第161話 ジュースで休憩です
「どうだった、エミリア。そこそこ苦戦してたみたいだけど?」
「ま、まあまあですね。少し戸惑いましたが、私の敵ではありません!」
エミリアはメガネをクイッと上げ、自慢げな顔で語る。
やはり大人になっても、恩師の前では見栄を張りたくなるのだろう。
「あら、威勢がいいのね。ちなみに、浮遊宝物庫のゴーレムは、倒しても倒しても、しばらくするとどこからともなく現れて、決まった場所を守るのよ。だからここも、何時間かしたら別のゴーレムがやって来るわ」
「すると帰りにまた戦うことになるわけですね。ところで、そんな大量のゴーレム、どこから供給されてくるんでしょう……?」
「どこかで自動的に生産されているとしか思えないわねぇ……古代文明は不思議で一杯よ」
大賢者とエミリアは、ゴーレムの破片を見つめながら言葉を交わす。
ローラたち三人も、破片を拾ってシゲシゲと眺めた。
どう見ても普通の岩だ。
なのに魔力を分解する機能が付いていたのだから、古代文明恐るべし、だ。
「わたくしもゴーレムと戦いたいですわ! 戦いたいですわ!」
「そうねぇ。じゃあ、次に出てきたら、シャーロットちゃんが戦いなさい。ただし、危なくなったら私が乱入するわよ」
「危なくなどなりませんわ!」
ところが数分後。
二体目のゴーレムの拳を受け止めたシャーロットは、あっという間に防御結界を貫かれてしまった。
大賢者が横からゴーレムを蹴飛ばしてくれなかったら、今頃、シャーロットの顔面はぺちゃんこになっていただろう。
「うう……エミリア先生は五秒ほど受け止めていましたのに……わたくしは一秒も持ちませんでしたわ……」
「そりゃそうよ。流石にまだシャーロットさんには負けないわ」
悔しがるシャーロットに向かって、エミリアは心外だという顔を向ける。
それにしても、こうして改めて見ると、エミリアは本当に強い魔法使いだと気付かされる。
魔力も技術も、シャーロットとは段違い。
そのシャーロットとて普通の生徒からすれば規格外の強さを持っている。三年生で最強と言われていた生徒に、タイマンで勝ったこともある。
しかし、まだまだ教師には及ばないらしい。
「わたくし、相手が誰であろうと負けるのは嫌ですわ!」
「気持ちは分かるけど……せめて卒業するまで待ってちょうだい。教師より強い生徒は、ローラさんだけで十分よ」
「いいえ、待ちませんわ! 卒業するまでに倒すリストに、エミリア先生も入っていますわ! ローラさんと学長先生も当然、入っていますわ!」
「シャーロットさん、物騒なリストを持ってるのね……まあ、特に意外でもないけど」
「シャーロット、私は?」
「アンナさんは、一学期の校内トーナメントで倒しましたわ」
「言われてみれば……」
アンナは頭をポリポリかきながら呟く。
「ところで、そろそろお昼よ? 休憩しましょう。せっかく陛下から食料をもらってきたんだから、食べなきゃ損よ」
大賢者は胸元から懐中時計を取り出し、時間を確認しながら言う。
「あれ? 私はまだお腹が減っていませんが……」
「それはローラさんがオムレツを二つも食べたからですわ」
「それは盲点でした!」
ローラはお昼を抜いてもいいと思えるくらい空腹を感じていなかった。
しかし皆が食べているのに自分だけ食べないのも嫌だ。
そこで、憧れの干し肉だけ少しかぶりつくことにした。
「はむはむ……おお、思っていたより香ばしいです! 普通の肉とはまた違った美味しさですね!」
「干し肉を食べると、ビールが欲しくなるのよね」
エミリアも干し肉を囓りながら、しみじみと呟く。
「ビールですか……残念ながらビールはありませんが、メイドさんからもらった水筒にはジュースが入っています! しかも開けてみるまで何が入っているか分からないお楽しみジュース! というわけで飲みましょう。さ、グイッと」
「ジュースなら干し肉よりもクッキーのほうが合いそうね」
エミリアは苦笑しながら、自分のコップを手に持った。
ローラはそれに自分の水筒の中身を注いでいく。
すると黄色いジュースが出てきた。
オレンジジュースだろうか?
