第104話 放課後の空中散歩です

 近頃、ローラとシャーロットは魔法に関して、同じ問題を抱えていた。

 それは、『いざ本気の戦闘となれば培った技術を総動員できるが、日常のちょっとした一コマでは、自分に何ができるのか忘れてしまう』という問題だ。


 特に顕著なのは、飛行魔法。


 なにせ普通に生きていて、人間が空を飛んでいるシーンを見かける機会は少ない。

 だからローラもシャーロットも、自分が飛べるということをたまに忘れてしまうのだ。

 よって、飛ぶことを日常にする。

 ことあるごとに飛行魔法を使い、体に染み込ませるのだ。

 あの遠足が終わったあと、布団の中でその方針を固め、そうしようそうしよう、と誓い合った。


 しかし、だ。

 シャーロットは少しやり過ぎではないのか。

 いくら飛行魔法を日常的に使うといっても、座学の授業中はやめたほうがいいと思う。


「ちょっとシャーロットさん! 私の授業、真面目に聞く気あるの!?」


 と、エミリアが怒るのも無理はない。

 なにせシャーロットは、飛行魔法により、座席からお尻をわずかに浮かばせている。

 授業中、ずっとだ。

 それで平然とした顔をしているなら大したものだが、そんな不自然な姿勢で浮遊し続けるのは、やはり辛いらしい。

 太ももや肩をプルプルさせ、顔も真っ赤。

 エミリアからしたら、馬鹿にされているように見えるかもしれない。


「ちゃんと聞いていますわ……バッチリですわ!」


「本当に? じゃあ、この問題の答えを黒板に書いてみて」


 それは、基本的なトラップ型攻撃魔法の魔法陣を書けというものだった。


「分かりましたわ!」


 シャーロットは自信満々に立ち上がる。

 しかし、浮遊魔法を止めて普通に立てばよいものを、足の裏をわずかに浮かせたまま黒板の前まで歩いて行くという難しいことにチャレンジし始めた。

 これはむしろ、普通に飛んでいったほうがまだ容易い。


 結果、魔力の加減を間違え……勢いよく離陸し、天井に頭をぶつけた。

 ゴツンと激しい音を教室に響かせ、落下。

 バチーンと顔面から床にダイブする。

 生徒たちの悲鳴と爆笑が同時に広がった。


「うわぁっ、シャーロットさん、大丈夫ですか!」


「もう、何なの! 何であなたたちはトラブルばかりおこすのよ!」


 ローラとエミリアは慌ててシャーロットに駆け寄り、二人で抱き起こす。

 幸いにも出血はしていないが、完全に気絶している。あと大きなタンコブができている。

 エミリアがその頬をペチペチ叩くと、シャーロットは目を覚まし、そして周りをキョロキョロ見回す。


「わ、わたくし、なぜ教室に……お花畑にいたはずですわ」


「授業中にさらっと天に召されかけないで!」


 そのあと授業終了までの十五分間、エミリアのお説教タイムだった。

 シャーロットは黒板の前に正座されられ、シュンとする。

 可愛そうなので、ローラも一緒に正座してシュンとしてみた。


        ※


「うぅ……わたくしは、ただ飛行魔法の練習がしたかっただけですのに……なぜ魔法学科なのに魔法の練習をして叱られるのですか……」


 放課後、校舎の裏でシャーロットは涙目になっていた。

 そりゃそうだろう、と思いつつ、ローラは年上のルームメイトを宥めた。


「実技は実技、座学は座学ということですよ、シャーロットさん」


「座学しつつ実技をしてもよろしいではありませんか。現にわたくしは、あの魔法陣の問題を解けますわ!」


「でも黒板まで辿り着けませんでしたし……それに天井に頭をぶつけて授業妨害したら、そりゃ怒られますよ」


「うぅ……ローラさんが正論でわたくしを虐めますわ……」


 だって本当のことなのだ。

 仕方がないではないか。

 あんなことを続けていたら、シャーロットは不良少女になってしまう。

 厳しいことを言ってでも止めさせないと。

 などとローラがガラにもないことを考えていると、待ち合わせしていたアンナがトットコ走ってきた。


「ごめん、お待たせ。教室の掃除が長引いた」


「掃除当番だったんですね。大丈夫ですよ、遅れてません。まだミサキさんだって来てないし」


 すると、丁度そこにミサキの元気のよい声が聞こえてくる。


「お待たせでありますぅ。頼まれていた物をお持ちしたでありますぅ」


