第100話 ダイケンジャーとの戦いです

 結局、初日は山頂に辿り着くことができなかった。

 サイクロプス以降もモンスターと遭遇したし、何よりも疲労がたまってきた。

 流石のローラも、魔力が一度ゼロになってから再び行動するというのは無理があったようだ。

 強烈な睡魔に襲われ、ふにゃふにゃと倒れてしまう。


「ふぇ……ごめんなさい、もう寝ちゃいそうです……」


「仕方ありませんわ。もう夜ですし、わたくしも疲れましたわ……」


「夜は無理せず、野宿」


 ローラの記憶はそこで終わっている。

 次の日、目を覚ますと疲労感はすっかりなくなっていた。

 聞けば、シャーロットとアンナが交替で見張りをしてくれたらしい。


「私だけがぐーすか寝ちゃって……ごめんなさい」


「気にしないでくださいな。ローラさんは九歳なので夜更かしはいけませんわ」


「夜は敵が出なかったし、問題ない。それにローラは大賢者の砲撃から守ってくれたから、おあいこ。助け合い」


「そう言ってもらえると助かります」


 目覚めた三人は、まだ寝ているハクを連れて再び山頂を目指す。

 ハクは最初アンナに抱かれていたが、途中で目を覚ますと「ぴー」と鳴いてローラの頭に移動した。

 やはりそこが一番落ち着くようだ。


「あ、見てください。砦がありますよ!」


「ここが山頂?」


「あと登る場所がありませんし、ゴールですわ。砦に入って学長先生を救出すれば終わりですわ」


 ここが島で一番高い場所だ。

 目の前には灰色で真四角の砦がある。

 あの中に大賢者が囚われのお姫様になって捕まっている、という設定だ。


 何とか二十四時間というリミットには間に合ったらしい。

 しかし、問題がある。

 ご褒美をもらえるのは一番乗りになった者だけ。

 そして、ここには三人もいる。


 山頂までは三人で協力し、辿り着いたら三つ巴で雌雄を決すると、初めから取り決めていた。

 ゆえに、ここからは敵同士だ――。


 と、ローラが開戦の言葉を口にしようとした瞬間。

 砦が真ん中から左右にパカリと割れる。

 何事かと考える前に、砦から白銀の塊がヌッと顔を出した。


 大きさは昨日倒したサイクロプスと同じくらいだ。

 だが、これは生物ではない。

 金属の塊。

 巨大な鎧。

 兜の隙間からは顔が見えず、モヤモヤとして黒い霧だけが漏れ出す。


 そんなものが砦の中から現れたというだけでも不気味だが、重要なのは外見以外にあった。

 なにせ、たんに大きいとか金属でできているというだけなら、ローラたちにとって障害たり得ない。


「こ、この魔力は……」


 なのにローラたちが愕然としてしまったのは、鎧が放つ魔力が途方もなく大きく、そしてよく知っている人に波長が似ていたからだ。


「くくく……よくここまで辿り着いたな。大賢者……じゃなかった、囚われの姫を帰して欲しくば、この私を倒して見ろ!」


 鎧はそんな台詞を放った。

 完全に大賢者の声だった。


「学長先生! 演技下手くそですよ!」


「子供のおままごとの方がマシですわ……」


「正体を隠す気があるのかと疑うレベル」


 ローラたちの酷評を受けて、鎧は後ずさった。


「そ、そんなことはどうでもいいでしょ! 私は今からあなたたちをコテンパンにするから。私を助けたかったら私を倒して見せなさい!」


 鎧は大きな指でローラたちをビシッと指差した。

 この人は何を言ってるんだろう、とローラは切実に思った。


「もう帰ってもいいですかぁ?」


「帰ってもいいけど二十四時間経ったら、くすぐり地獄よ!」


「はっ、そんな罠が! まあ、帰るつもりはないですけどね!」


 目の前にいる鎧は大賢者そのものではないが、大賢者の魔力で操られている。

 今まで出てきた精霊やモンスターも似たようなものだが、今回は秘められた魔力量が段違いだ。

 砦の目前で現れたことから考えても、最後の障害として設定された敵なのだろう。

 絶対に強い。

 強敵と戦うチャンスは逃してはならない。


「わたくしの一撃で貫き、砦に一番乗りですわ!」


 真っ先に動いたのはシャーロットだった。

 あの円錐状の結界で、音速突撃をかます。

 それは鎧の腹に直撃したが、カーンといういい音を鳴らして跳ね返されてしまった。


「か、固いですわぁっ!」


 素早く突っ込んだシャーロットは、素早く戻ってきて尻餅をつく。


「あれを相手にハンデを負ったまま戦う……難しい」


 傷一つつかなかった鎧を見つめ、アンナは深刻な声を出す。

 すると鎧が「あ」と間の抜けた声を出した。


「ごめんなさい。ハンデのこと忘れて鎧のパワーを設定しちゃったわ」


「「「ええ……」」」


「仕方ないでしょ。さっきまで寝てたんだから。もう面倒だから、ハンデは気にしなくてもいいわよ。あなたたちだけペナルティも解除するわ。ここまで登ってくる間に、ハンデのおかげで色々学べたでしょうから、それをこの鎧にぶつけなさい!」


