第94話 遠足ってなんでしょう?
実行犯であるチンピラ三人と黒幕であるバートランドをボコボコにすることに成功したローラたちは、満足して王都に凱旋した。
そのあと彼らがどうなったのか、さほど興味がない。
大賢者から伝え聞いた話によると、チンピラ三人は強制労働十年の刑が言い渡され、既に鉱山に連れて行かれたとか。
鉱山の強制労働というのはとても辛く、十年と期間が定められているが、大抵の者はその前に死んでしまうので、ほとんど死刑と似たようなものだと聞いたことがある。
そして黒幕であるバートランドにも同じ刑が科せられる予定だが、彼は隣の国の人間だ。
ラグド公国が身柄の引き渡しを要求しているようだが、女王は近い内に鉱山送りを強行するつもりらしい。
「まあ、ラグド公国もそう強くは言ってこないでしょうね。バートランドが犯罪者なのはハッキリしているし」
「なるほど、そういうものですか」
ローラは分かったように頷くが、さほど分かっていなかった。
そしてブドウ畑が燃えてしまった教会だが、その復興費用を女王が出してくれることになった。
というか、孤児院自体を国で運営し、神父もベラも女王に雇われるという形になった。
これで孤児院は金の心配がなくなったし、女王はワインを優先的に入手できるというわけだ。
「ベラたちは女王陛下にもらったお金で、毎日美味しい物を食べてるらしい。私も仕送りしなくてもいいようになった」
「一件落着ですねー」
ローラは学食でオムレツを食べながら、満足して頷く。
いい知らせを聞くと、オムレツも一層美味しくなるというものだ。
人の幸福で飯が美味い!
「アンナさんが制服以外の服を買えるようになるのは、めでたいことですわ。それはさておき。もうすぐ、戦士学科と魔法学科の一年生が合同で遠足に行くという話は知っていますか?」
「遠足? 遠足ってなんですか?」
「初めて聞いた単語」
「わたくしも詳しくは知りませんが、遠くで行なう課外授業のことらしいですわ。毎年この時期になると、一年生は二つの学科が合同で遠足を行なうそうですわ」
「へぇ、楽しそうですね。でもシャーロットさんはどこでそれを聞いたんですか?」
「ふふ……昨日の放課後に決闘した魔法学科の先輩が教えてくださったのですわ」
「はあ……シャーロットさんって、まだ決闘とかしてたんですね」
ローラは呆れてしまう。
入学当初からシャーロットは、放課後に一人で修行をしたり、先輩に決闘を申し込んだりして、学園最強の生徒を目指していた。
しかし、今更その辺の先輩を倒したところで、さほど意味があるとも思えない。
むしろ、ただの弱い者イジメなのではないか。
「言っておきますが、昨日のは先輩の方から申し込んできたのですわ。わたくしだって今更、ローラさん以外の生徒と戦うことに意義など感じていません! ただ、挑まれたからには受けないと、ガザード家の沽券にかかわりますわ」
「シャーロットに決闘を挑むなんて、無謀な先輩」
「本当ですねぇ。トーナメントの決勝戦を見ていなかったんでしょうか?」
一学期の終わりに行なわれた校内トーナメントで、ローラとシャーロットは激しく戦った。
それこそ、生徒どころか教師たちですら立ち入ることのできないレベルの戦いだった。
あの戦いで力を使い果たしたシャーロットはかなりパワーダウンしてしまったが、それでも並の生徒が戦える相手ではない。
挑んだ先輩は、敗北を前提としているとしか思えなかった。
「昨日の先輩は、三年生で最強と呼ばれている人ですわ。わたくしたちが入学するまでは、学園最強だと自他共に認めていたとか。それがあのトーナメント以来、自動的にナンバー3に格下げになってしまいましたの。戦わずして下級生より弱いと決めつけられたことに耐えられなかったと言っていましたわ」
「ははあ、なるほど。それで実際に戦って、負けて、納得したかったんですね」
「そういうことでしょう。夏休みの間、山ごもりして修行していたそうですわ。その修行の成果をわたくしは完全に粉砕してきました」
「それで、先輩さんは納得してくれましたか?」
「ええ。清々しい顔をしていましたわ。あの方はきっとこれからまだ伸びるでしょう」
シャーロットはどこか嬉しそうにコーヒーを飲む。
トーナメントでローラに敗れた自分と先輩を重ねているのかもしれない。
「まあ、とにかく。遠足があるらしいのです。しかし先輩は、遠足の詳しい内容までは教えてくれませんでしたの。何やら意味ありげに笑って、楽しみにしていろ――と」
「むー、思わせぶりな人ですね。それなら最初から言わなきゃいいんです。気になって夜も眠れません」
「同意。私も今日から眠れない。シャーロットは遠足のことを胸に秘めていればよかったのに」
