第169話 無事にアンナさんの誕生日です
浮遊宝物庫は、ローラたちが脱出した三日後に消滅した。
エミリア以外にも学園の教師たちが何人も調査に向かったが、休校日が終わるのに合わせて帰ってきたので、行方不明者は出なかった。
また腕に自信がある生徒も幾人かチャレンジしたらしいが、結界に阻まれ、一人も到達することすら叶わなかったという。
しかし一般の冒険者の中には、浮遊宝物庫から帰還せず、そのまま〝行ってしまった〟者もいると噂が流れた。
真偽は不明だが、そういう者がいてもおかしくはない……いや、むしろ当然だ。
無謀と勇気は紙一重。
ギリギリで引き返せた者も、一線を越えてしまった者も、その違いは結局のところ『運』でしかないのかもしれない。
ローラと大賢者は浮遊宝物庫が消えたあと、試しにもう一度呼び出そうと、空に向かって「来い、来い」と念じてみた。が、上手くいかなかった。
大賢者は『こちら側の世界に出かかっていた浮遊宝物庫に、ローラと大賢者の魔力が作用し王宮の上に出現した』という推測をした。
つまり、いつでも好きなときに呼び出せるわけではないらしい。
今回、本当に浮遊宝物庫に取り残された人がいるのかは分からないが、もしいるなら頑張って向こうで生き延びて、次の機会に脱出して欲しいものだ。
ローラたちは突発的オムレツパーティーをしたあと、王宮に戻って、魔法剣二本を手に入れたことを報告した。
意思を持った剣という世にも珍しい存在を目の当たりにした女王陛下は、それを買いたいと言い出した。
提示された金額は、目の玉が飛び出したまま戻ってこなくなるようなものだった。
しかしアンナは静かに首を振った。
「これはお金じゃ買えないから」
女王陛下は残念そうに「ぐぬぬ」という顔をしたが、無理強いはしなかった。
「浮遊宝物庫の調査が進んだこと。それをこの国の冒険者が成したこと。肝心なのはその二つじゃからな。お宝は見つけた者に所有権がある」
そしてエミリアは、その『調査をこの国の冒険者が成したこと』を報告するため、冒険者ギルドに提出する書類を作っていた。
もちろん授業は授業でサボるわけにはいかないので、放課後に作業するのだ。
かなり大変そうだったが、
「このレポートを出せば『ドラゴン殺し』だけじゃなく、知的な評価も得られるはず!」
と、思ったより乗り気だった。
大賢者も一応、エミリアを手伝うため職員室をブラブラしているようだが、書類仕事が苦手なので、さほど役には立っていないらしい。
そんな日々を過ごしているうちに、アンナの誕生日がやってきた。
夕方から丘の上の教会に集まり、孤児院の皆と一緒にパーティーだ。
クラッカーをバーンと鳴らす。
魔法の双剣も宙を漂いながら、刃と刃をぶつけてカーンと音を鳴らす。
大きなバースデーケーキにロウソクを十四本刺し、その火をアンナに消させる。
「こんな大きなケーキ……ありがとう。でも、お金大丈夫なの?」
そのケーキは孤児院で用意したものだ。
しかし、この孤児院は、ほんの少し前まで借金まみれだった。
お金の心配をしてしまうのも無理はない。
だが、シスター・ベラは自信満々に胸を反らす。
「大丈夫よ! だってこの孤児院は女王陛下の支援を受けているの。つまり王立! ケーキを買うくらいの余裕はあるのよ。これからは誰かが誕生日を迎えたら、毎回ケーキを買ってパーティーをやるから」
「それは凄い。私も毎回顔を出さなきゃ」
アンナがしみじみと呟くと、子供たちがフォークを持って騒ぎ出した。
「ロウソク消したんだから早く食べようぜー」
「食べよー」
「お腹減ったわぁ」
いくら女王陛下の支援を受けられるようになったとはいえ、そう贅沢な生活をしているはずもない。
こんな大きなケーキを前にして、子供たちが自制心を保つのは至難の業だ。
というより、孤児院暮らしでなくても、大きなケーキなどそうお目にかかれない。
ローラも一緒に騒ぎたいくらいだった。
「ぴーぴー」
ハクは遠慮せず騒いでいた。
しかしローラは冬になったら十歳なので、いつまでも子供ではいられない。グッと我慢だ。
「はいはい。ちょっと待ってね」
ベラはナイフでケーキを切り分けていく。
ちなみに神父さんもちゃんといる。
存在感がないだけだ。
「ところでアンナさん。わたくしとローラさんから、特別プレゼントがありますわ!」
「え? 二人には雷と風の魔法剣を手に入れるのにお世話になったから、プレゼントとかいいのに……」
「いえいえ、遠慮してはいけません。だって、もう買っちゃったんですから。じゃーん、双剣の鞘です!」
ローラは次元倉庫から二本の鞘を取り出した。
「魔法剣たちが抜き身のままウロウロしているのは危ないので!」
「特に風の魔法剣は女性人格なのですから、裸はいけませんわ~~」
エミリアがギルドに提出するレポートのために、魔法剣の寸法を測っていた。
ローラとシャーロットはそれを盗み見して、鍛冶屋に特注の鞘を作らせたのだ。
なお、その資金は……夜中にこっそり寮を抜け出し、ベヒモスの角をへし折って売り飛ばして作った。
ギルドに売りに行ったとき、「学園の生徒はCランク以上のモンスターと戦っちゃ駄目なんじゃなかったっけ?」と受付のお姉さんに言われてしまったが、「そ、その辺に落ちていたんです!」と見事、誤魔化すことに成功した。
――ブゥゥゥン。
――ぶぅぅぅん。
双剣が低音を鳴らす。喜んでくれたようだ。
「ありがとう、二人とも……大切に使う。でも、一つ訂正。女の子なのは風だけじゃなくて、雷のほうも」
アンナは双剣を鞘に収めながら呟く。
それを聞き、ローラとシャーロットは顔を合わせた。
「……へ? 風が奥さんで、雷が夫なんですよね!?」
「そう」
「へ、変じゃないですかっ? え、女の子同士で……どういうことなんです!?」
「古代の魔法剣の世界では、特に変なことではないらしい」
「そ、そうなんですか……」
「わたくしも特に変だとは思いませんわ。世の中、そういうことがあってもよろしいと
思いますわ!」
なぜかシャーロットは、とても大きな声で主張した。
アンナもこくりと頷く。
ローラは、そんなものかぁ、と納得した。
そしてケーキを食べ終わり、子供たちとハクが眠ってしまったあと、アンナが珍しい提案をしてきた。
「ちょっと夜の空中散歩しない?」
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