第252話 降臨

「ほら。あそこだよ。バラバラにして埋めたんだけどね。やっぱり再生しちゃってるみたいだ」


 アルピナは大きな山脈の向こう側を指さした。

 そこは盆地になっている。

 なぜだか農作物が育たないので、昔から人が住み着くことがなく、忘れ去られた土地になっていた。


 その地面から、蛇のような黄金色の物体が二本、空に向かって伸びていた。


「あれがパニッシャー……?」


「そう。まだ首しか姿を現していないけど、土の下には胴体が埋まっているはずさ。なかなか大きいだろ?」


 大賢者は無言で頷く。

 ――大きい。

 ああ、確かに。見えている首だけでも、ちょっとした山ほどの高さまで伸びている。

 胴体まで出てきたら、一体、どれほどの迫力だろう。想像も付かない。


 そして放っている魔力。

 大きい……というか、でたらめだ。

 何か魔法を使っているわけでもないのに、パニッシャーの周りが陽炎のように歪んで見える。


「言っておくけど、奴はまだ全然、本調子じゃないんだ。魂があれと融合したら、こんなものじゃないんだぜ」


 と、アルピナは言う。わずかに声が震えていた。懐中時計から出てきてからずっと飄々としていたくせに、頬に汗を滲ませている。


 また二本の首だけでなく、通常のドラゴンが何匹か、地面から這い出していた。

 やはりアルピナが言っていたように、さっき遭遇したドラゴンはパニッシャーが生み出したものなのかもしれない。

 すると、すでに他の場所にもドラゴンが飛来している可能性がある。

 大きな被害が出ていないか心配だ。

 丁度よくAランク冒険者がいてくれたらいいのだが。


「まずは雑魚ドラゴンがあちこちに行かないよう、潰しちゃおうか――」


 アルピナが言い終わる前に、大賢者の攻撃魔法が盆地に襲いかかる。

 パリンという音とともに、十数体いたドラゴンが一斉に砕け散る。その破片は光の粒子になって風に融けていく。


「わぁお。なんだい、今の魔法は。あんな広範囲を同時に攻撃するなんて、やるじゃないかカルロッテ!」


 アルピナは目を見開いた。どうやら本気で驚いているようだった。

 大賢者は一矢報いた気分になる。

 だが、喜んでばかりもいられない。

 なにせパニッシャーも標的にしたのに、奴は無傷なのだから。


「あいつ、ちょっと頑丈すぎない?」


「同感だ。けど、キミだって本気じゃなかっただろ? 次は二人がかりで攻撃しよう。ここは盆地だから、攻撃の余波が外に広がるのを最小限に抑えられるよ。ま、盆地というか、前にパニッシャーと戦ったときにできたクレーターなんだけどね」


「戦いでできたクレーターね……私、魔神と戦ったことあるけど、流石にここまで大きなクレーターは作らなかったわ」


「へえ。魔神と戦ったことあるんだ。それは頼もしい。なぁに、似たようなものさ。ただパニッシャーのほうが再生力が高くて、火力も強くて、図体が大きいというだけだよ」


「つまり上位互換ね。勘弁して欲しいわ」


 大賢者はボヤく。

 しかしパニッシャーは勘弁も容赦もしてくれなかった。

 パニッシャーは二つの口を大きく開き、そこからウロコと同じ黄金色の光線を放った。

 それぞれが大賢者とアルピナへと向かってくる。


 光線には冷や汗をかくほどの魔力がこもっていた。

 それでも、手に負えないというほどでは、ない!