 大賢者はアバウトなことを言い出す。

 もっとも、ハンデがなくなるのはありがたい。

 特にローラはくすぐられるのが苦手なので、あの影が「ででーん」と出てきたら、その瞬間に負けが決まってしまう。


「それじゃ、あなたたち、準備はいい?」


「おっけーですよ」


 ローラはそう言って、自分を縛るロープを引き千切る。


「じゃあ行くわよ。生徒特訓用大型リビングメイル『ダイケンジャー』起動!」


 そういう名前だったのか。

 まるで今思いついたようなネーミングだ。

 それにさっきから動いているので、改めて起動と宣言する意味も分からない。

 とはいえ、どんなにボケていても、油断は一瞬たりともできない。

 どんな攻撃をしてくることやら――。

 そうローラが警戒していると、不意に足元の感覚が変わった。

 固い地面に立っていたはずなのに、ズブリと泥沼のように沈み込む。


「な、なんですのこれは!?」


「足元が真っ暗な影になってる……!」


 シャーロットとアンナが言うとおり、自分たちの真下に黒い空間が広がっていた。

 それはこの世界と、少しずれた別の世界を繋げる門。

 次元倉庫の入り口だ。

 大賢者が自分で編み出したオリジナルの魔法であり、現在、世界に二人しか使い手がいない。

 向こう側の世界はこちらと地続きではないから、一度飲み込まれたら、自力で帰ってくることは不可能だ。


 ローラは反射的に、自分を飲み込もうとしている〝門〟へと干渉する。

 次元の門を開けようとする力と閉じようとする力が反発し合い、ローラは上空へ弾き飛ばされた。

 シャーロットとアンナも同じようにして救おうとしたが、それより早く二人は向こう側に飲み込まれ消えてしまった。

 助けられたのは、ローラの頭の上にいたハクだけである。


「いきなり相手を次元倉庫に飲み込む……先手必勝の技ですね……!」


 飛行魔法で空中にとどまりながら、ローラは眼下のダイケンジャーを睨む。


「まあね。でも動いてる相手を飲み込むのは難しいし、大きな門を維持するのも大変なのよ。ドラゴンとかと戦うには向かない技ね」


「なるほど。勉強になります!」


「ま、私は飛んでるドラゴンでも飲み込めるけどね」


「むー……私だってできますよ! えいっ!」


 ローラは大賢者に対抗意識を燃やし、次元倉庫の門を開く。

 標的は生徒特訓用大型リビングメイル『ダイケンジャー』。

 三階建ての建物と同じ高さの巨人だが、飲み込んでみせる。

 足元に門を開くなんて悠長なことはせず、ダイケンジャーの全体を包むような大きな門を開き、一気に向こう側に送るのだ。


「遅いわ!」


 ローラは門を開くことに成功した。それは空間に空いた、真っ黒な穴だ。

 だが、そのときダイケンジャーは既に、真横へ移動していた。


「次こそは!」


 もう一度、門を開く。しかし避けられてしまう。

 何度くり返しても、ダイケンジャーの反復横跳びの方が早い。


「ぐぬぬ……いいですよーだ。普通の攻撃魔法で倒しますから」


「あら、ローラちゃん。そろそろ私だって攻撃するわよ。そーれ、ロケットパンチ!」


「なっ!?」


 ダイケンジャーが腕を掲げたかと思うと、その肘から先が分離し、火を噴いて飛んできた。

 その大きな拳はとても威圧感がある。

 しかも大賢者の魔力でコーティングされているので、当たったらとても痛いに違いない。

 なのでローラは防御結界でロケットパンチを防ぐ。

 が、昨日の光球と同じように、ローラの魔力がガリガリ削られていく。


(あ、そうだ。次元倉庫に移動させちゃえばいいんだ!)


