第97話 名剣ローラソードです
山頂までは三人で協力して行くと事前に決めた以上、足手まといがいたからと言って、置いていくわけにはいかない。
人にはそれぞれ得手不得手があるのだ。
役に立たないと思われていた人が、ある特定の状況下で真価を発揮するということもあるだろう。
よって、丸太に縛られ、まさに手も足も出ない状態になったローラも、いつか役に立つかもしれないのだ。
「いやぁ……運んでもらって申し訳ないですね……」
ローラが括り付けられた丸太を、シャーロットとアンナが二人で肩に担ぎ、えいほえいほと山を登っていく。
身動きできないのは辛いが、こうして運んでくれる友達がいるというのが嬉しい。
また仰向けの状態で運ばれているので、空を向いたまま移動するという珍しい体験もできた。
なかなか楽しい。
「ぴー」
そしてハクはローラのお腹の上に座り、その辺から取ってきた木の実を食べていた。
まるで御輿に乗った王族のようだ。
つまりローラが御輿で、シャーロットとアンナが担ぎ手である。
「ふと思ったんだけど。飛行魔法で丸太ごと飛んじゃダメなの?」
アンナがぽつりと疑問を口にする。
「うーん……飛行魔法って普段使わないので、結構、集中力がいるんですよ。丸太に縛られた状態というのが奇妙すぎて集中力が……それになにより、失神寸前までくすぐられたダメージが抜けていないので、しばらく休ませてください」
「なるほど。確かにあのくすぐり地獄は仕方ない。ローラが復活するまで運んであげる。その代わり、敵が出てきたらローラで殴る」
「私、鈍器にされるんですか!?」
「その辺の剣より強そうですわ」
「強度は間違いなく歴史に残るレベル」
「……分かりました。遠慮なく私の体を使ってください!」
飛行魔法はくすぐりの精神的ダメージが抜けないと難しいが、強化魔法で体を頑丈にするのは簡単である。
と、丁度そこに、ミノタウロスが現れた。
Cランク指定のモンスターだ。
生徒が一人で相手取るのはなかなか難しい。
しかしローラたちにとってミノタウロスはただの雑魚だ。
「ハク、退いて」
「ぴ!」
アンナの合図でハクは空中に飛び立つ。
その瞬間、アンナは丸太を振り回し、ローラをミノタウロスに叩き付ける!
ミノタウロスはベキベキッと骨が砕ける音を出しながら、森の奥へと飛んでいく。
「一撃必殺、ローラソード」
「流石はローラさん。素晴らしい破壊力ですわぁ」
「ソードなんですかね? どっちかというと棍棒じゃないですかね?」
「じゃあローラ棍棒」
「うーん……やっぱりソードのほうが格好いいですねぇ」
「分かった。ローラは遠足が終わるまで、名剣ローラソード」
ローラは剣士アンナに、名剣として認定された。
そのときである。
アンナの背後から、あの黒い影が現れたではないか。
「アンナさん、危ない!」
「ん?」
ローラが叫んだときはもう遅かった。
「ででーん、アンナちゃん、アウト!」
影は口もないのに大賢者の声で叫び、そして腕をアンナの脇の下に伸ばす。
こちょこちょこちょ。
「あ、ああっ!」
アンナはローラソードを地面に落とし、顔を真っ赤にして身もだえる。
剣士が剣を落とすなど、よっぽどのことだ。
それでも影は容赦なくくすぐり続ける。
「そうかアンナさんは今、私を両手で振り回したから……」
「剣の両手持ち禁止というハンデに接触したのですわ!」
アンナを助けるため、シャーロットがローラソードを持ち、影に向かって振り下ろす。
だがローラソードは虚しく影を擦り抜けてしまう。
実体がないのだ。
そのくせしっかり、くすぐったい感触は伝えてくるのだから恐るべき相手だ。
ハクも前脚の爪で影を引っ掻こうと試みているが、効果はない。
ローラたちは為す術なく、くすぐられ悶絶するアンナを見ているしかなかった。
そして数分後。
