第1話不遇な人生

 俺の名前は三枝リュウジ。

 地方都市に住む、どこにでもいる二十代の男だ。


 そう……数ヶ月前のまでは。


 ◇


「ちっ……くそったれ!」


 だが今の俺は社会でも“最底辺”の男だった。


 今日も政府が設立した《多重債務者再生センター》に通い、ボロアパートに帰宅したところだ。


「くそっ……どうして俺がこんな目に……」


 安酒を飲みながら、思わず愚痴る。


 俺は前職の仕事の事故で重大なミスをして、自主退職。

 更に連帯保証のせいで、多額の借金を背負ってしまったのだ。


 日雇いで働いてはいるが、借金は膨大。

 いくら必死で働いても、借金は減らないのだ。


「くっ……だが頑張って借金を返さないと……娘に……愛梨に、面会できないからな……」


 スマートフォンの画面に映したのは、三歳の少女の写真。

 俺の実の娘である愛梨だ。


「こんな“今の俺”じゃ、愛梨には会わせてもらえないからな……」


 数年前に妻を病気で亡くした俺にとって、愛梨だけが生きがい。


 だが生活力がなく多額の借金がある俺は、妻側の義父に愛梨を奪われてしまったのだ。


「金だ……何として大金を手に入れないと……愛梨と一緒に暮らすために!」


 だが日雇いの肉体労働だけでは、多額の借金は返せない。

 何とかして、一発大逆転の金を手に入れる必要があるのだ。


「うっ……頭が……クラクラするな? 酔ったのか? それとも試薬の副作用か?」


 数日前、《多重債務者再生センター》からの紹介で、とある製薬会社の試験薬のテストを受けていた。


 もしかしたら副作用が原因なのだろうか?

 とにかく頭がクラクラしていたのだ。


「うっ…………」


 気がつくと俺は深い闇の中に、気を失っていた。


 ◇


 気を失ってから何時間経ったのだろう。


「……うっ……ここは、どこだ?」


 気がつくと、俺は見知らぬ場所で目を覚ます。

 オープン前のファミリーレストランの座席だ。


「うっ……ここは?」

「……なんだ……ここは?」


 よく見ると、他にも何人か人いた。

 俺と同じように、周りをきょろきょろしている。


「……ん? ここはどこだ?」

「……さっきまで部屋にいたのに、俺は……?」


 彼らも部分的に記憶がないのだろうか。


「……おい、誰かのイタズラなのか⁉」

「廃墟映画のセット?」


 目を覚ました者たちは、しだいに騒ぎ始める。

 何かのドッキリや、タチの悪い悪戯だと思っているのだ。


(いや……この匂いは……)


 だが俺は気が付いていた。

 これは人が作りだした映画セットでないことを。


(これは……“死”の匂いだ……)


 前職の消防官時代に、何度か嗅いだこともある死臭。

 朽ち果てたファミリーレストランの店内から、死の匂いを感じたのだ。


(これはマズい⁉ 身を守るモノをなにか⁉)


 死臭のお蔭で一気に、現役時代のように五感が研ぎ澄まされていく。

 今の自分の状況を確認。


 武器の代わりに、座っていた椅子を手に持つ。


 そんな時、店内に衝撃が走る。


『『『グラララ……』』』


「……ん? なんだ、アレは?」

「……人じゃない……?」

「お、おい、見ろ! アイツら“人”を食ってやがるぞ⁉」


 突如、店外の集まってきた異形。

 ゾンビのようなクリーチャー集団が出現したのだ。


「――――っ⁉ ひっ⁉ なに、あの化け物は⁉」

「おい、こっちもいるぞ⁉」

「お、おい! 逃げよう⁉」


 まるでゾンビパニック映画のような世界に、店内にいた十数人の男女は真っ青になる。


 何が起きているのか?

 これは現実なのか?


 誰もが理解できず、必死で逃げようとする。


『『『グラララ……』』』


「――――っ⁉ ひっ、こっちもいたぞ⁉


『『『グラララ!』』』


「うぎゃ――――⁉」

「こ、こっちもだ⁉」


 クリーチャーは次々と人間に襲いかかる。


 次々と惨殺されていく人間。

 生き残った者たちも絶望感に押し潰されていた。


「脱出しないと!」


 そんな中、俺は脱出を試みる。


『『『グラララ!』』』


「うぉおおおお!」


 椅子を盾代わりにして、クリーチャー群を突破していく。

 とてもじゃないが他の人を助けている余裕はない。自分の身を守ることで必死なのだ。


「はぁ……はぁ……くそっ!」


 クリーチャーの足はそれほど速くはなかった。


 俺は後ろを振り返らず、無我夢中で商店街を駆けていく。


「この通りは⁉」


 商店街は見覚えのある通りだった。

 家から遠くない場所だったのだ。


「だが……これは……」


 どの店も窓ガラス割れて、廃墟と化している。

 まるで崩壊した後の世界だ。


「とにかく……戻ってみよう」


 帰省本能に従い、俺は自分のアパートに向かうのであった。


 ◇


「はぁ……はぁ……あった……」


 自分のアパートになんとか到着する。


 やはり外観はボロボロになっていたが、部屋の中は無事らしい。


 クリーチャー注意して、自分の部屋に入っていく。


「ここは……俺の部屋なのか?」


 部屋の中もかなり朽ちていた。

 窓ガラスは割れて、家具は散乱している。

 まるで人が全世界から消えて、数年間放置されたような感じだ。


「ああ、ここは間違いなく、俺の部屋だ」


 部屋の中で、見覚えのある品を発見。

 愛梨と写った写真立てだ。


「それなら、どういうことだ、これは? 他の人間はどこに? 何が起きたんだ?」


 何が起きたか?