「「反射リフレクト!」」


 大賢者とアルピナは同時に自らの前方に力場を発生させる。

 黄金の光線が激突。

 網膜が焼け付くかという輝きが荒れ狂い、膨大な破壊力によって反射の力場が砕けそうになり生きた心地がしない。

 だが、ギリギリの所で反射に成功。

 二本の光線はパニッシャーへと返っていき、そして大爆発が巻き起こる。


 巨大な火球が生まれパニッシャーの首を両方とも飲み込んだ。

 火球から広がる熱波は盆地にわずかばかり生えていた草木を焼き尽くし、爆風が地形を蹂躙した。

 それらは盆地の縁で跳ね返り、反響して再び中心部に向かっていく。


「やったか――なんて月並みな台詞を言う前に、追撃と行こうじゃないか」


「そうね。この程度でどうにかなるなら、かつてのあなたたちが苦労する必要はなかったでしょうから」


 大賢者とアルピナは目配せをして、いまだ炎が燃えさかる爆心地に向けて、腕を突き出す。

 そして同時に呪文詠唱。


「「光よ。もっとも眩きものよ。我らの魔力を捧げる。ここに集え。全てを貫く刃と化すがいい――」」


 爆心地の真上に、一本の輝く槍が出現した。

 それは二人の魔力を吸って肥大化し、ついには雲の上まで届き、なお伸び、


「「そして降り注げ。敵を断罪せよ――」」


 音もなく槍が落ちた。

 炎の輝きよりも遙かに眩いそれは、直進する先の全てを飲み込みながら、大地へと突き刺さっていく。

 盆地を埋め尽くしていた炎の光も、輝く槍の前では霞んでしまう。

 やがて槍は地中へと消えてしまった。

 雲の上まで届く長さの槍だ。

 それに貫かれた以上、二つの首も、地中に埋まっているという胴体も無事では済むまい。


「やったかしら?」


 大賢者は月並みな台詞を吐いてみる。


 やがて爆発が晴れて、荒野になった盆地が見えた。

 そこにパニッシャーの双頭はなかった。

 ただ輝く槍によって貫かれた、底の見えない大穴が地面に空いているだけだ。


「やったかと言って本当にやってしまっているパターンも珍しいじゃないか。まあ、どうせあとで再生しちゃうんだけどね。さて次は……」


 アルピナは空を見上げる。


 そうだ。

 今倒したのはしょせん、魂を持たない肉の塊。

 パニッシャーの本体は、宇宙から墜ちてくる魂のほうなのだ。


 ああ、すぐそこまで迫っている。

 鳥肌が立つほどの威圧感。

 これはきっと、魔法使いでなくても感じ取れるのではないか?

 近くに住んでいる人たちが恐慌状態になっていなければいいのだが。


「来るぜ、来ちゃったぜ……!」


 アルピナが呟いて。

 空を覆っていた雲が切り裂かれた。

 黄金の柱が地面に突き刺さる。

 光が視界を埋め尽くす。


 そして――。


 大賢者がゆっくりと目を開くと、もう黄金の柱は消えていた。

 まるで、今のはただのこけおどしだったと思いたくなるほど、静かな景色だった。

 だが、無論。

 気配は消えない。否、強くなっている。


 先ほどアルピナが声を震わせながら「パニッシャーはこんなものじゃない」と言っていた意味を、大賢者はようやく理解しつつあった。


「参ったな……魂が墜ちてきたところで捕まえたかったのに……ブルって動けなかったや」


 アルピナは頬をかきながら自嘲した。

 大賢者は何も言えない。自分も動けなかったからだ。


 そして地の底で、魔力がどこまでもどこまでも膨れ上がる。

 大地が震えた。

 空間が震えた。

 アルピナの肩も震えており、誤魔化すように彼女は引きつった笑いを浮かべ……それを見ている自分も震えていると大賢者は自覚した。


「覚悟はいいかなカルロッテ」


「全然まだよ」


「だけど始まるぜ」


 地面から無数のドラゴンが飛び出した。その数は千を超えている。

 まるで弓兵の大軍が空に向かって火矢を放ったがごとき光景だ。

 もちろん、それらは火矢よりも遙かに剣呑。赤いドラゴンである。

 見ているとスケール感がおかしくなってしまう。


 やがて千のドラゴンを従える、真の恐怖が姿を見せる。

 黄金竜パニッシャー。

 魂を得た本当の姿。

 地表を砕いて、町がすっぽり収まりそうな大きさの翼を広げる。

 小さな山ならグルリと巻き付いてしまえそうな長さの尻尾が伸びた。

 続いて胴体。

 それは雲まで頭が届きそうな大きさの双頭が――。


「って、ええ!? どうして首が三つもあるんだい!?」


 アルピナは信じられないという叫び声を上げる。


 パニッシャーは双頭のドラゴン。

 そう大賢者は彼女から聞いたし、現にさっき戦ったときはそうだった。

 しかし。ああ、しかし。

 何ということだろう。

 今、目の前にいるパニッシャーは、アルピナが知っているものより、首の数が多いのだ。


 一万年以上の時が経ち、更に一度分離した肉体と魂が融合するというイレギュラーが重なって変異したのか?