ペナルティが終わったらしく、影は地面の中に戻っていく。
「アンナさん、大丈夫ですか!?」
ローラは丸太ごと転がり、アンナのそばへと近寄る。
途中で後ろからシャーロットが押してくれたので、転がるのが楽になった。
「アンナさん、しっかりしてくださいまし! そんな潤んだ瞳で見つめられたら……ああ、お可愛らしいですわぁ」
シャーロットはぐったりしたアンナを抱きしめ頬ずりする。
「……なんとか大丈夫。それにしても、ローラソードも剣扱いとは厳しい。どう見ても鈍器なのに」
「いえ。どう見ても鈍器じゃなくて私だと思いますよ」
「ぴー」
地面に転がったローラの上に、ハクが戻ってきた。
神獣からは、椅子か何かに見えるのだろうか。
「とにかく、絶対にハンデを破ってはいけませんわ。あの〝ででーん〟という声が聞こえたら、抗うことは不可能ですわ」
丸太に縛られていなければならない。
剣を両手で使ってはいけない。
攻撃魔法を使ってはいけない。
どれも厳しいハンデだが、三人で力を合わせ、山頂を目指すのだ。
決意を新たに山を登っていく。
途中で影にくすぐられている四人組を追い抜いた。
助けを求められたが、これはレースだ。敵に塩を送るわけには行かない。
それに、あの影にはローラたちですら無力だった。
どうにもならない。
心を鬼にして通過する。
「おや? あそこで氷の精霊と戦っている人たちがいますね」
「精霊が自然に実体化することはないはず……学長の魔法?」
「おそらくそうでしょう。一年生の力でも何とか勝てそうな強さに調整されていますわ。この遠足、一年生全体のレベルアップのために行なわれていると見て間違いないでしょう」
「すると、さっきのミノタウロスくらいが一番強い敵ということになりますね。あれ以上だと、私たち以外はチームを組んでも勝てそうにないですから」
「ですわね。となればこのレース、楽勝ですわ!」
心に余裕のできたローラたちは、鼻歌を歌いながら山頂を目指す。
すっかりハイキング気分だ。
しかし、太陽が真上に来た頃、想像を超える敵が目の前に立ちふさがった。
それは巨大な雷の精霊だ。
人の身の丈の二十倍以上の大きさ。
かつてローラが、エミリアとの戦いや、トーナメントの決勝戦で召喚して見せたものと同等――いや、それ以上の怪物。
「こ、これはちょっと凄すぎますわ!」
「攻撃が来ますよ!」
「ここは冷静にローラシールド」
アンナは丸太をひょいと持ち上げ、空にかかげた。
それと同時に、雷の精霊から強烈な電撃が落ちてきた。
雷は基本的に高い場所に落ちる。よって、かかげられたローラに落ちてきた。
「うわぁっ!」
ローラは慌てて防御結界を作りだし、自分たちを電撃から守る。
「ローラシールド、成功」
「剣にも盾にもなるなんて、ローラさん流石ですわ」
「人を道具扱いしないでください! それにシャーロットさん、いつもなら『わたくしだってあのくらいの電撃は防げますわ』とか言うところでしょう。何を喜んでいるんですか!」
「丸太に括り付けられたままいいように扱われるローラさんがお可愛らしくて、つい見とれてしまいましたわ!」
「なっ!? シャーロットさんの向上心はその程度のものなんですか!」
「ローラさんがお可愛らしいのがいけないのですわ! わたくしを誘惑して……次からはこうはいきませんわよ!」
なぜか怒られてしまった。
釈然としない。
しかしシャーロットがやる気を出してくれて助かった。
なにせ、丸太に縛られた状態で戦うというのは、手足を縛られて戦うようなものだ。いや、本当に縛られている。ようなもの、ではない。
そして相手は大賢者が召喚した精霊。
今までで最強の敵かもしれない。
シャーロットとアンナの協力が必要なのだ。
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