第217話 女王との交渉 その2

「ところで貴族って、ローラの誕生日に誘って来るものなの?」


 アンナが素朴な疑問を口にした。


「さて、どうじゃろ。妾の名前で招待状を出せば来るとは思うが、女王が何の実績もない少女の誕生日パーティーを主催するのは不自然じゃなぁ。ま、来る来ないは向こうの勝手。招待状さえ送っておけば問題なかろう。自分の意思で出席しないなら、向こうの面子も立つというものじゃ」


「それなんだけど。ローラちゃんの両親は、ブルーノ・エドモンズにドーラ・エドモンズよ。貴族にもファンが多いじゃない? その娘に会いたいって人も多いと思うんだけど」


「うむ。貴族は冒険者の話をするのが好きじゃ。ブルーノとドーラともなれば、その武勇を語り合うだけで、半日潰せる。何を隠そう、妾も冒険者の話をするのは好きじゃ」


「でしょう? それにローラちゃんは私の愛弟子でもあるわ。女王陛下が誕生日を主催しても、そんなに変じゃないと思うんだけど」


「強引な論法じゃが、言い訳にはなるのぅ」


「神獣が頭の上に乗ってるし」


「神獣に選ばれし少女なら、特別扱いもやむを得ぬのじゃ」


「しかも、あのパジャレンジャーの中の人!」


「おお、確かに! パジャレンジャーが何か新しい事件を起こすたび、貴族たちの噂になる。その中の人に会えるとなれば、誰もが喜んで出席するじゃろう!」


「そして獣人たちはパジャレンジャーの友達!」


「差別意識も吹っ飛ぶのじゃ!」


 大賢者と女王陛下は二人で盛り上がる。

 しかしシャーロットは気が気でない。

 貴族が沢山出席するのは問題ないだろう。もしシャーロットの誕生日に貴族がやってきたら、ゴージャスになって嬉しい。

 ローラはそこまでゴージャスにこだわりがないかもしれないが、自分の誕生日を祝ってくれる人が増えて嫌がる性格ではないはず。


 問題なのは、パジャレンジャーの中の人として宣伝することだ。

 パジャレンジャーは一応、シャーロットたちの正体を隠すために存在している。

 なのに中の人として宣伝したら、無意味。

 むしろパジャレンジャーの知名度のせいで、悪目立ちしてしまう。


「あの学長先生、陛下。パジャレンジャーとして人を集めるのだけはご勘弁ですわぁ……」


「私も恥ずかしい……特に、魔法学科の生徒にバレるのが駄目。学校中に知れ渡る……いや、もう知れ渡っているような気がするけど、それでも暗黙の了解が……」


 そうだ。アンナの言うとおりだ。

 パーティーには魔法学科のクラスメイトたちを呼ぶ予定なのだ。

 そこでローラがパジャレンジャーの一員であると明かしたら、連鎖的にシャーロットとアンナもパジャレンジャーだと思われるだろう。


「あら。バレるも何も。皆、もう知ってるでしょ?」


「うむ。貴族たちも、パジャレンジャーの中の人が、ギルドレア冒険者学園の生徒だと知っておる。まあ、名前までは知られておらぬようじゃが」


 大賢者と女王陛下の言葉に、シャーロットはかつてない衝撃を受ける。


「え!? 皆さん、パジャレンジャーの正体を知っていましたの!? 貴族の方々が!」


「学校の人たちはともかく、貴族の人たちはどうして……」


「えー、だって。あなたたち着ぐるみパジャマで寮をうろついてるじゃない。そりゃ、バレちゃうわよ」


「あと、お主ら。真紅の盾を助けたとき、わざわざ『ギルドレア冒険者学園の生徒ではない』と説明したんじゃろ? それは正体を明かしているようなものじゃ」


 言われてみれば、ローラがそんなことを言っていたような気がする。

 しかも、そのあと、学校の制服のまま真紅の盾に会いに行ったこともあった。

 きっと真紅の盾から貴族たちに噂が広まったのだろう。

 次に真紅の盾に会ったら、お仕置きしておかないと。


「皆さん、何も言ってこないのでバレていないと思っていましたが……実はお見通しでしたのね」


「何となくそんな気はしていた……」


 本気でショックを受けるシャーロットとは違い、アンナはすでに覚悟していた様子だった。

 まあ、改めて考えると、確かにバレていて当然のような気もするが……。


「こ、こうなったらヤケクソですわ。壇上でパジャレンジャーショーですわ」


「おお、それは見たいでありますな!」


 ミサキが尻尾を振って期待を露わにした。


「絶対に嫌だ」


 が、アンナが珍しく眉をつり上げ、キッパリと拒絶する。

 シャーロットも無理にやりたいわけではないので、パジャレンジャーショーはお蔵入りだ。


「なんじゃ。パジャレンジャーショーはやらぬのか。残念じゃ。ならば余興は妾が用意しよう。乗りかかった船じゃ。豪勢にやるとしよう」


 女王陛下は太っ腹なことを言ってくれた。

 しかし――。


「お待ちください、陛下。お気持ちは嬉しいのですが……場所を貸していただいたうえに、パーティーの準備まで陛下にお任せしたら、その……」


「私たちの手でローラの誕生日パーティーをやりたい」


「そうでありますな。お金をかければいいというものではないであります」


 シャーロット、アンナ、ミサキの意見は一致した。

 そのつもりなら最初から王宮などに来なければいいのだが、いつの間にか話が大きくなっていたのだ。

 それでもパーティーの準備を自分たちでやる。これだけは譲ってはいけない最後の一線だろう。

 ローラが言っていたではないか。パーティーを楽しみにしている、と。

 なのに人任せにしたら、ローラの気持ちを裏切ることになる。

 少なくともシャーロットはそう思っている。


「ふぅむ。王宮の大ホールで行うパーティーの準備を子供たちに任せる……か」


「あら、いいじゃないの。貴族たちだって、いつも似たようなパーティーばかりで飽きてるでしょ? 子供たちだけで準備したパーティーなんて、物珍しくて喜ばれるわよ、きっと」


 悩む女王陛下に、大賢者が意見する。


「……よし、分かった! 今日から大ホールをそなたらに託す。あとは好きにしろ。物を壊さないなら、飾り付けるのも自由じゃ。ただし、貴族たちへの招待状だけは妾が出すぞ」


「陛下……ありがとうございます!」


 シャーロットは深々と頭を下げた。

 女王陛下は何て太っ腹な人なのだろう。

 大賢者が色々と詭弁を並べていたが、結局のところ、ローラはまだ普通の少女だ。

 どんなに強くても、一人の学生に過ぎない。

 その誕生日を祝うために王宮の一部を貸してくれたうえに、パーティーを子供だけに仕切らせてくれるという。

 いくら感謝してもしたりない。


「このお礼は、いつか必ず」


「女王陛下の太っ腹っぷりはオイセ村で永久に語り継ぐであります!」


「なぁに。そなたらがどんなパーティーを開くのか、楽しみなだけじゃ」


 女王陛下は恩着せがましいことも言わず、当然のことだ、という顔をしてくれた。

 大賢者の魔法で子供の姿にされていても、やはり中身は大人なのだなぁと実感する。

 そんな女王陛下の厚意に応えるためにも、素敵なパーティーにしなければ。

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