第98話 思わぬ攻撃です

 巨大な雷の精霊は、ローラたちの頭上に脚を振り下ろした。

 巨体のくせに素早い。

 まさに電光石火の踵落としを、ローラたちは魔力で強化した脚力で回避する。

 もっともローラは自分では動けないので、アンナとシャーロットに運んでもらった。

 ハクもローラの肩にしがみついて一緒に運ばれる。


 精霊の脚は周りの木々を飲み込み、一瞬にして木の葉を焼き尽くし、幹を炭化させる。

 恐ろしい電力だ。

 あれを喰らったら、ローラはともかく、あとの二人は無事では済まないだろう。


「反則的な強さですわ! こんなの、わたくしたち以外は一瞬で死んでしまいますわ!」


「もしかしたら、生徒によって出現する敵を変えてるのかもしれない。学長先生ならそのくらいできそう」


「じゃあ逆に言えば、私たちならこのくらいの相手に勝てると学長先生は判断したんです。頑張りましょう!」


「期待には応えなければいけませんわね。まずは敵の電力を減らしますわ!」


 そう言ってシャーロットは、自分の身の丈を超える水の矢を、三本も形成。

 雷の精霊目がけて発射した。

 水は電気をよく通す。だから水の矢で、精霊の体を構成している電気を散らしてしまおうという魂胆だ。


 その考えは悪くない。

 しかし――。


「ででーん。シャーロットちゃん、アウト!」


 シャーロットには攻撃魔法を使ってはいけないというハンデが課せられていた。

 それを忘れてしまった彼女には、恐るべきペナルティが襲いかかる。


「あひ、ひぃぃぃぃっ!」


 背後に現れた影に脇腹をくすぐられ、シャーロットはうつ伏せに倒れる。

 だが当然、影はくすぐりを緩めることなく、馬乗りになって脇腹をこちょこちょし続けた。

 悶絶し動けなくなっているシャーロットに、精霊の拳が迫る。


「危ない!」


 アンナは丸太を地面に突き刺し、身軽になってシャーロットへと走る。

 そして彼女を抱いて安全圏まで退避した。

 それに合わせて影も高速で移動し、一瞬も休むことなく、くすぐり続ける。

 おそらく影は、どんな状況下でも、ハンデを破った者に罰を与えるという役目を忠実に果たし続けるのだろう。

 それに比べて、雷の精霊はまだぬるい。

 こうしてローラたちがまだ無傷でいるのだから。大賢者はかなり手加減してくれている。


 だが、もはやこれまでかもしれない。

 シャーロットは笑いながら暴れているし、アンナはそんな彼女を抱きかかえて行動を制限されている。

 そしてローラは地面に突き刺さった丸太に縛られたままだ。

 今まで運んでくれていた二人と距離を離されてしまった。

 もう回避は不可能だ。


「あ、でもこの状態でも攻撃魔法が使えるじゃないですか。喰らえ、塩水ハンマー!」


 ローラは島を取り囲む海から塩水を集め、精霊の上空に巨大なハンマーを作り出す。

 塩水は普通の水より更に電気を通しやすい。

 それを叩き付けられた雷の精霊は、塩水ハンマーの中に拡散してしまう。

 すかさずローラは、塩水を海に戻した。

 あの大きな雷の精霊といえど、広い海に溶かしてしまえば、そのまま消え去るしかない。


「よし、何とかなりました!」


 丸太に縛られているという状況のせいで、自分は行動を制限されていると思い込んでしまった。

 だが冷静に考えれば、魔法があれば大抵のことができる。

 それに今、塩水ハンマーを使った感覚で分かったのだが、くすぐりによる精神的ダメージが抜けてきている。

 ものは試しにと、ローラは丸太を離陸させてみる。

 すると見事に丸太が浮かび上がった。ふわふわとシャーロットとアンナのところまで飛んでいく。

 もうシャーロットのペナルティが終わったようで、影の姿はなかった。


「どうですか! こうやって飛べば、丸太もさほどハンデじゃないですよ!」


「ローラ完全復活。良かった良かった。これで大変な思いしなくて済む」


「あはは……今まで運んでもらってありがとうございます。なにせ普段は飛ばないので、魔法の中でも難しい方なんですよね」


「いけませんわローラさん。わたくしたち、もっと『飛ぶこと』を日常にしないと。咄嗟のときに使えないのでは、技術の持ち腐れですわ」


「そうは言っても、人間、日常で飛ぶことってないですから……」


 そんな話をしていたら、ローラの肩に捕まっていたハクが翼を広げ、パタパタとその辺を飛び始めた。

 自分は日常的に飛んでいるぞ、と訴えたいのだろうか。


「分かりました。放課後はハクと空中散歩することを習慣にしましょう。毎日飛んでいれば、もっと自然に飛べるようになるはずです!」


「その空中散歩、わたくしもお供しますわ」


「……仲間はずれ」


「むぅ……じゃあアンナさんは私の背中に乗って空に行きましょう!」


「ちょっとサイズのバランスが悪い気がする。シャーロットの背中にする」


「構いませんわ。その方がきっと修行になりますわ!」


 山頂に行くのだって、こうして地面を歩くより飛んでいったほうが早い。

 ローラはふわりと高度を上げていき、ハクがその後ろをパタパタとついてくる。

 アンナはシャーロットの背中にぴょんとしがみつき、シャーロットはアンナをおぶって離陸した。


「山頂まで一っ飛びです」


「ふふ、学長先生は時間設定を間違えたとしか思えませんわ」


「二十四時間どころか、まだ二時間くらいしか経っていないはず」


 あと数分もあれば山頂に到着する。

 ローラたちが素早すぎて、大賢者は驚くかもしれない。


「一番乗りのご褒美ってどんなものでしょう? 早く欲しいです!」