「そうはいきませんわ。わたくしだけ不眠に悩まされるなんて不公平ですわ。お二人も一緒に悩んでくださいな」
「あ、シャーロットさん、それで昨日、寝るの遅かったんですね。隣で何度も寝返りを打ったり、夜中に急にストレッチを始めたりしていたから、私も何度か起きちゃいましたよ」
「あら、それは失礼いたしました。しかし今日からは一緒ですわ」
シャーロットは意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「むー、シャーロットさんが他人の脚を引っ張るような人だとは知りませんでした!」
「何とでも仰ってくださいな。わたくし、睡眠に関してはこだわりがあるのですわ。自分だけが眠れないなんて、許せないのですわ!」
「言っていることは何となく分かる。というわけで、ミサキにも教えてあげよう」
食器を返却するとき、皿洗いをしていたミサキを呼びつけ、遠足の件を手短に話す。
すると案の定「気になるであります……!」と、深刻そうに呟いていた。
きっと気になって満足に仕事ができないだろう。
「ふっふっふ。たまにはイタズラするのもいいですね!」
廊下を歩きながら、ローラは新鮮な喜びを味わっていた。
「あらまあ、ローラさんったら。そんなことをくり返していたら、またエミリア先生に叱られてしまいますわ」
「大丈夫ですよ。リヴァイアサンやベヒモスを倒したり、職員室の窓ガラスを粉々にしたり、風俗街をウロついたりするわけじゃありません。ちょっとしたおふざけです」
「……こうやって考えると、ローラは凄い問題児」
「ローラさん、不良少女だったのですわね……」
アンナとシャーロットはハンカチを取り出し、よよよ、と泣く真似をする。
「二人とも一緒だったじゃないですかー。私だけ不良扱いしないでください!」
「あら。職員室の窓ガラスを割った事件のとき、わたくしはいませんでしたわ」
「逆に言えば、それ以外のときはいたんです! 三人仲良く不良グループです!」
「ローラ。その結論でいいの?」
「あ、駄目です。不良グループではありません。えっと、何でしょう。おっちょこちょい三人組?」
「それが妥当なところかもしれない」
「わたくしは断じておっちょこちょいではありませんわ!」
シャーロットは真っ赤になって訴えてくる。
本気で言っているのだろうか?
ローラの実家であれだけ皿を割ったくせに。
「あ、そうだ! エミリア先生にも遠足のことを教えてあげましょう。きっとエミリア先生も夜、眠れなくなりますよ!」
「それは面白い考えですわ!」
「……私は戦士学科だから、そっちは任せる。そろそろ昼休みが終わるし、私は教室に帰る」
「任せてください、アンナさん!」
というわけで、ローラとシャーロットは授業が終わったあと、エミリアを捕まえて遠足の話をしてみた。
すると。
「遠足? もちろん知ってるわよ。だって私、教師だもの。あなたたち誰から聞いたの? 上級生?」
「「え、あ、はい」」
言われてみればエミリアは教師だった。知っていて当然だ。
どうして気が付かなかったんだろう。
やはり、おっちょこちょい属性には抗えないようだ。
放課後、訓練場で合流したアンナにそのことを報告すると――。
「私は気付いてた」
「なんと! アンナさんはおっちょこちょいから一抜けですか!?」
「私はもともと、そんなおっちょこちょいじゃないはず」
「むむ……悔しいですがそうかもしれません。しかしエミリア先生には効かなくても、ハクには効くはずです。というわけで、ハクに遠足の話をしましょう」
ローラはさっきから頭の上で居眠りしているハクを降ろし、腕に抱く。
「ハク。今から遠足の話をしますよ……起きませんね。仕方がないのでこのまま語りましょう。睡眠学習です」
スヤスヤ眠っているハクに向かって、ローラは行き先も目的も分からない遠足の話を聞かせる。
するとハクはモゾモゾと顔を上げ、目を覚ましたではないか。
「ぴー」
「おっ、ハクが起きましたよ。やっぱり神獣にも遠足の話は通用するんですねぇ」
「たっぷり寝たから起きただけじゃないの?」
しっかり者のアンナはしっかりした正論を言うが、それはローラにとって都合の悪い意見なので、聞こえなかったことにする。
とにかくローラは、遠足のせいで夜も眠れない同盟の仲間が欲しかったのだ。
もっともその日、明るいうちに遠足について悩みまくったので、夜は意外とぐっすり眠れてしまった。
ハクも当然の如く、真っ先にベッドで丸くなった。
こうして、遠足のせいで夜も眠れない同盟は、正式結成の前に解散することとなった次第である。
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