 ピコピコ耳と尻尾をゆらしながら現われたミサキは、肩にホウキを担いでいた。

 ローラが頼んでいた物だ。


「おお、ミサキさん、ありがとうございます。これで空の散歩ができますよ」


 そう。

 飛ぶことを習慣づけるため、ローラとシャーロットは空中散歩を日課にしようとしているのだ。

 だが、アンナとミサキは飛べないので、仲間はずれになってしまう。


 そこで、昨日はミサキがローラの背中に、アンナがシャーロットの背中に乗って飛んだ。

 しかし、ローラとシャーロットでは、魔力の量にかなりの差がある。

 同じように一人背負って飛んだのでは、スピードに差が出てしまう。

 それでもシャーロットは必死に追いつこうと頑張るので、背中のアンナとしては恐ろしくてたまらないらしい。


 よって、ローラがホウキを飛ばし、その後ろにアンナとミサキに乗ってもらうことにしたわけだ。

 これならシャーロットは一人でスイスイ飛べる。ローラもハンデを背負って丁度いい。


「ハンデなんて悔しいですわ。早くローラさんをぶち抜けるようになりたいですわ」


「まあまあ。競争もいいですけど、今日のところは皆で楽しく空中散歩です」


「ぴ!」


「おや? ハクは自分で飛ぶんですか?」


「ぴー」


 ハクはローラの頭から飛び立ち、自分の翼で皆の周りをクルクル旋回し始めた。

 魔法ではなく、羽ばたいて飛ぶというのも気持ちが良さそうだ。

 しかしローラには翼がないので、こればかりは諦めるしかない。


「じゃあ、行きましょう。アンナさん、ミサキさん、ホウキに乗ってください!」


 まずはローラがホウキに跨がり、その後ろにアンナ、最後にミサキと乗っていく。

 そしてローラの魔力がホウキ全体に浮力を与え、ふわりと地面から浮き上がった。

 ホウキはゆっくりと高度を上げていき、校舎よりも高い位置まで登る。


「ぴー」


 その後ろをハクが付いてくる。

 小さいのに空高くまで飛べて偉い。可愛い。


「わたくしも行きますわ!」


 シャーロットはびゅーんと加速し、ホウキとハクを追い越してしまう。

 遙か上空からローラたちを見下ろし、何やら勝ち誇ったような顔をしている。


「シャーロットさん。競争じゃないって言ったじゃないですか」


「あら、申し訳ありませんローラさん。わたくし、高いところが好きなものでして」


 何とかと煙は高いところに上ると聞いたことがあるが、何だっただろうか。

 思い出せないので、ローラは黙って高度を上げていく。


「いやぁ、それにしても、空を飛ぶというのは何度やっても気持ちがいいものですね」


 ローラは小さくなっていく校舎を見つめながら、しみじみと呟く。


「全くであります。ロラえもん殿たちと友達になったおかげで、貴重な体験ができるであります」


「私は特殊魔法の適性がないから、頑張っても空は飛べそうもない。がっかり」


「アンナ殿はその分、強化魔法と筋力を鍛え、ジャンプ力で補うであります。もの凄く高くジャンプすれば、飛んでいるのと同じであります」


「なるほど、それはいい考え……いや、やっぱりその理屈はおかしい」


「却下されてしまったであります」


「ぴ!」


 ようやくシャーロットのいる高度まで上昇した。

 遠くに見えるオイセ山の山頂とほとんど同じくらい高い。

 ローラ五百人分くらいはある。


「さてさて。どっちに向かって飛びましょうか」


「メーゼル川沿いに下っていくのはどうでしょう?」


 シャーロットがそう提案した。


「なるほど。メーゼル川は大きいので、空からでも見失ったりしませんからね。分かりやすいです。そうしましょう」


 メーゼル川は、ミサキの故郷であるオイセ山を源流とし、王都の近くを流れている大河だ。

 かつて、それを下っていった場所にリヴァイアサンが出現し、パジャレンジャーの初陣を飾ったことがある。

 また、ハクの卵がどんぶらこと流されていたのも、この川だ。

 更にメーゼル川を下ると、ローラの故郷、ミーレベルンの町に辿り着く。

 色々と縁の深い川なのだ。


「では、出発進行です。ハク、しっかり付いてきてくださいね。迷子になっちゃ駄目ですよ」


「ぴー」

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