「あらローラさん。山頂に着いたら三人で決着を付けるのですよ? 一番乗りになれるのは一人だけなのですから。ご褒美をもらえるつもりになるのは、気が早いですわ」


「そうでした、そうでした。でも私、負けませんよー」


「自信たっぷりですわね。しかしローラさん。あなたは今、丸太から離れたら影にくすぐられるというハンデを負っているのですわ。ロープを集中して狙えば……ふふふ」


「なっ! そういうのは卑怯ですよ! それにハンデならシャーロットさんの方がキツイじゃないですか。なにせ攻撃魔法が使えないんですからね」


「それはどうでしょう。攻撃魔法を使わなくても攻撃する方法を思いつきましたわ」


「私も何とか片手で剣を使ってみせる。頑張ればいけるはず」


「片手で剣を使えるようになったら、もう片方の手に盾とか持てますね」


「二刀流もいける」


「おー、夢が広がります!」


 こうして考えると、このハンデはよく考え抜かれている。

 生徒たちに課題を出し、自分たちの創意工夫で達成させていく、といった感じだ。

 しっかり守っていれば、技術の幅が広がるに違いない。

 やはり大賢者は凄い人だ。お昼寝してばかりに見えて、ちゃんと教育者としての自覚があるのだ。

 しかし、そうなると、二十四時間というタイムリミットに違和感が残る。

 このまま行けば、ローラたちは程なくして山頂に到達してしまう。

 ハンデがこれだけ巧妙なのだから、時間設定だけが杜撰というのは考えにくい。

 そうローラが頭を悩ませていると、山頂で何かがキラリと光った。

 何だろうと考える間もなく――巨大な光球が迫ってきた。


「のわぁっ!」


 ローラたちは慌てて回避する。

 一軒家くらいの大きさの光球だった。とんでもない魔力が詰まっていた。

 直撃したら、ローラですらただでは済まないだろう。

 こんな威力の攻撃魔法を使えるのは、おそらく世界に一人しかいない。


「学長先生の攻撃ですか!?」


「囚われのお姫様って設定なのに、どうして攻撃してくるの?」


「そんなの本人に聞いてくださいな! あ、また光りましたわ!」


 あれほどの威力を持った魔法を、この短時間でもう一発撃てるとは信じがたい。

 空から山頂に行くには、これを回避しながら進まないとならないのか。

 考えただけでも恐ろしい。

 ここは堅実に、地面を歩いて行くべきかもしれない。


「とりあえず回避です! ハクは私に捕まって!」


「ぴっ!」


 飛行魔法の軌道を変え、二発目の光球を避ける。

 が、避けた先に三発目が飛んできた。


「連射っ!?」


 もう一度回避――は間に合わない。

 光球は眼前に迫っている。

 ローラだけならともかく、アンナを背負っているシャーロットは直撃を喰らってしまう。

 全員が助かるには、防御結界でしのぐしかない。


 ローラは全身全霊で球状の防御結界を形成する。

 着弾までの刹那で、なんとか全員を包み込むことに成功した。

 それはローラにとって〝切羽詰まった状況で魔法を使う〟という初めての経験だった。

 失敗すれば後がない。下手をすれば命を失う。

 そんな状況に追い込まれたのは生まれて初めてだった。

 ゆえに、掛け値なしの本気。

 王都を一撃で火の海にしてなお余りあるような魔力を、完全に防御だけに集中させたのだ。


 魔法適性9999から生まれた究極の盾。これを貫ける矛など在りはしない――。


 そう断言したいところだが、大賢者の放った光球は、ローラの防御結界を激しく揺らした。

 振動が中まで伝わり、大気が震える。

 結界がガリガリと削れていき、少しでも気を抜けばその瞬間に貫かれてしまう。

 ローラは結界を維持するため、常に魔力を放出し続ける。

 まるで栓の壊れた蛇口のようだ。

 如何にローラの魔力が膨大でも、大賢者の攻撃を前にしては分が悪い。


(それにしても、これって……!)


 ローラにとって大賢者は、戦闘で勝てない唯一の相手だ。

 それはもともと分かっていた。

 しかし、直接戦ったことはない。

 どれほどの差があるのか理解していなかった。

 そして、こうして実際に触れてみても分からない。

 この攻撃は大賢者にとって力の一端に過ぎないはずだ。

 対するローラは、もう限界。

 程なくして魔力が尽き果てる。


(く、悔しい……!)


 これもまた初めての感情。

 父親と剣の修行をしていたときだって、何度も負けた。

 だが、それは負けて当然だと思っていたし、剣の修行が楽しすぎて勝敗はあまり気にしていなかった。

 しかし今のローラにとって、勝つことは日常になっていた。

 別に周りを見下すつもりはないが、増長していたのかもしれない。


 だからだろうか。

 こうして負けることが、悔しくて悔しくて仕方ない。


 負けたくないと思っているのに、防御結界をこれ以上厚くするのは不可能。

 ローラの魔力は枯渇した。

 防御結界が崩壊する。

 勝敗を強烈に意識した戦いで、負けてしまった。


 そして大賢者の光球は、ローラたちに当たる直前で消滅する。

 死なないように気を使ってもらったのだ。


「勝、ちたい……っ!」


 もう飛行することもできなくなり、ローラは真っ逆さまに落ちていく。

 そのさなか、呪詛のように想いがこぼれた。


「ローラさん!」


 シャーロットが落下するローラを追いかけてくる。

 地面と激突する直前に追いつき、彼女の背中にいたアンナが丸太を掴んで止めてくれた。

 命が助かった。

 なのに喜びはない。

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