 更なる疑問が次々と浮かんでくる。


「世界がたった一晩で滅んだのか? いや、違う。もしかしたら、あの十数人だけが、“未来”にでも来た、というのか?」


 これはあくまでも予想。

 まるでSF映画や漫画の世界のような現象だ。


「愛梨は⁉ そうだ、愛梨のいる街へと行かないと!」


 もしかしたら娘もこの未来の世界にいるのかもしれない。

 だとしたら大変だ。


 急いで駆けつけて守ってやらないと。


「だが、あの感じでは電車はダメだな……」


 ここまでの道中、人の気配はなかった。

 このアパートの水や電気が通じていない。

 間違いなく電車や飛行機の交通網は使えないだろう。


「足を探そう。あと、最低限の生活物資もだ!」


 こうして俺は愛するべき娘の安否を確認するために、長距離の準備をしていくのであった。


 ◇


 周囲の住宅を探索しながら、準備をしていく。

 まずは長距離移動に使う自動車の確保だ。


「よし、この車なら……」


 放置自動車の中でエンジンがかかる車を発見。

 ガソリンも集めて、長距離移動の準備をしていく。


「あとは食料を……くそ。缶詰や乾燥物しかないか……」


 住宅地の食料品は全滅に近かった。

 だが災害用の非常食と水を発見できた。


「よし、ようやくできたか……」」


 数時間の仮眠を挟んで、ようやく移動の準備を終える。

 予想以上に時間がかかってしまった。


 腕時計で見た感じだと、ファミリーレストランで目を覚ましてから、まる一日が経過していた。


「さて。あの化け物に見つからないように、移動しないとな……」


 この車を探している準備している間にも、例のクリーチャーを何体か発見していた。


 向こうには気がつかれず何とか逃げてきたが、連中は街のいたることにいるのだ。

 車に乗っているとはいえ油断はできない。


「よし……いくか!」


 そう決意しながら、エンジンを付けた時だった。


 突然、異音が鳴り響く。


 ――――ピッ、ピッ、ピッ♪ 『規定の24時間が経ったので、一度ログアウトとなります』


 電子音声のような声が、頭に響き渡ったのだ。


「――――っ⁉ なんだ、これは⁉ うっ……」


 次の瞬間、俺は意識が重くなる。

 ハンドルを手にしたまま、急に意識を失ってしまったのだ。


 ◇


 ◇


 気を失ってから、何時間経ったのだろう。


 いや、一瞬だったのかもしれない。


「……うっ……ここは?」


 気がつくと俺は違う場所で目を覚ます。


 ここは……よく知る場所だ。


「――――っ⁉ 俺の部屋⁉ 現代の⁉」


 目を覚ましたのは自分のボロアパートの部屋内。

 崩壊世界の部屋ではなく、電気や水も通っている現実の世界だ。


「あれは……俺の夢だったのか? やっぱり……?」


 自分の身体を確認してみる。

 ファミレスを突破時、クリーチャーに引っかかれた左腕の傷は、跡形もなく消えていた。


 つまり全部夢だったのだ。


「はっはっは……あんまり追い詰められて、俺もバカみたいな夢を見たんだな……」


 まさか二十歳半ばで、子どものような夢を見るとは思わなかった。

 安心感と馬鹿らしさと、色んな感情で笑い声が出てしまう。


「それにしてもリアルな夢だったな……ん?」


 呆れていた時だった。

 自分の上着のポケットの中に、何かが入っていることに気がつく。


「これは……?」


 おそるおそる確認してみる。


「――――っ⁉ これは……指輪⁉ 誰のだ? ――――あっ、そうか。あの時の指輪⁉」


 俺は夢の中で、近隣の住宅で物資を物色していた。

 とある豪邸の一室で、豪華な指輪を発見。

 一応、上着のポケットに入れておいたのだ。


「この指輪がある、ということは……まさか……アレは夢じゃなかったのか⁉」


 安堵から一転。

 俺は更に混乱してしまう。


「だが、どういうことだ⁉」


 アレが夢でないのなら、どうして腕の傷は治っているのだろうか?


 あと、どうして指輪以外の集めた物資がないのだろうか?


 疑問だらけで思考が追いつかない。


「と、とにかく……確認しないと、本物かどうか……換金できるかどうか……」


 だが今の俺は検証よりも、大事なことがある。

 何よりも金が必要なのだ。


 こうして“とある知人”に確認させるために、俺は指輪をもって部屋を出ていくのであった。

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