第152話 図書室で調べ物です

「司書さん、司書さん。浮遊宝物庫の本はどこにありますか?」


 シャーロットとアンナを引き連れて図書室にやってきたローラは、まずカウンターに座っている女子生徒に話しかけた。


 彼女は魔法学科の三年生。

 漆黒の髪を長く伸ばした美人さんだ。

 とても寡黙で、いつもジッと座って本を読んでいる。

 一度読書に熱中すると周りが見えなくなるタイプらしく、語りかけても答えが返ってこないことが多い。


 しかし将来は、司書を目指しているという話を以前、聞かせてもらった。

 それも『魔導書を管理する司書』が理想だとか。


 そこでローラは彼女を「司書さん」と呼ぶようになった。

 すると読書を中断し、嬉しそうに少しだけ微笑んで答えてくれるようになった。

 だが無論、まだ司書ではなく、ただの図書委員長である。


「浮遊宝物庫? それなら古代文明の棚にあるはずよ。ほら、あの辺」


「なるほど! ありがとうございます!」


「どういたしまして。でも元気一杯なのはいいけど、図書室では静かにね、ローラちゃん」


「はーい」


 司書さんこと図書委員長は、また読書に戻ってしまった。

 おそらく、このまま何時間もひたすら、ページをめくる指以外は動かさずに読み続けるのだろう。


「……図書委員長が変人だという噂は聞いていましたが……まさかあんな美人だとは知りませんでしたわ。漆黒の髪なんて珍しいですわぁ」


「話しかけても応えてくれないことで有名なのに。ローラは普通に話してた。凄い」


「えへへー、私の人徳ですよー」


「ぴ!」


 と、小声で語りながら、ローラたちは古代文明の棚に向かう。

 もっとも、今のところ、ローラたちと図書委員長しかいないので、騒いでも問題はなさそうだ。

 なにせ読書モードの図書委員長は、話しかけられようが触られようが、気にもとめないのだから。


「さてと。この棚から、それっぽい本を探しましょう」


「この本が面白そう。『古代文明は滅びたのではなく宇宙へと旅だったのだ!』って本。ロマンがある」


「アンナさん。面白い本を探しに来たのではありませんわ」


「でも、あとで個人的に借りていく」


「面白さだけで選ぶなら、これとかどうです? 『現代モンスターは弱すぎる!? ~復活した古代ドラゴンの俺がチートな魔力で無双する~』……どうやら小説みたいです!」


「ですから、趣旨が変わっていますわ!」


「分かってますよシャーロットさん。浮遊宝物庫の本を探すんです。しかし、それはそれとして……この本はあとで借りることにしましょう」


 読んでいたシリーズを最終刊まで読破してしまったので、寝る前に読む本がなくて困っていたのだ。

 この本が面白ければいいなぁと思いつつ、棚から抜いてテーブルの上にキープしておく。

 まあ、それはそれとして、浮遊宝物庫の本も真面目に探さなくては。


「あ、この本」


 アンナは背伸びして、棚の一番上から本を取ろうとする。

 しかし、彼女は十四歳まであと一週間という年齢。

 ローラほどではないが小さい。

 そこで後ろからシャーロットがアンナの腰を掴んで持ち上げると、ようやく手が届いた。


「ありがとう、シャーロット」


「どういたしまして。それにしても、この図書室、ちょっと棚が高すぎませんこと?」


「狭いスペースに本を詰め込んでますからねぇ」


 文句を言いつつ、三人で本の表紙を眺める。

 ちなみにタイトルは『戦闘メイドは見た! ご主人様のお供で浮遊宝物庫に向かった私は、超古代の秘密を知る!? お宝を巡る冒険者同士の血肉の争い!』だ。


「とても長いタイトルですねぇ……」


「しかし『戦闘メイドは見た』シリーズは評判がいいらしいですわ。この著者は五十年くらい前に活躍していた人で、実際にメイドと冒険者を兼業をしていたのですわ。それで同じく冒険者のご主人様と一緒に、色んな場所を冒険していて、それを本にして出版したノンフィクション。わたくしの実家にも何冊かありましたわ」


「へえ、戦闘メイドさんは実在の人物なんですね。それなら期待できそうです」


「早速、ページをめくってみよう」


 アンナが椅子に座って表紙をめくったので、ローラとシャーロットはその両隣に座った。

 ハクもテーブルの上にピョンと降りて、興味深げに見つめている。


「……何か、自分のご主人様がどれだけ格好良くて強くて偉大かという話から始まったんだけど」


「シリーズの恒例ですわ。その辺は読み飛ばしても問題ありませんわ」


 横から手を伸ばしたシャーロットが、勝手にページを進めてしまう。

 ご主人様の紹介のあとは、突如として出現した浮遊宝物庫に乗り込むためお弁当を用意する話。

 他の冒険者たちも浮遊宝物庫を目指していたが、自分とご主人様が一番乗りだった話などが続く。


「うーん……興味がないわけではありませんが、これじゃ日記です。私たちの求めている本とは違うのでは?」


「待って。次の章は『そもそも浮遊宝物庫とは何か』という紹介になってる」


 その章には、今日、授業で習ったことが書かれていた。

 しかしアンナの戦士学科ではまだ習っていないようなので、ローラとシャーロットで解説しながら読み進めていく。


「ふむふむ。確かに、探せばよさげな剣が眠っていそう」


「はい。実際、この本に『今まで浮遊宝物庫で見つかったお宝のリスト』がありますが、魔法剣も載っていますよ!」


 浮遊宝物庫の調査は、外縁部しか行なわれていないというのが通説だ。

 しかし、それでも、お宝のリストは百を超えている。

 まあ、お宝といっても、ローラたちには読むことすらできないであろう古代の書物とか、怪しげな壺とか、用途不明の魔力を帯びた道具とか、「それって本当にお宝?」と問いたくなるような代物も混じっている。


