてる暇はねぇんだ。行くぞ」

「ちょっと! 待っ」


 彼女は自分たちが役目を果たさなかったら人々がどうなるか知らないのだろうか。ここに来て自分を連れていこうとした理由も含め、もっとちゃんと話してもらわなければ納得できないと満輝は思った。

 既に明李は歩き出している。止めなければと一歩踏み出すと、側にいた勝由も声を出した。


「明李」


 ヒュンと風を切って何かが飛んでいく。その音に満輝は足を止め、明李は体の向きを九十度変えおもむろに上げた手で受け止めた。


「……これは?」


 受け止めた物を見る。片手で持つには少し大きいくらいの円筒形の入れ物のようだ。周りには怪しげなお札が何枚も貼られている。


「村の入り口手前に落ちてた。淵に黒い煤が付いてるだろ」


 よく観察してみると確かに勝由の言う通り淵が黒くなっていた。


「たぶん、カイイを封じ込められるっていう道具だと思う。空だったからここら辺で放したんじゃねーかな」

「……それで?」

「念のため調べておいた方がいいんじゃねーかと思ってさ」


 明李はしばらく円筒を眺めていたが、やがて「わかった」と了承した。

 話についていけず呆然と二人のやり取りを見ていた満輝に勝由が話しかける。


「つーわけでオレたちは村の周り調べに行くから、お前も今のうちに行ってこいよ」

「え?」

「しばらく帰ってこれねーぜ」


 最初はなんのことだと首を傾げたが、それが二人が調査をしている間に村に行ってこいということだとわかり「でも」と抗議の目を向ける。明李をこのまま行かせるのは良くない気がした。

 すると勝由は苦笑した。


「あいつそんなにひどい奴じゃねーんだ。わかりにくいけどな。ま、明李はオレが見とくから安心しろって」


 明李は既に歩き出しており、見失っては堪らないと勝由もすぐに走り出せる体勢になる。


「お前には安全なところにいてもらいたかったけど、こればっかりはお前の力も必要だからなあ。とにかく、詳しいことはあとで絶対話すから。用事や挨拶は早めに済ませといてくれ」


 そう言うと走っていってしまい、満輝は一人取り残される。


 風が木の葉をザアと撫でる間、満輝は微動だにしなかった。

 明李による誘拐——本人が誘拐と言っているのでそういうことにする——。能力のこと。生贄のこと。怪異のこと。しばらく帰ってこられない、用事や挨拶は済ませておけという勝由の言葉。

 目の前で繰り広げられた会話を、頭の中で箇条書きにし、まとめていく。

 今日初めて知る衝撃な事実もあり、段々と会話についていけなくなった満輝。今一人になりようやく考える時間を持てたのだった。

 言葉や単語をまとめたり言い換えたりしながら紐付けていく。

 やがて顔を上げた満輝は村への道を早歩きで進み出す。

『生贄に関係することで自分は勝由、明李の二人と共にどこかへ行くことになり村には帰れない』

 そう答えが出たからだ。



 *



 民家の多い場所から堂々と入ったら村の住人に目撃されて村の外に出ていたことで皆に大袈裟なくらい心配され、最悪村から出してもらえなくなるかもしれないという考えがよぎり、人気の無い場所からこっそり入ることにした。

 なぜそこまで心配されるのか。自身で宝石を作り出せるという金の亡者が聞いたら片っ端から攫いにきそうな特殊な能力を持っているから——残念ながら満輝には金の価値はわからないが、高級食材との交換は可能だろうと思っている——というのもあるがそれはごく一部しか知らない理由。実際は、両親が「持病があるから長いこと外には出せない」という話を村人全員にしてしまったからである。それも満輝の能力を知られないようにするためだった。

 擁村の住人はとにかく良い人ばかりで、それは大変だとその事を信じ、過保護なくらい満輝を大事にしてくれたのである。村の外に出してから何かあっては大変だと皆が満輝を見守り、十五歳を迎えると野菜を売りに行ったり狩りに行く大人に付き添って外に出る決まりも満輝は特例によって禁止され経験したことがない。満輝も自身の体の異常性については自覚しており、外への憧れはあったが皆が揃って村に留めようとするのを不思議に思うことも抗議することもなく受け入れていた。そこに『病気で体が弱いから外には出せない』と『宝石を作り出せる特殊な能力のせいで外に出られない』という認識の違いはあれど村にいてくれさえすればいいので大した問題ではない。

 そういった理由で生まれてからずっと村の中にいた満輝は建物の場所や地形、時間帯で誰がどう動くかまで把握している。

 さて、人気のない場所と言えば……と満輝が向かったのは、空き倉庫のある方——昼間三郎と訪れた場所だった。倉庫のある付近は今は使われていないこともあり時間帯に関係なく人も滅多に訪れない。今は、と言うが満輝が物心ついた頃から使われていなかったため、なんのためにあるのか謎だったりする。

 念の為大きな音を立てないよう慎重に草を掻き分けて周囲を確認してから村に入る。やはりそこには誰もいなかった。満輝はほっと息を吐く。

 その後、空き倉庫の正面に周り、扉をコツコツとノックする。


「三郎さん」


 呼び掛けるが返事はない。

 そっと扉を押すと、キィと音を立ててゆっくり開いていく。

 中は真っ暗だった。人の気配もない。

 しん、と静まり返る、それすらも反響しそうなひとつの障害物も無い空っぽの箱。五感でそれを感じ取る。

 もうここには……いや、村のどこにも三郎はいないだろう。直感でそう思った。


 倉庫を後にし、子供たちが遊んでいた場所を経由して自宅へ向かうことにする。

 村の外へ出ていたとなると子供たちと別れてからかなりの時間が経ってしまっているように思う。皆優しい子たちだから、なかなか帰って来ないと心配をかけてしまったかもしれない。急いで戻ろうと満輝は歩を速める。

 やがて見えてきた大きな一本の木の付近に三人の子供の姿はなかった。さすがに時間が経ちすぎたか。これは家まで謝りに行かないといけないな、と思う満輝はふと木の根本に石を重しに乗せられた一枚の紙を見つけた。石に隠され全体は見えないが何かが書かれているようだ。拾い上げ見てみると、紙には形の歪んだ文字が並べられていた。

 きっと真弥瑠たちだ。覚えたての文字を一生懸命書く姿を思い浮かべて笑みが溢れる。


「なになに……『むらのちかくでオバケがでてあぶないから おうちにもどるね。みつきにいちゃんもきをつけて』……お化けってまさか!?」


 先程勝由がカイイを封じる道具のことを話していたことを思い出す。もしかしたら関係があるかもしれない。その場合紙に書いてあったお化けとはカイイのことで、村の住人に被害が出ている可能性も。


「みんな!」


 満輝は紙を握りしめ走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る