 ロケットパンチは防御結界に阻まれ静止している。

 これなら門に飲み込むのも簡単だ。


「えいや!」


 ローラは掛け声とともにロケットパンチを消してしまう。

 なんらかの方法で対象を止めてしまえば、今のローラの技術でも、次元倉庫は戦闘で使えると証明できた。どんどん積極的に使っていこう。


「ハク。相手は片手を失って弱体化しています。一気にトドメを刺してしまいましょう。炎を吐いてください!」


「ぴー!」


 ローラの頭の上で待機していたハクは、言われたとおりダイケンジャーへ炎を吐く。

 同時にローラは強化魔法を実行。

 ハクの炎は劇的に強化され、ハクゲキ砲となってダイケンジャーの装甲に襲いかかる。


 しかし、それでもダイケンジャーには焦げ目一つつかない。

 白銀の美しい金属が、炎を反射して輝くばかりだ。


「それなら更に強化です!」


 ハクの炎はより火力を増す。

 炎の範囲は眼下一面に広がり、ダイケンジャーの後ろにあった砦や森まで燃えている。

 ところが、肝心のダイケンジャーは溶けたり焦げたりする様子がない。

 ハクの炎だけで足りないなら、自分の攻撃魔法も使おうとローラが思った、そのとき。


「ピィィィィィィィィィッ!」


 ハクの口から甲高い声が上がり、炎が一本の細い線へと収束していった。

 もはや炎というよりオレンジ色の光線だ。

 その一点に集中した熱量は、これまでの比ではない。

 ダイケンジャーの胸に命中し、装甲を真っ赤に熱していく。

 そして遂に――表面がドロリとわずかに溶けた。


「まあ、凄い。それが神獣ハクの真の攻撃よ。まだ生まれたばかりなのに、凄い成長速度ね」


 大賢者の感心した声が聞こえてくる。


「ハクの真の攻撃……つまり、名付けてシン・ハクゲキ砲です!」


 シン・ハクゲキ砲はついにダイケンジャーの胸部に穴を空け、一気に背中まで貫通した。

 これで自分たちの勝利だ。

 そう思ったのだが、甘かった。

 背後に次元倉庫の門が開く気配がし、そして振り向く前に衝撃がやってくる。


「うわっ!」

「ぴっ!?」


 吹っ飛ばされながら、ローラは自分を殴った物の正体を見た。

 腕である。

 さっき次元倉庫に送ったダイケンジャーの右腕が、こちらの世界に帰ってきてローラを攻撃したのだ。

 念のために全周囲を防御結界で包んでいたから、吹っ飛ばされるだけで済んだ。


 それにしても、右腕を次元倉庫に送ったのはローラなのに、それを大賢者の意志で呼び戻すことができるとは。

 流石は次元倉庫の開き方を最初に見つけた人だ。

 やはり開祖は強い。

 しかしそうすると、大賢者によって向こう側に送られたシャーロットとアンナを、ローラが呼び戻すことが可能なのでは。


「シャーロットさん、アンナさん、召喚!」


 ものは試しだとやってみたら、本当に二人が帰ってきた。

 だが勢い余ってダイケンジャーへ向けて発射してしまった。


「「きゃぁぁぁ!」」


 このままでは二人が頭をぶつけて死んでしまう。

 それは駄目なので、ローラは慌てて防御結界で彼女らを包む。

 せっかくなので、昨日シャーロットがやっていた円錐状の結界にしよう。

 そうすれば攻撃にもなって一石二鳥だ。


「シン・ハクゲキ砲で空けた穴を更に広げるのです!」


「ふふ、そうはいかないわよ」


 ダイケンジャーに当たる直前、二人はまた次元倉庫に送られてしまう。

 しかしローラは諦めない。

 もう一度、二人を召喚して、発射!


「「ぎゃあああ!」」


 だがやはり、大賢者によって次元倉庫に。


「ぐぬぅ……ならばもう一度!」


「ローラちゃん。いくらなんでも二人が可哀想だから、これやめない?」


「……そうですね」


 シャーロットもアンナも大切な親友だ。自分の都合で振り回してはいけないのだ。

 それを教えてくれるとは、大賢者は素晴らしい教師である。


「シャーロットさんとアンナさんには、もう暫く次元倉庫に入っていてもらいましょう。そして学長先生。そろそろ決着をつけましょう!」


「望むところよローラちゃん。私もいい加減、お昼寝したいし!」


「むむ? つまり長期戦に持ち込めば、逆に学長先生が眠くなって私が有利ということですね!」


「まあ、悪知恵が働くのね。でも、タイムリミットまであと一時間くらいよ」


「なんと! じゃあ、一時間で倒します!」


 ダイケンジャーのどこを攻撃すれば倒せるのか知らないが、原形をとどめないくらい破壊してしまえば、流石に動かなくなるはずだ。

 ロケットパンチのように一部分だけで攻撃してくるかもしれないが、そのときは欠片残さず消滅させてやる。

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