 だが中には、ドラゴンに践まれてもへこまない鎧とか、魔法を反射する盾とか、手に持って念じるだけで変身できる杖など、いかにも凄そうなお宝も発見されていた。

 古代文明の遺跡ならそうこなくちゃ、という感じだ。


 そして、剣もいくつか見つかっている。


 所有者の意識を乗っ取って手当たり次第に人を切りまくる剣、とか。

 切れ味はパッとしないが、手に持って何かしゃべると皆が笑ってくれる剣、とか。


 古代文明の人は何を思って作ったのだろうと首をひねりたくなる魔法剣がリストアップされていた。


 無論、普段の倍の速さで動けるようになる剣、といった普通に強そうな剣も見つかっている。


「やっぱり、古代文明の遺跡にはロマンがありますね。是非とも探険してみたいです!」


「同感ですわ。しかし、いつどこに出現するか分からないのでは、難しいものがありますわ」


「そうですねぇ……この戦闘メイドさんも、たまたま自分たちの家の近くに現れたから探険できたと書いていますし……」


 浮遊宝物庫の出現パターンは、いまだに明らかになっていない。

 明日現れるかもしれないし、十数年後かもしれない。

 エミリアは授業で、前に出てきたのは二十年前だから、そこそろ頃合いかもしれない――と言っていた。

 しかし、根拠のない話だ。

 下手をすると、ローラたちが生きているうちは、もう出てこないという可能性だってある。


「まあ、浮遊宝物庫は、とりあえず調べてみただけです。でも古代文明の遺跡を探すというのは、悪くないと思うんですよ」


「確かに、すでに発見済みの遺跡でも、隅々まで調査されているとは限りませんものね。あとから意外なお宝が見つかるというのは、よくある話ですわ」


 ローラとシャーロットが浮遊宝物庫から、もっと手頃な遺跡に話を移しているのに、アンナだけはまだ本を読み続けていた。


「どうしたんですか、アンナさん。その本にハマっちゃったんですか?」


「そういうわけじゃないけど……ここが気になって」


「はて? 何かよさげな情報が書いてあるんですか?」


 ローラはアンナが指さしているページを読み始めた。

 すると確かに、気になることが書いてあるではないか。


 ――私とご主人様は浮遊宝物庫の長い廊下を進んでいました。

 そして、とある石板を踏んだ、そのときです。

 カチッという音がしたと思ったら、向こうから大きな岩がゴロゴロと転がってくるではありませんか!

 私とご主人様は攻撃魔法でそれを破壊しようとしますが、流石は古代文明の遺跡。岩に何か細工がしてあるらしく、破壊どころか表面を削ることすらできません!

 仕方なく走って逃げますが、岩はドンドン加速し、私とご主人様を押し潰そうとします。

 ああ、もう絶体絶命。

 神様、私はどうなってもいいから、せめてご主人様だけは助けてください……と祈りを捧げたとき、本当に救いの主が現れたではありませんか!

 それは白銀色の髪を長く伸ばした女性でした。

 まるで本当に神様の使いかと思うほど麗しい彼女は、とてつもない魔力で岩を粉みじんに打ち砕きます。

 突然の出来事に、私とご主人様は唖然としますが、銀髪の女性は更に驚くべきことを言いました。


「ねえ、あなたたち。何か食べるものを持ってなぁい? お腹ペコペコで力が出ないのよ」


 女性はそう呟き、お腹からグゥゥゥという音を出しました。

 聞けば、たまたま浮遊宝物庫の出現地点を通りかかり、せっかくなので入り込んでみたはいいものの、何の準備もしていなかったから食料もなく、お腹と背中がくっつきそうなんだとか。

 そこで私は、持ってきたサンドイッチを女性に差し上げました。

 すると女性は美味しそうにぺろりと食べ、「美味しかったわ、ありがと~~」と言って、手を振りながらどこかへ言ってしまいました。

 その後、私とご主人様は浮遊宝物庫の探険を続けましたが、銀髪の女性と再会することはありませんでした。

 そして食料が尽きた三日目、数本のオリハルコンインゴットだけを成果に、地上に戻ります。

 銀髪の女性がサンドイッチをむしゃむしゃ食べなければ、もう一日滞在できたのですが……あまり長く居座ると、浮遊宝物庫と一緒にこの世界から消えてしまうことになるので、私とご主人様はよしとしました。

 まあ、それから更に三日ほど、浮遊宝物庫は空に居座っていたのですが。

 地上に戻った私とご主人様は、あの女性が何者だったのかと語り合います。

 あの膨大な魔力。飄々とした性格。白銀色の髪に、麗しい容姿。

 もしかしたら私たちは、伝説の大賢者に出会ってしまったのかもしれません――。


「が、学長先生じゃないですかぁぁぁっ!」


 ローラはつい大声を上げてしまう。

 しかし、それでも図書委員長は黙って読書を続けている。

 最早、図書委員としての仕事を放棄しているとしか思えない。

 もっとも、これが普通の図書委員だったら、ローラは今の大声でつまみ出されていたところだ。

 図書委員長の仕事放棄に感謝しつつ、新たな手がかりを得るため、ローラたちは学長室へシュパパッと駆け出した。

 その途中、エミリアに見つかり「廊下を走らないの」と怒られたので、歩いて行くことにした。

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