「あら? 飲んだことのない味ね。少なくともオレンジじゃないわ」
「え、そうなんですか? どれどれ……」
ローラは自分のコップにも注ぎ、一口飲んでみた。
確かに何のジュースか分からない。だが美味しいので二口目も飲む。やはり分からない。美味しい。ぐびぐび。コップが空になる。
「美味しいということしか分かりませんでした」
「ローラちゃん。私にも少しちょうだい」
「どうぞ、どうぞ」
「……ああ、これは多分、パインジュースよ」
「ぱいん、ですか?」
初めて聞く名前だったので、ローラはオウム返しに尋ねる。
「南国の果物ね。キウイといい、陛下ったら南国にハマってるのかしら?」
「へえ……パイン……何だか胸が大きくなりそうな名前ですね!」
とローラが音の響きだけで適当なことを言うと、アンナが目をキラリと光らせた。
「ローラ。私にもパインジュース飲ませて。胸を大きくする」
「いいですよー。その代わりアンナさんのジュースもください。中身は何でしたか?」
「私のはブドウジュースだった」
「ちなみにわたくしはトマトジュースですわ。甘さ控えめですわ!」
「私はリンゴジュースよー」
皆でジュースを回し飲みしたり、ミックスジュースを作ったりして遊ぶ。
ハクも飲みたそうにしていたので、お皿にジュースを入れてあげた。すると猫のように舌でペロペロ舐め始めた。実に可愛い。
そしてジュースで口の中がすっかり甘くなったので、休憩を終えて、再び通路を進んでいく。
たまに小部屋や分かれ道が現れ、そのたびに大賢者が「これは空飛ぶ羽衣があった部屋」「あれは空の宝箱ばかりの部屋」「ここを右にずーっとまっすぐ行ったところが戦闘メイドと出会ったところ。地図のここと繋がるわ。今は左に行くけど」と解説してくれた。
エミリアはそれを一生懸命、地図にメモしていく。
「あ、見て見て。この部屋、壁に沿って鎧がびっちり並んでるでしょう? 真ん中にある宝箱に触った途端、鎧が動き出して襲いかかってくるのよー」
「へえ、それはビックリしますねー。そんな厳重な警戒ということは、あの宝箱にはもの凄い物が入っていたんですね!?」
「ええ。服がスケスケになるメガネが入っていたわ」
「……あ、はい」
「それにしても、古代文明は何を考えて、このような宝物庫を作ったのでしょう? お宝を守るなら、もっと効率的な方法がありあそうですわ。わたくしには、遊びで作ったとしか思えませんわ」
シャーロットの言葉に大賢者が頷く。
「ええ、私もそう思ったわ。もしかしたら本当に、ここはアトラクションだったのかもしれないわね。宝箱の中身は、辿り着けた人へのご褒美」
それから、三体まとめて出現したゴーレムを、エミリアが根性で倒す。
その先には、下に続く螺旋階段が待ち受けていた。
「階段があるということは、この先が地下二層……学長の言葉を信じていなかったわけじゃありませんけど……この目で見ると鳥肌が立ちますね……」
エミリアは階段を覗き込みながら、震える声で呟く。
なにせこの先は、存在すら知られていない秘境中の秘境。
この何千年もの間、大賢者以外の人類が足を踏み入れていない可能性が高い場所。
「わたくしたちの名前、歴史に残ってしまいますわ! ガザード家、久しぶりの偉業ですわ!」
「私はお父さんとお母さんが教科書に載っているので、親子二代の偉業です!」
「庶民の私には不慣れな話……」
「私もドラゴンを倒したからギルドの記録にはずっと残るはずだけど……これはちょっと格が違うわね……」
未知の空間を前にして、それぞれが想いを口にする。
が、大賢者は情緒も何もなく、スタスタと階段を降りて行ってしまった。
「わぁっ、学長先生、もったいないです! こういうのは、もっと感動しながら進まないと」
「だって私は二回目だし。それに階段の前でジッとしていても仕方ないでしょ。この先には、もっと凄い物があるはずよ。前に来たときはあまり探索する時間がなかったから、私も二層のことはほとんど知らないの」
知らないから知りたいという、極単純な欲求。
いかにも冒険者らしい欲求。
もはや生きる伝説と化してしまった彼女だが、根っこの部分は新米冒険者と何ら変わらないのかもしれない。
そんな大賢者に感化され、ローラたちも慌てて階段を降りていく。
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