 原因は分からない。分からないが、今は。


「驚いている場合じゃないわ! 戦うわよ!」


「ああ……うん……そうだよ。ボクは恐怖で身をすくませるために懐中時計で眠っていたわけじゃない。目を覚めさせてくれてありがとう、カルロッテ!」


 アルピナが奮い立つ姿を見て、大賢者も戦意を燃やす。

 まずは数の不利を埋めるとしよう。


「古代文明の金ぴかドラゴンさん。現代の召喚術を味わってみない?」


 大賢者の魔力が周囲に火の粉を散らす。

 それらは大きく成長し、人の形を作っていく。

 ドラゴンにも匹敵する大きさの巨人が完成した。

 炎の精霊である。

 数は敵と同じく、千。


「お征きなさい」


 大賢者の号令とともに、千の精霊はドラゴンたちに体当たりをしかける。

 触れ合った瞬間、ドラゴンが炭化するほどの爆発が起きる。

 完全な自爆攻撃。

 無論、相手は回避しようとするが、炎の精霊はそれを追跡する。


 瞬く間にドラゴンは全て消えてしまう。


「おおっ! 君は凄いんだなカルロッテ! 攻撃力だけならボクより上かもしれないぜ!」


「御先祖様にそう言って頂けるのは素直に嬉しいわね。でも、私一人に押しつけようとしないでよ」


「そんなことはしないさ。ボクはピチピチの十七歳だからね。元気に働くよ!」


 アルピナはパニッシャーに攻撃魔法を撃つ。


「ピチピチって……」


 古代文明人の言語センスに苦笑しながら、大賢者はアルピナに続いた。

 標的がデカいから、外す心配はない。

 当たった場所から、赤い鮮血が溢れる。

 こちらの攻撃は、奴のウロコを貫いているのだ。

 なら、いつかは倒せるはず。


 と、安心したのも束の間。


 地面に落ちた鮮血が、ぐにゃりと歪んでドラゴンの形になった。

 いや、形だけではなく、羽ばたいて飛翔するではないか。

 いまや血が変化したそれは、液体ではなく固体にしか見えず、普通のドラゴンと何ら見分けがつかない。


「あれだ。ああやってパニッシャーはドラゴンを生むんだ」


「不気味ね……でも、パニッシャーが生み出せるドラゴンって千とか言ってなかった? その千匹はさっき倒したんだけど?」


「前に戦ったときはそのくらいだったんだけどね……増えちゃったみたいだ。今の上限はどのくらいなんだろう。あはは」


「なるほど。笑うしかない状況ね。まあ、いいわ。ドラゴンが生まれ次第、倒せばいいだけ。パニッシャーが再生しても、それを上回る速度で攻撃すればいい。そして奴の肉体を破壊し尽くしたら、魂を術式に封印して宇宙に打ち上げる。方針はシンプル。やることは何も変わらないわ」


「キミは動じないねぇ……年期が違うって感じだ」


「まあ、もうすぐ三百歳だし」


「わぁお! 凄いおばあちゃんじゃないか!」


「一万歳以上のあなたにおばあちゃんとか言われたくないんですけど?」


「はは、何を言っているんだい。ボクは永遠の十七歳。魔法少女だよ☆」


「え? 古代文明にも魔法少女っていたの?」


「逆に現代にもいるのかい? 遺伝子操作によって作られた戦闘用魔法使い……ボクらのことをバルテリンク共和国の人たちは親しみを込めて『魔法少女』と呼んでいたのさ! ボクらの活躍を描いた絵本とか出版されてたんだぜ!」


 アルピナは自慢げに語る。

 何という衝撃的な事実だろうか。

 魔法少女の起源は、古代文明にあったのだ。

 どおりでそれっぽい服装だと思った。

 この新たな歴史的発見を公表すべきかで悩み、大賢者はしばらく眠れない夜を過ごすことになりそうだ。昼寝がはかどる。


 いずれにせよ、パニッシャーを倒さなければ、悩むことすらできはしない。

 ゆえに大賢者とアルピナの攻撃は苛烈を極める。

 爆発で盆地が少しずつ広がっていく。

 急激な温度変化で、きっとしばらく異常気象が続くだろう。


 しかしパニッシャーとていつまでもやられっぱなしでいるはずもなく。

 むしろ今までのは様子見だったと言わんばかりに、突如、三つの首から光線を吐いた。


「反射――」


「いえ、無理よ避けなさい!」


 大賢者はアルピナの腕を掴んで真横に大きく移動する。

 刹那、元いた空間を三本の光線が通過していった。

 回避には間違いなく成功したのだ。

 だというのに猛烈な〝熱さ〟を感じる。全身に張り巡らした防御結界が削られていく。


「今のが直撃したら私たち、蒸発してたわね……」


「こりゃまいった……前よりも遙かに強くなっている……」


 大賢者とアルピナは薄くなった防御結界を張り直し、パニッシャーと向き合う。

 今の攻撃で、本当に削られたのは防御結界ではなく勇気だ。

 一撃でも食らえば確実に即死。避けても攻撃が近くを通過するだけでダメージを負う。

 大賢者はかつて魔神とも戦ったが、これほどシビアではなかった。


 自分が大賢者と皆から呼ばれるようになったきっかけの戦い。

 それを超えるスリル。

 恐ろしくて逃げ出したい。

 だが同時に、なぜだか笑みがこぼれてしまう。


 大賢者はその人生において、苦戦することすら稀だった。

 まして敗色濃厚な戦いなど、これでようやく二度目。


「ふふ……楽しいわね。腕が鳴るわ」


「ええ、正気かい!?」


「こういうときに燃えるのが冒険者ってやつなのよ」


「なんだいそりゃ。魔法少女には分からないよ」


 そうだ。

 世界唯一のSランクだとか、麗しき大賢者だとかおだてられても、カルロッテ・ギルドレアは一人の冒険者に過ぎない。

 少なくともこの瞬間、カルロッテは未知のモンスターに挑むただの冒険者。


「さぁて、仕切り直しよ!」


「頼もしい限りだぜ。ボクも見習うとしようかな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る